今日の朝日朝刊の読者投稿欄「声」に86歳の男性が「機銃掃射 母子を殺さなかった」と題する投稿を読んで驚いた。私にも似たような体験があるからである。終戦の年の国民学校1年生の時、校外で遭った体験と随分似た情景である。投稿は、母子が防空壕へ逃げる途中で米軍機1機が機銃掃射して、しつこく追って来た。操縦士の姿が見えた。その兵士は母子を襲って彼らを恐怖に陥れたが、殺されることはなかった。「親子で逃げる姿を見た彼に心があったと思う」と記しているが、私と同じように恐ろしかった体験だと思う。
私が遭遇したケースは、学校から担任のお母さん先生に連れられて40名ほどの同級生とともに田圃道を歩いていた時、突然上空遥かに見えた米軍戦闘機編隊がわれわれを目掛けて降下してきたので、「危ない!」と思った先生が、両手を大きく上下に振って「伏せなさい!」と両手で頭を庇いながら生徒らに大きな声で叫び、ご自分も地面に伏せた。5機ぐらいの戦闘機編隊の先頭機の戦隊長の顔が見えた。怖いと思った瞬間、隊長機は急に先端を上空に向け通り過ぎ、他の戦闘機もそれに附いて飛び去って行った。恐らく隊長にもわれわれと同じような我が子がいて、その子を想い出されたのではないだろうか。
それにしても随分似たような情景があるものだ。戦争末期は今の小学1年生だったので、敵機来襲の知らせに防空壕へ逃げ込んだことは、度々あった。この時「死」を意識することはなかったが、「怖い」という恐怖感は骨身に感じたものである。その後、外国で戦争の臨場感に触れることは再三あった。中でもベトナム戦争中に旧サイゴンで米兵に銃で脅かされたことや、1967年第3次中東戦争直後の戒厳令下のアンマンで、突然数人のヨルダン兵に取り囲まれ、銃を身体に突き付けられアンマン市内をひとり連行されたことなどが、怖かった実感として今も頭と身体に残っている。
しかし、戦時下の世の中で同じような体験をした人がいたものだなぁと感慨深く感じた。
今日世界は、混迷の時代と言われている。それも戦争による危機感がなくなれば、大分解消すると思っている。問題の根源は、世界の政治のリーダーたちが、皆戦争の怖さを知らないからである。実感、臨場感として戦争の怖さを知らないのだ。机上の空論じみた生身の血を見たことがないような論争ばかりやっている。彼ら政治家から戦争を遠ざけるためには、戦争の本当の怖さを彼らに少しでも教えてやることだ。そのためには、彼らを戦争の最前線へ派遣して生身に戦争の怖さというものを臨場感で知ってもらいたい。
日本の軍拡もアメリカに媚びる政治家たちがアメリカの要求により、今後相当の軍事予算を積み上げることになるであろう。この憲法違反行為を止めなければ、いずれ戦争を始めるようになり、改めて戦争の残酷さに打ちのめされる。2度と過ちは繰り返しませんと言ったのは、広島県人だけだったような空気になっている。これでは駄目だ。日本人誰もが、戦争は怖い、戦争は絶対ダメだと信じ切ることが一番だ。