6812.2026年1月6日(火) 久しぶりにケネディ大統領暗殺を想い出した。

 年末年始のテレビ番組はあまり面白くなく、どうも興味が湧かない。その中で昨晩放映されたNHK[映像の世紀(バタフライ・エフェクト)]の「シークレットサービスJFK暗殺・痛恨の数秒」が中々興味深かった。大統領をはじめ、政府要人及び家族の身を守るシークレットサービスと、ケネディ大統領のシークレットサービスの一員だったクリント・ヒルの仕事ぶりを追ったドキュメントである。

 あれは衝撃的な事件だった。社会人となってまだ間もない1963年11月のことだった。現職のジョン・F・ケネディ大統領がテキサス州ダラス空港から市内へオープンカーで向かっていた時、教科書倉庫ビルから犯人オズワルドによって狙撃され亡くなった。大統領は2発撃たれその2発目が致命傷となったが、1発目を撃たれた直後に後続の護衛車に乗っていたヒルが後ろから飛び移り大統領に覆い被さろうと試みたが、僅かに及ばなかった。ヒルはこのこと、0.5秒か1秒及ばなかったことを終生悔やみ悩んで、その勇敢な行動を表彰されはしたが、気持ちが不安定になり、自死を試みたが失敗し、以後酒と薬に溺れ、情緒不安定のまま、退職することになった。世間とは一切縁を切り家に籠り切りの生活を送った。その後シークレットサービス制度は拡大され、スタッフも増え、女性も多くなった。

 しかし、昨年トランプ大統領が危うく暗殺の危機を逃れた際は、シークレットサービスの女性が3人も警護していた。皮肉っぽい動画が写されていたが、それには彼女らは、トランプ氏が撃たれた時、警護するというより腰をかがめて身を隠すようなパフォーマンスをしたことを取り上げて、今であ女性にはシークレットサービスは不向きではないかとその是非が問われているという。それが原因かどうかは不明だが、3年ぐらい前から退職者が増え始めたという。

 要人を自らの身を挺して警護するという責任は重く、地道な業務には光が当たらない。正に縁の下の力持ちである。

 この暗殺事件に関心があったこともあるが、実は事件から12年後の1975年6月に、ルイジアナ州シュリーブポート市で開催されたアメリカ自然食品協会全国大会に、私は日本からただひとり参加した。その時ダラス市内に前泊して、市内の観光ツアーに参加した。そのスケジュール上に、オズワルドがケネディ大統領を狙撃した教科書倉庫ビル内の記念展示館?の見学があるということで、実際に訪問した。その記念展示館内に立派なジオラマが展示されていた。それは、大統領暗殺の寸劇をジオラマによって見せてくれるのである。銃が撃たれ走行中の車の上の大統領と思われる人物がぐったりと前へのめるように倒れ、その直後車は走り去るというドラマである。あまりにも風刺的な寸劇に呆気にとられたことを想い出した。日本人の感覚とは大分異なっていて、日本人にはこのような大統領暗殺事件を真似できるデモンストレーションなんてとても考えられない。まあ良し悪しは別にして、久しぶりにケネディ大統領暗殺事件を想い出させてもらったテレビ・ドキュメントだった。

 ところで、今日午前10時18分ごろ鳥取県と島根県を震源地とする震度5強の地震が発生した。その後何度か余震もあったようだ。妻は出かけていたが、外出先でその地震を知り、松江にいる孫娘へ心配してメールを送った。実は、孫娘は昨年大学を卒業して就職し、松江市内に勤務している。孫娘からはすぐ「心配してくれてありがとう。メチャ揺れたけど大丈夫です」と返事が来たと妻はホッとしたようだ。本当に最近地震が全国的に発生している。油断出来ない。

2026年1月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com