1861.2012年6月17日(日) 海外旅行経験と登山歴とその効用

 母の日に比べてあまりぱっとしないが、今日は父の日である。新潟市内に住んでいる二男夫婦から父の日プレゼントにポロシャツを送ってくれた。遠い所に住んでいても、気にかけてくれるのは嬉しいものである。 

 大飯原発再稼動が各方面に様々な問題を投げかけている。特に驚いたのは、嘉田由紀子・滋賀県知事が、再稼動に反対したことに対して、きつく言えば政府、電力会社、企業に脅かされていると知事自身が語ったことである。ついに国家権力の圧力と目に見えない暴力はここまできたかと暗然たる思いである。これでは、反対したくても誰しもその気持ちを行動に移せなくなるのではないか。この嫌がらせは個人の自由な発言が許されないことであり、明らかに民主主義を否定するものである。今後、原発是非の問題はどうなるのやら、第二の大飯として、ストレステストを終えた各地の原発は次々に再開されていくのだろう。こうして結局福島以前へ舞い戻り、何ら裏付けのない原発安全神話が堂々とまかり通ることになる。

 さて、自分の旅行歴と登山歴に関して僭越だが、一部を思いつくまま披露してみたい。案外気づかなかったが、不思議に符牒が合うこともあるものだと感じた。

 今度の旅行でペトラ遺跡を見学して、見学・訪問した世界遺産の数は、40ヶ国、160ヶ所になった。同時に、このペトラ遺跡は、現在コロッセウム(ローマ)、万里の長城(中国)、タージ・マハール(インド)、チチェイン・イッツァ(メキシコ)、マチュピチュ(ペルー)、コルコバードのイエス・キリスト像(ブラジル)とともに「新・世界7不思議」として認証されている。幸運にも私はそれらもすべて見学したことになる。運を味方にして自分でもよくやったと思う。スイスに本部を置く「新世界7不思議財団」は、2007年7月7日にかつて古代ギリシャ時代・古代ローマ時代の注目すべき7つの大建造物として知られていた「世界7不思議」に替わって、「新・世界7不思議」を認定した。残念ながらかつての「世界7不思議」は、今日ギザの大ピラミッドを除いて現存していない。そこで財団は5年前7つの偉大なる、古代から近代に至る文化的大建造物を広く世界に知らしめるため「新・世界7不思議」を決定した。その7つを幸いにして先日のペトラ遺跡の見学によりすべて訪れることになったのである。しかも、その最終リストに21ヶ所の文化的建造物がノミネートされていたが、どういう幸運か、私はその21ヶ所のうち18ヶ所にも訪れている。18/21の割合である。かなりの頻度だと感慨深い気もしてくる。とても充分とは思っていないが、やはり世界各地へ旅行回数が多い証左であろうか。

 次いで登山記録であるが、国内の高峰登山歴を改めて調べてみた。昨日の朝日新聞によると深田久弥氏の日本百名山には、3000m以上の高峰が13座あるそうだ。では、日本には3000mを超える高い山は全体でいくつあるだろうかというと合計21座である。3776mの最高峰・富士山に始まり、3013mの南アルプス・聖岳が21位である。学生時代に登山を始めてからサラリーマンとして結婚するまでの間ひたすら登山に熱中して、私はこのうち18座を征服している。不思議なことにこれも18/21である。これらの登山には、特徴がある。登らなかった富士山、御岳、乗鞍岳は独立峰であることである。今でもいつかはすべて登ってみたいとの気持ちがある一方で、両膝を痛めて登山から足が遠くなっている現状を鑑みると悲観的に成らざるを得ない。

 今度の旅行でもつくづく感じたことは健康に勝るものはないということである。今、痔の具合が悪く、蛋白質量を表示するCRP数値が下がらず、風邪気味で、たくさんの薬を服用している現状は、かつての元気溌剌とした自分とは大分変わってきたように思う。

 それにしても、海外旅行にしろ、国内登山にしろ、これらの個人記録は思い切り青春を謳歌した勲章であり効用だと思う。あまり嫌な思い出がないのも、誇るべき勲章だったからだろう。

2012年6月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1860.2012年6月16日(土) 漸く与野党間で妥協案成立

 昨深夜まですったもんだしていたが、漸く与野党が修正案につき話し合いがつき、「社会保障と税の一体改革法案」が成立する見通しとなった。これで現行5%の消費税率を2014年4月に8%、15年10月に10%に引き上げる法案は成立に向けて大きく前進する。

 改めて手元に保存している3年前の民主党マニフェストを見ても、消費税増税なんて言葉はどこにもない。実行できそうもない体裁の良い言葉ばかりが並んでいる。

 しかし、現実問題として日本の財政が危機的状態にあることは間違いない。それを承知していた当時の自民党は、消費税の値上げを考えていた。結果的には総選挙で敗れた自民党の知恵を借りる形で、今回の合意は成立したと言える。

 民主党が国の火の車の財政を懸念してマニフェストで訴えなかった消費税の値上げに踏み切ったことは、割り切れない思いはするが、ある面で止むを得まい。ただし、社会保障の抜本改革を先送りしたことは、一体改革と標榜していた手前、些か足元を掬われたような気がする。

 問題は今国会で上記法案採決の際、執拗に消費税値上げに反対している民主党内の異分子をどう説得し、仮に採決に反対票を投じた場合、いかなる処分をとるのかがむしろ関心の的である。民主党内は分裂するのか、現時点では予断を許さない。

 それにしてもどうして同じ党内でここまで考え方が割れるのか。元々小沢一郎・元党首を含む元自民党の離脱者や、社民党を離脱した横路孝弘・現衆議院議長や江田五月・前参議院議長のような対極軸にあった議員の寄り合い所帯である。しかし、一度ひとつの御旗の下に結集したからには簡単に他党と手を組んで、党内を割るようなことがあっては法案成立、実行はとてもできないと思う。現在の民主党には、その辺りの辛抱強さに欠ける面があると思う。

 野田首相は今国会成立に政治生命を賭けると言明していたように、本法案の成立を確実にするために21日に会期が終わる国会を8月ごろまで延期することを言い出している。自分たちの都合のためには、何でもありなのである。

 さて、西川一誠・福井県知事の同意を受けて、野田首相は今日関西電力大飯原発の再稼動を正式に決定した。防潮堤や免震棟が未整備の段階でGOサインである。福島第一原発事故の被災者からは、早すぎるとの声があり、菅前首相も脱原発を主張して再稼動反対を行動している中での政府の原発OKには首を傾げたくなる。これもこのバランスの取れていない政党の限界を暗示しているのだろうか。

2012年6月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1859.2012年6月15日(金) オウム事件最後の逮捕者

 今朝からテレビは大物?逮捕で大騒ぎである。ニュース、ワイドショーに「高橋克也」なる人物の大捕り物帖に尾ひれがついて、どこで、どんな服装を身につけていたか、またどこに潜伏して、どのような逃走経路を辿っていたかと微に入り細に入って報道している。各テレビ局が同じような手法で同じ人物を取材している。この無駄は何とかならないものだろうか。

 他に伝えるべきニュースがもっとある筈であり、特に緊急にして最大の重要法案・消費増税法案が最後の詰めで与野党間で揉めている最中である。夜遅くなってもまだ与野党間で修正協議を続けている。他にも原発再稼動問題、墜落したオスプレイ配備問題等々が身に差し迫った課題である。

 その「高橋克也」は全国重要指名特別手配犯人の中で最後に残った人物で、17年前の、あの呪わしいオウム地下鉄サリン事件の実行犯のひとりである。しぶとく逃げ回っていたオウム関係者は、残り3人から中々追い詰められず、昨年大晦日に平田信が逮捕され、今月に入り最後の2人目の菊地直子、そして今日の高橋が最後のお縄頂戴となった。最後まで逃げ回っていたが、ついに年貢の納め時となった。事件発生からすでに17年が経過している。これでオウム裁判が進むのかどうか定かではないが、こんな忌まわしい事件は一日も早く決着をつけてほしい。

 さて、旅行から帰ってから一寸体調がおかしい。やや風邪気味で、喉もいがらっぽいし、咳やくしゃみが出る。鼻をかむことも多い。思い切って森内科へ出かけて診てもらったところ大したことはないようだが、風邪との診断を下してもらう。痔もやや小康状態であるが、どうもぱっとしない。

2012年6月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1858.2012年6月14日(木) 危険に鈍感になった日本人

 国会では今会期中に消費増税法案を通すため、与野党入り乱れて手練手管の猿知恵を出し合っている。政府提出案に同意してもらうため、政府・民主党は自民党と公明党に対して度重なる妥協を受け入れ、実際どの政党が起案した法律案か分からなくなっている有様である。これが民主党内では、野党に譲歩し過ぎとの別の声も上がって、不満が渦巻いている。

 さて、今日の朝日夕刊「窓」欄に、沖縄に布教に来て半世紀以上になるラサール・パーソンズ神父が紹介されている。沖縄の米軍普天間基地へ4月にモロッコで墜落事故を起こしたばかりの新型輸送機MV22オスプレイが配備されることについて、「沖縄の人たちにはもっと怒ってほしい。それは暴力の怒りでなく、非暴力の怒りです」と言っている。そのオスプレイは、沖縄配備の前に一時的に航空自衛隊岩国基地に配備されることが予定されており、先日森本敏・新防衛相がアメリカから絶対安全の保証を得たと述べた。沖縄と岩国住民を安心させるための気休めのメッセージである。

 ところがどうだ。その朝日夕刊の1面に「オスプレイ、米で墜落」と大々的に報じられているではないか。フロリダ州で訓練中に事故を起こしたらしい。アメリカが安全だと確約した安全が、安全ではなかったのである。

 「安全」とは一体何だ? 「安全」と相手から言われたまま信じることが国のトップ層が考える「安全」なのか。

 今朝のテレビ番組でも大飯原発の安全について、不安だらけの実態が報告され話題になっていた。原子力保安・安全院の示す「安全」報告により、野田首相が安全であると受け止めて大飯原発の安全を宣言した。それを西川福井県知事が安全と考え、自ら大飯原発を訪れるパフォーマンスを行って安全をアピールして、時岡大飯町長の安全信用の過程へ導いていく。これにより一応大飯原発は「安全」と容認された。原子力保安・安全院以外は原子力に関してすべて素人である。その素人の判断によって「安全」が一人歩きを始めたのである。あな、恐ろしや!

 その大飯原発の2号機と3号機の間に、大きな活断層が走っていて、極めて危険だという。もっと精密な調査を続ければ、更に他の原発にも危険が潜んでいることが明らかになるだろうというのが、むしろ原発を容認する学者の意見である。

 いつの頃から日本人は危険を危険と思わなくなったのだろうか。これでは、いずれ首都東京近郊にも原子力発電所を作り、オスプレイを配備するのではないだろうか。

2012年6月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1857.2012年6月13日(水) 福井県のしたたかな政治力

 今朝の朝日「天声人語」にこんなことが書いてある。「大相撲の八百長問題で忘れがたい怪文がある。<立ち合いは強く当たって流れでお願いします>」。同コラムは更に「大飯原発が『流れ』で動き出そうとしている。福井県知事の求めで野田首相が地元に感謝し、再稼動の決意を表明、それではと地元が同意に動く」と一昨日の本ブログに書いたのと同じような指摘である。

 この福井県知事・西川一誠氏なる人物は、その風貌と話の姑息な進め方から推して何となく役人上がりではないかと調べてみたら、やはり地方行政を管轄する自治省のお役人だった。そつなくことを運ぶ作業にはうってつけの人物なのだと思う。だが、果たして県と県民のためを考えて行動する人物かとなると少々疑問である。

 今度の大飯原発再稼動に当たり、昨日の現地視察で安全宣言を述べるにしても自分は極力責任を取らないように、事前に原子力保安・安全委員会から安全との担保を得たうえで動き、安全宣言をしている。大飯原発の現地を視察したにせよ、京都大法学部出で原子力の専門家でもない元自治官僚に原発の安全性なぞ正しくチェックできるはずがないではないか。とにかくこういうように巧妙に動く狡賢い輩が多くなった。

 日曜日にヨルダンから帰ってきたら「三田評論」の及川健治編集長から同誌6月号が送られてきていた。早速ベオグラードの友人・山崎洋氏のエッセイに目を通す。今年3月にベオグラードで演奏された慶應塾歌のエピソードが心に訴えるように書かれていた。彼は中々の文筆家であるが、本エッセイも中々秀逸で、読者に好評だった現場の臨場感を温かく伝えてくれる。文中にはその橋渡しをやってくれたとして私や、ゼミの後輩らの名前までヨイショして紹介してくれる心配りぶりである。12月に作曲した信時潔の名曲演奏会が信時所縁の国分寺で開かれ、以前は演奏されなかった塾歌を♪海ゆかば♪などとともに、セルビア在住のバイオリニスト豊嶋めぐみさんが演奏してくれるのが楽しみである。

 さて、シリアの治安混乱はいよいよ内戦状態になってきた。国連停戦監視団ははっきり内戦状態と述べている。にも拘わらず治安維持のためシリアへ国連軍を投入することができない。ロシアと中国が国連安保理で他国の介入は内政干渉であると強く反対しているからである。その中国が国連安保理決議で禁止されている武器を北朝鮮へ輸出した情報を日米韓が得ていたことが明らかになった。証拠が明らかなのに、中国はその疑惑を真っ向から否定している。最近の中国は一体どうなってしまったのか。世界の嫌われ者となって地球上の孤児にならなければいいが・・・。

2012年6月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1856.2012年6月12日(火) 特別自治体、広域連合とは?

 今月21日に国会会期が終わる。今国会でも相変わらず与野党の茶番が行われているが、時間をかけているにも拘わらず、与野党の番外ショーによって重要法案は何一つ通らず、今や国会は機能不全の体たらくである。

 最大の狙いだった野田政権の消費増税が、「税と社会保障の一体改革」の名の下に消費税値上げとセットにした社会保障制度改革が野党の合意を得られないからである。ましてや、消費税値上げに関しては、野党ばかりでなく民主党内に反対派がぞろぞろいるようでは政治家最大の仕事である法律を作り、実行するという理念は望むべくもない。

 ライバル政党の粗探しばかりにうつつを抜かす野党の自民党と、お互いの足の引っ張り合いに終始して前向きな政策の実行に何らの関与もできない与党民主党の次元の低い政争には呆れるばかりである。これでは海外諸国のわが国を見つめる目は一層厳しいものとなるだろう。政治家がダメなら誰に頼ったら良いのか。

 さて、「関西広域連合」という言葉をメディアが言うなりに、曖昧なまま理解してきた。特に、大飯原発再稼動問題が話題になるようになってから、「関西広域連合」という組織が大きく取り上げられるようになった。今朝の朝日新聞にこの言葉の解説が出ていた。

 一つ一つの自治体では対応が難しい課題に複数の自治体が取り組むため、17年前に設置が認められた特別な自治体だそうだ。面白いのはこの関西広域連合には奈良県を除く近畿5府県と鳥取、徳島県が加わり、大阪市と堺市が参加している。更に8月には神戸市と京都市が加盟するという。横の連絡や指揮命令系統にはそれなりの難しさがあるだろう。実務はどう行うのだろうか。でも、新たな面白い試みだと思う。

 この広域連合という自治体の実態を知らずして、生半可な理解をしていたのは軽率だった。そう言えば、東日本大震災で未曾有の被害を蒙った陸前高田市で、4年前に陸前高田市、大船渡市、住田町からなる「気仙広域連合」の仕事を請け負ったことがあったが、その時は自分が講師を務めたにも拘わらず、広域連合の実態がよく分かっていなかった。お恥ずかしい限りである。

2012年6月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1855.2012年6月11日(月) 大飯原発再稼動の政治的プロセス

 今日最初にやるべきことは肛門科で痔の症状を診てもらい、治療してもらうことだ。早いに越したことはないと妻に定例のコーラスの練習をキャンセルしてもらい、新幹線・新横浜駅前のクリニックまで車で送ってもらった。医師の診断は、患部が腫れているので薬で試してその後様子を診て再検査をしようということだった。医師の強烈なアドバイスは、極力座らないということだが、それが中々難しい。普段座って仕事をすることが多いので、これではパソコンも使えず生活のペースも乱される。PCは立ったまま打ち、後は寝ころびながら溜まった新聞をむさぼり読むしかない。当分こんな生活を送るのかと思うとぞっとする。

 新聞を開くとどうだ!心配していた大飯原発再稼動について野田政権はすでにGOサインを発し、近々地元福井県議会の承認が得られれば、正式にスイッチが入る。この再稼動までのプロセスがどうもすっきりしない。旅行出発前から懸念していたように、関係者はみんな責任を取りたくない気持ちがミエミエである。西川一誠・福井県知事は再開に関しては、地元の同意を得ることが条件と公言し、自らが地元福井県民の同意を得ようということではなく、政府のバックアップを得て世論を盛り上げて再稼動しやすい環境づくりを考えている。つまり政府の再稼動容認により再稼動の空気を作ったところで、議会の再稼動同意の議決を勝ち取り、「福井県民再稼動に同意」のムードへ持ち込もうとする。

 結局大飯原発再稼動について、住民の理解を得るとの建前は、自治体トップが再稼動したいとの希望を他人の手を借りてまんまと思惑通りにことを運ぶ、いやらしい手法によって実現される。

 どうもこの世の中に直球勝負が少なくなってきた。

2012年6月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1854.2012年6月10日(日) 無事帰って参りました。

 ほぼ予定通り成田空港へ帰ってきた。痔の具合が捗々しくないので座ったままの長距離便は堪える。運よく機内は比較的空席が多かったので、横になることができて救われた。幸い日曜日のため居候中の長男が車で空港へ迎えに来てくれたので助かった。

 隣席に若い外国人女性が座った。欧米系の女性と思いきや、何とヨルダン人だった。これから東海村へ研修に行くと言う。率直に訊ねたら原子力発電の研修だという。20日間の研修期間中に福島にも、その他の古都にも訪ねたいと言っていたが、あまり細かいことを聞くのは憚られたので通り一遍の話しかできなかった。ただ、我々が知らないところで、原子力に関する研究とか、研修はどんどん進められているのだと感じた。ヨルダンの発電能力を考えるとやはり一番手っ取り早いのは、原子力発電になるのだろう。それだけに安易に原発開発、稼動へ国が向かっていくことに不安もある。彼女との短い会話を通して発展途上国の資源エネルギーについてしばし考えさせられた。

 さて、やっと念願のヨルダン参りを終えてすっきりした。45年前は若さだけで、怖いもの知らずのまま危険の中へ入っていった。今それほどの勇気はない。それだけに当時自分だけの考えで海外武者修行をやって、破天荒な体験をしたことが、その後の自分の人生に大きな財産になったと考えている。今回臨場感溢れる現場を改めて踏むことができて、印象深い旅となった。これをまた今後に生かしたいと思っている。

2012年6月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1853.2012年6月9日(土) 45年前の鮮烈体験の丘に立つ。

 朝起きて窓の下を見ると昨日あれだけ賑やかだった市場がテントごときれいさっぱり撤去されていた。安息日だった昨日一日だけの青空市場だそうだ。

 10時にホテルロビーで待っているとムハマッドさんが車で迎えに来てくれた。早速ダウンタウンの中心街にある古代ローマ劇場を見学する。忘れもしない懐かしい劇場である。あの時はこの前で写真を撮った。通りを隔てて建っていた「ホテル・アルカサール」は完全になくなっていた。ムハマッドさんに聞くと、この通りに面した古い建物はほとんど壊され建て直されているという。実際残っている小さなホテルは建物自体が今にも崩壊しそうなくらい危ない建物だ。

 身柄拘束された現場の正確な場所は新しい住居も建設されてとうとう分からなかったが、その周辺をぶらついて丘のスポットを見当つけて登った。とても正確とは言えないが、当時の状況を完全には思い出せない以上大体の場所で納得するより仕方ない。街の全体的な感じとしては戦争当時の面影があったので、まあそんなところで我慢するしかない。

 当時は怖そうな十数名の兵士にあっという間に銃を突きつけられたが、今日は平和な中であどけない子どもたちに囲まれた。やはり現場に来て青春の一駒を思い出し、本当に良かったと思っている。ガイドを含めて知り合ったヨルダンの人々はお世辞もあるだろうが、私が当時の体験談を話すと強い興味を示してくれ、細かいことまで聞いてきた。彼らにとって第三次中東戦争は歴史上大きなでき事であるが、現実にそれを知っている人はヨルダンでも少なくなっている。やはり歩いてみると当時とは異なった臨場感を感じる。感慨深かったし来てみて、環境はがらりと変わったが、気にかかっていた45年間の空白を埋めてくれるものだった。

 ダウンタウンで衣料洋品店を営んでいるムハマッドさんの従兄弟の店を訪ねて、周辺の様子を聞いた際、彼の机の上に置かれた新聞が気になった。文字はアラビア語だが、大きな写真は大飯原発再稼動反対のデモの光景である。出発前にそうなるのではないかと悪い予感がしていたが、結局野田内閣は再稼動へ踏み切ったようだ。原発問題は今では日本だけの問題ではなくなっているのだとの認識が少し足りないように思う。ヨルダンと日本のサッカーのワールドカップ最終予選で、6-0の一方的な負け方をしたヨルダン・チームのだらしなさを大げさに嘆いていたのも、面白かった。

 ムハマッドさんが展望の良く効くシタデルへ車を走らせてくれ、アンマンの市街をパノラマ形式で楽しむことができて、45年ぶりに青春時代の危なかったシーンを改めて感じて感慨無量である。今日一日の印象は多分一生忘れないだろう。

 ベドウィン族の食事を提供するレストランで昼食を終えてから、空港へ向かったが、ここも出国のセキュリティ・チェックは厳しい。漸くアブダビ行のフライトに乗って帰国の途へ就く。

2012年6月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1852.2012年6月8日(金) 再びヨルダンへ入国する。

 今日はイスラム教の安息日である。市内はいつもより車が少ないように見える。いよいよツアー帰国の当日となった。尤も私はツアーから離れて個人行動に移るので、ツアー同行者とは感慨は違う。ホテルをチェックアウトの際電話代を支払い、絵葉書の切手を購入しようとしたら、ホテルでは郵便切手は取り扱わないという。売店で買えというわけだが、その売店が店開きをしていない。24時間サービスを建前としているホテルとしては、少々顧客サービスの面で問題があるのではないかと思う。結局ガイドの朋子さんに切手代を添えて投函をお願いすることにした。

 ホテルから国境へ向かう。国境検問所へ向かう途中で、‘SEA LEVEL’地点で停車する。ヨルダンと同様にどうも山中に0mというのがあまり日本人にはぴんとこない。そのほかに砂漠の中に遊牧民族ベドウィン族のテントをところどころ見ることができる。アラビアの遊牧民は、その昔朝日新聞に連載された本多勝一氏のルポが懐かしい。

 さて、検問所では相変わらずイスラエル出国手続きとヨルダン入国手続きでごった返して随分時間がかかる。こればかりは国の仕事であるから、外の人間がとやかく言うのは憚られるが、それにしても「無駄」に近い時間の浪費である。それにイスラエルの出国税が一人46$とはべらぼうな金額ではないだろうか。こんな高い出国税は聞いたことがない。流石ユダヤ商人と言っては言い過ぎだろうか。

 ここでガイドの朋子さんとはお別れである。僅か2日間だったが、分かりやすいガイドをしてもらって大変助かった。特に感心したのは、ご自分のアイディアで作成されたであろう、年表と図解だった。20年もイスラエルに生活し、ヘブライ語を学ばれたので言葉には不自由ないのだろうが、イスラエルという国と3つの宗教について、日本人にわかってもらおうとする気持ちが感じられた。暑い国での生活は大変だと思うが、一層の活躍を祈念して止まない。

 ヨルダン側では一昨日別れたガイドのRa’edさんとドライバーが出迎えてくれた。一昨日と同じようにすべての手続きが完了するまでに2時間近い時間を要した。

 アンマン市内に入り昼食を取ってから、ツアーは空港へ向かったが、その途中で今晩の宿でRa’edさんに手配してもらった「トレド・ホテル」で降ろしてもらい、ツアーの皆さんとはお別れだ。中にはちょっと変わり者のおっさんもいたが、他の同行者のほとんどは良い人たちだった。古今東西「旅は道ずれ、世は情け」と言われるように、一緒に旅していてそれなりに楽しい人たちだった。

 トレド・ホテルは決して高級なホテルではないが、窓下を見下ろすとオレンジ色のテント張りの大きな市場が見える。外観は悪くないが、ウォッシュタオルの備えがなく、バス回りがあまり衛生的ではなく、バスタブにストッパーがなくスペアを持って来させたり、部屋の電灯も暗い。たった1泊だから良いが、あまり長く滞在する気にはなれないホテルだ。

 外へ散策に出る。興味本位に市場の売り子から質問を受けるが、みんな笑顔がいい。どこの国もトップは申し合わせたように気難しい顔をしているが、このヨルダンの普通の人たちはみな素朴で明るい人々である。

 夕食の折ビールを頼んだところノン・アルコール・ビールだった。うっかりしたが、アルコールはイスラム圏ではご法度なのだ。失敗!失敗!

 明日はRa’edさんが手配してくれたガイドのムハマッドさんの車で、午後のアンマン出発までの時間を有効に過ごす。行ってみたいところは、何と言っても前回身柄拘束された現場である。そして、今はなくなってしまった、前回宿泊のホテル・アルカサール周辺と古代ローマ劇場にもう一度ぜひ行ってみたいと思っている。

 外からイスラム教特有のお祈りの言葉、アザーンが流れてくる。ヨルダン最後の夜の帳が下りてきた。

 残念だが、痔の具合はあまり良くない。

2012年6月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com