939.2009年12月8日(火) 誰も話さないが、今日は大東亜戦争開戦記念日

 真珠湾攻撃により大東亜戦争が開戦されてから、今日で68年になる。最近は時代のターニングポイントとなった大事件でもマス・メディアがあまり報道しない。しかし、あの大東亜戦争開戦記念日であるにも関わらず、ほとんどのテレビ局がだんまりを決め込んでいるのは、一体全体何を考えているのだろうか。今問題になっている普天間米軍基地移設問題にしても、元をただせばこの戦争から始まっているのにだ。過去を真剣に振り返って反省することも、検証することもあまりないようだ。過去の戦争の真実を分析することなくして、想像の話として戦争を語ったところで真実が分かるはずがない。

 先日来かつてお世話になって、先年亡くなられた方の生涯をご遺族から伝記風に書いてくれるよう依頼され、実のところ困っていた。家族にとって大切な記録を後々まで伝えたいので、文書にして欲しいという依頼をいただいたのである。しかし、評伝なんて書いたこともないし、とてもその任に非ずとご高齢の奥様に2度もお断りしたが、たってのお願いと迫られ、資料や謄本、写真まで送ってこられた。その挙句に電話までいただいて書いてくれないと死にきれないとまで言われては、お断り出来なくなり、悩みに悩んだ末に昨日からその履歴について少しずつ書き始めた。こういう話は誰でも書けるというものではない。実際いかにその方の姿を知っているとは言え、性格的な点や癖までは分からない。見込まれて頼まれたこととは言え、こういう家庭内にまで入り込むプライベートな話は気がひけるし、気の重い話である。ただ、ひとつ興味深かったのは、故人のご先祖が平安中期に酒呑童子退治や、謡曲「羅生門の鬼退治」で京都一条の戻り橋で、鬼の片腕を切り落としたとされる「渡辺綱」だと知ったことである。 由緒のある家柄なのだ。果たして本当に実話なのか信じがたい気がするものの失礼だと思い、尋ねようとは思わないが、一寸興味を惹く話である。

 夕方3ヶ月ぶりに「酒のペンクラブ」例会に出席のため神田の「樽平」へ出かけた。長老の山中保学さんに久しぶりにお会い出来て嬉しかった。脳梗塞で倒れて気にかかっていたところだった。今月初めにMRAで診てもらい、心配ないと言われたと早速好きなお酒を旨そうに飲んでいた。もうちょっと慣らし運転をして、少しずつ量を増やしていった方が良いのではないかと思う。他人事ながら少々気になる。閉会間際になって、来月の例会冒頭に簡単なスピーチをやることになった。テーマはこれからゆっくり考えたい。

2009年12月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

938.2009年12月7日(月) すごい高校生ゴルファーと優柔不断の総理大臣

 男子プロゴルフ界にえらい選手が出てきたものだ。昨日石川遼選手が今年度男子の最年少賞金獲得王に決まった。プロ入り2年目の、僅か18歳の高校3年生である。今年はトーナメントに4勝して、獲得した賞金が1億8千余万円というから、そんじょそこらの高校生とはわけが違う。

 それにしてもこれまでの最年少賞金王は、プロ野球出身のあのジャンボ尾崎選手で、その当時26歳というから大きく年齢の壁を破ったことになり、その素質はずば抜けている。外国でもこれまでに一番若かった賞金王は、アメリカ男子ツアーのタイガー・ウッズの21歳、ヨーロッパ男子ツアーのセベ・バレステロスの19歳だという。私自身ゴルフはやらないので、ゴルフについては詳しくは分からないが、たかが高校生がこんなにも簡単にトップ・プレイヤーになれるものかと驚くばかりである。感心するのは、石川選手の応対にそつがなく、話の内容もしっかり考えて話していることで、普通の高校生のそれとは大いに違う。しかも生意気そうな印象がまったくなく、控え目な感じでこれでは人気が出ない方がおかしいくらいだ。

 さて、今日になって急に普天間基地移設問題が慌しくなってきた。これまで岡田外相、北沢防衛相が個別にばらばらのことを言っていた。しかし、日米間で問題が起きないように努めていたが、アメリカがそろそろ堪忍袋の緒が切れて、このまま日米合意を無視するようなら信頼が損なわれるとアメリカの要人が話し出した。今の鳩山首相のスタンスを見ているとアメリカよりも、むしろ連立政権を支えている社民党と国民新党への配慮が度を過ごしている。福島瑞穂・社民党党首のごときは、この普天間移設は海外か県外でなければ重大な決意をするとまるで脅しをかける発言である。一方、補正予算では亀井静香・国民新党代表の筋の通らない強引な発言に、民主党は振り回されている。大体補正予算を2兆千億円以内に抑えようと考えている民主党幹部の神経を逆撫でする「8兆円で景気刺激策を」には、民主党の弱さが表れていると思う。なぜ断固として、民主党独自の考えを主張するなり、反論をしないのか、不思議でならない。こうしている間に、普天間施設問題では、アメリカ政府はおろか、国内でも沖縄県仲井真知事や、沖縄県民に不信感を募らせ、益々こじれさせている。補正予算問題では、連立政党間で綱の引っ張りあいをやっている。結果的に総選挙直後には、民主党の支持率が75%にも達していたのだ、最近では60%を割った。このままの状態では、人気は下る一方である。

 それにしても鳩山首相の何と優柔不断なことか。これがわが国の総理大臣かと少々心配になってきた。

2009年12月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

937.2009年12月6日(日) 慶応ラグビー、9年ぶりの優勝を逸する。

 ケースは多少違うが、昭和35年東京六大学野球の秋の早慶6連戦を思い出すともなく思い出してしまった。

 今日テレビを観ながら関東大学ラグビー早明戦で明治を応援していた。今シーズン低迷する明治が勝てる可能性は極めて低かったが、仮に明大が勝てば母校慶応に9年ぶりの優勝が転がり込んでくるからだ。

 半世紀前の早慶6連戦は全6試合を外野席で友人らと応援していた。その当時長らく東京六大学で優勝していなかった慶応にやっとそのチャンスが巡ってきた。最後の早慶戦で勝ち点さえ挙げれば、優勝だった。それが1勝2敗で勝ち点を失い、早大と優勝決定戦を行って負けてしまったのである。その間に同点引き分け2試合を挟んだ6連戦で大いに盛り上がったが、負けた悔しさの方が強くて、最後に負けた後友人とどこかへ妬け酒を飲みに行ったように思う。大学キャンパス内には丁度60年安保闘争の余韻があり、試合前からどこもデモの熱気があったように思う。

 今日の早明戦は先月の早慶戦、昨日の帝京大戦に続いて慶応の優勝がかかった試合となった。早慶戦は勝てば優勝だった。しかし、前半リードしながら最後の土壇場で同点に追いつかれ20-20の同点引き分けとなってしまった。そして、昨日の帝京大戦も勝てば優勝が決まるはずだった。勝てると思っていて予想通り前半だけで17-0とリードしていながら、ノーサード(試合終了)直前に逆転され19-17で敗れてしまい、またも優勝を逸してしまった。

 そして今日の早明戦は早大が負ければ優勝という漁夫の利を狙うものではあったが、戦前の予想に反して明治が試合を優位に進め、前半は14-3で明治がリードした。これでやっと慶応に優勝が転がり込むと取らぬ狸の皮算用をしていたところ、早大もさるもの、ノーサイド直前になって逆転トライを挙げ試合を16-14とひっくり返してしまった。これで優勝はついに泡と消えてしまった。

 早慶6連戦の時もそうだったが、慶応というチームはどうしてか優勝がかかるとプレッシャーに弱い。いつもこんな調子で期待を裏切られてしまう。またまた来シーズンに期待するしかないが、暮から正月へかけて全国大学ラグビー選手権大会が開催されるので、新規まき直して優勝を目指して頑張って欲しい。

2009年12月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

936.2009年12月5日(土) 迷走する鳩山由起夫氏は果たして首相の器か。

 沖縄の米軍普天間基地の移設問題が混迷の度合いを深めている。その最大の原因は、鳩山首相のリーダーシップの欠如と、アメリカよりも連立を組んでいる国民新党と社民党の意見を取り入れすぎることにあるようだ。アメリカは不信感を強めており日米関係も聊か危うくなってきた。

 ところで、鳩山由起夫氏は果たして首相の器なのか。理想も良い。人望もあるようだ。マス・メディアを始め対人関係には丁寧に対応している。だから、人気もかなり高いようだ。しかし、政治を司り国を動かしていくトップとしては、決断力に乏しく、あまりにも頼りない印象を受ける。朝令暮改も甚だしい。いろいろな意見を持っていても、それを充分こなし切れず、是々非々の判断に迷いが見られる。いろいろな方針を大臣に検討させたり、命じたりするのは善しとして、上がってきた材料を料理する知恵と工夫が足りないよいだ。

 今迷走中の普天間基地問題は、アメリカとの合意事項には辺野古への移設が盛られていた。代案「海外か県外移設」を充分検討しない間に総選挙が近づき、沖縄県民の理解を得られやすい代案をぶち上げた。まったく成算なしにである。その軽薄さが、ここへきて首相自身自らの首を絞めることになった。

 鳩山首相は、良家のお坊ちゃまのまま苦労を知らずに今日まで来てしまった。潤沢な資金を持ち、苦労したことがないから、ちょっとした苦難にも耐えられそうもないし、苦衷の中で知恵が生まれてこない。さらに普通の人間の感覚が分からないところもあるようだ。あまりにも一般の常識とずれている。それが「宇宙人」と呼ばれる原因にもなっている。これだから閣僚や取り巻きも大変である。

 最近の偽装献金問題のお粗末さは、救いようがない。自分は知らなかった。秘書がすべて仕切っていた。こんな言葉は中間管理者あたりまでの下っ端の人間の言うことだ。まして、政権を取る前の2002年の加藤紘一・自民党元幹事長の秘書疑惑、その後の社民党辻元清美・現国土交通副大臣の秘書給与流用事件の際は、秘書の責任はすべて議員の責任と言っていたのではなかったか。資金が母親から拠出されていたことには驚いているとまでしらばくれている。これには漢字を読めないと笑い者になった麻生太郎・前首相にまで「驚くのはおかしい。驚いているのはむしろこちらの方だ」とまで皮肉られている。弟の邦夫元総務相ともども母親から資金を出してもらって、自分は与り知らぬとはよく言えたもので、とても普通の神経ではない。兄弟2人して贈与税の脱税を繰り返していたわけである。こういう世間を欺くような頼りにならない人物を総理大臣に押し上げた責任は、やはりわれわれ国民が負うべきなのであろう。やれやれである。

2009年12月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

935.2009年12月4日(金) 日本的曖昧さで右往左往

 些かうんざりである。今日の朝日夕刊「ニッポン人脈記」に、3人の国語学者による部首「しんにゅうは1点か2点か」が紹介されている。近藤姓の「近」の部首「しんにゅう」は、このパソコンで見る限り1点であり、私自身この文字を覚えて以来ずっと1点と信じ、1点の「近」を書いてきた。

 ところが、実際には敗戦直後の1949年に当用漢字の字体を決めた際、従来の2点を簡略化という見地から1点にしたのだという。それならそれでずっと1点にすれば混乱もなくて良さそうなものだが、いつの間にやら「しんにゅう」を使った文字には1点と2点の2通りのケースが存在するらしい。これは、パソコンの文字に倣って使用されるようになってからのようだが、正統派の国語学会が、ビジネスのパソコンに寄り切られてしまった例である。正にグレシャムの「悪貨は良貨を駆逐する」の典型ではないだろうか。

 ほかに「しんにゅう」を使う文字の中でも、どの部首が1点なのか、2点なのかは普通あまり気にしていない。自分なりに信じる文字を書いているものと思う。私は2点の文字は書いたことがない。実際「邁進」を見てみると「邁」は2点であり、「進」は1点である。

 教育現場を知る人は、「『しんにゅう』の形が統一されていないと、子どもがわかりづらい」と言うが、今年1月の常用漢字表の試案では、2点派に軍配が上がった。よく分からない理屈だが、部首の整合性より混乱を避けることが重視されたからだという。

 1点か2点、どちらに決めるにせよ、こういう身近なところで偉い学者が検討しても決められず、日本語がたいして意味もなく2通りに使われているところが、曖昧さを残す日本的なやり方で、同時に決断力がないところであろうか。

 漢字ばかりではなく、わが国では総理大臣まで決断力が発揮できず、沖縄住民のみならず、日米間で政治家が右往左往している。言うまでもなく普天間米軍基地移設問題である。総選挙前からどうも代替移設地が首尾一貫していない印象を受けていたが、今になってもどうするのか、宙に浮いたままである。

 今日になって鳩山首相は普天間代替地として「グアムも検討」と言い出した。民主党マニフェストでは「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」と書いてあった。それを一歩踏み込んで、いつの間にか普天間基地を海外か、県外移設という具体的な代案となっている。確かに3年前の日米合意のロードマップには、沖縄駐留の米海兵隊と家族をグアムへ移転させる計画はあった。しかし、内閣の主要閣僚の発言が日米合意とは別のところで迷走するようでは国民は信用出来ないし、アメリカ政府からも信用されないのではないか。日米の了解事項がばらばらに別の方向へ走り出している。一体どこが具体的な移設先なのか、現状のままなのか、首相の考えも外相、防衛相もばらばらになったまま見当がつかない。まったく締まりのない話で、困っているのは沖縄住民である。

 果たしてこの無様な動きに日本政府はどう決着をつけるのか。アメリカ政府も大分イライラしているようだ。

2009年12月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

934.2009年12月3日(木) エコ・ポイント制度をもっとスマートに

 9月初めにエコ・ポイント申請書を送付したが、ほぼ3ヶ月経ってもウンでもないスンでもない状態に痺れを切らし、環境省のエコ・ポイント事務局へ電話した。1ヶ月ほど前エコ・ポイントの申請手続きや、支払い方法等について作業が遅れて、申請者の元へ商品が送られてくるまでに大体2ヶ月ぐらいかかっていると新聞に報道されていた。新しく発足した国の景気浮揚策のひとつで、取扱量も多く手続きも煩雑だろうから、ある程度の時間的な遅れは止むを得ないと理解していたが、その後になっても何らの情報や連絡もなく、国の制度としては些か杜撰ではないかと抗議の気持ちも込めて問い合わせたわけである。

 ところが電話が通じない。電話が不親切である。例によって録音テープによる案内で、所定の係りへかけると「ただいま混み合っていますので、もうしばらく後におかけ下さい」とプッツンと一方的に切られること4回、漸く5度目に話をすることが出来た。私が送付した書類の記録は事務局がしっかり抑えてあり、11月中旬には支払いの資料を日本百貨店協会へ送ったので、実際にいつ希望した物が送られてくるかどうかについては、直接百貨店協会に問い合わせて欲しいと電話番号を教えてくれた。そこで、また百貨店協会に聞いてみると、今月14日に送付する段取りになっているとの回答だった。

 ただ事務が輻輳して支払いが遅れただけのことかも知れない。しかし、何たる不誠実な対応だろうか。どこかで一寸連絡さえしてくれれば、こんな心配をせずに済んだ。3ヶ月も放ったらかしにして、電話1本くれるわけではない。申請者はただひたすら待つしかない。業を煮やして直接尋ねたから事情は分かったが、これが国の制度として国民に対して行うサービスなのか。どうもやることにすべて魂がこもっていないと思う。まあ国がやるサービスというのは、せいぜいこんな程度かなとも思う。

 午後からJN協会の企画会議が麹町の海事センターで開かれ、唐突に白澤事務局長から来年JN協会として「都市・観光・環境の情報事典」なる書籍を出版する予定だから、その一部について私に執筆担当して欲しいとの話だった。来年は国際ペン東京大会開催で忙しくなりそうだし、それに合わせて次作品も書こうと思っているので、おいそれと安請け合いすることに躊躇する気持ちがあったが、お断りするわけにも行かず、「観光」章についてお引き受けすることにした。だが、詳しい説明がなく雲を掴むような話で書籍編纂の意図と主旨がよく分からない。近日打ち合わせをするというので、具体的な内容等についてはそれからだ。

 昨日東洋経済新報社が作成した「知の現場」の表紙デザインを、プロジェクト・マネージャー経由で送ってきた。珍しいデザインだが、これが今風なのかなと思う。しかし、見た感じは悪くない。内容は充実しているし、うまくすると売れそうな気がする。24日に1,600円で店頭販売されるが、販売結果が楽しみである。

2009年12月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

933.2009年12月2日(水) 証言! 外交文書の密約はあった。

 日本画家の平山郁夫氏が今日亡くなられた。79歳だった。平山画伯と言えば、シルクロードを描いた作品や、仏教の歴史・風物を主題とした作風で知られる。箱根の彫刻の森美術館、成川美術館にも画伯のシルクロードの大きな絵画が飾ってある。これらの絵を見ていると古代へのロマンが限りなく拡がっていくような大きな気持ちがしてくる。惜しい人を失った。

 さて、このところ噂が、実は噂ではなく真実だったのではないかと考えられていた、日米間の外交文書密約問題について、昨日東京地裁に証人として出廷した吉野文六・外務省元アメリカ局長が密約文書に署名したことを当事者自身の口から証言した。更に、当時の愛知揆一外相ら外務省幹部もその内容を知っていたはずだとも述べた。密約の内容は、沖縄返還時の沖縄住民への土地原状回復を行うための経費をアメリカが負担するという約束を履行せずに、実は密約によって日本が肩代わりするという内容である

 これで、日米間の4つの密約のひとつが当事者によって明かされたことになる。まだ残る3つの密約がどうだったか明確にされたわけではないが、外務省は来年1月にまとめて報告書を公表する予定である。

 こんな国民の目を騙すような例はこれまでなかったと思う。自民党政府はこれまで、一貫して「日米間に密約はない」「密約はないということは歴代の首相がはっきり答えている」との一点張りで押し通してきた。こうなると歴代の首相はみんな嘘つきだったということになる。この偽証の責任はどう償うつもりだろうか。そして、歴史上ウソを真実とした記録はどう修正するつもりだろうか。珍しいケースであるが、外交史上重大なことであり、どう決着をつけるのか注視する必要がある。

 それにしても証言した91歳になる吉野氏は、閉廷後の記者会見でこれまでも随分悩んだと言った。その挙句に「歴史を歪曲しようとすると国民のためにマイナスになることが大きい」とも述べた。覚悟のうえで真実を述べられたのだろう。人生も終盤になって、腹の中に溜っていたこれまでの心の負担や悩みを曝け出そうと決意したのだろう。

 日本とアメリカでは公文書管理制度が異なる。日本はアメリカの制度を見習い、25年か30年経てば公文書を公開して、誰でも研究出来るので、そういう制度を日本の外交にも採用することが良いとも提言した。

 今回の事件の経緯から、幸いにしてすっきりした形で密約文書が公開されることになりそうだ。一密約文書というだけではなく、制度としてあるべき形を整備することもこの際考えるべきことではあるまいか。

2009年12月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

932.2009年12月1日(火) 羽田空港新管制塔を見学する。

 JAPAN NOW観光情報協会の企画により羽田空港の新管制塔と現在建設中のD滑走路を見学した。前原国交相が羽田空港の国際化を打ち出し、改めてそのためのD滑走路がスポットライトを浴びている。そんな矢先でもあり、協会会員以外の参加者も多く、66名もの多くの人が参加した。空港第1ターミナルビルからバス2台に分乗し、D滑走路を遠望しながら担当者の説明を聞いた。現在海上にジャケットという橋脚を打ち込み、そのうえに2,500mのD滑走路を建設中である。説明を聞いてから、さらに10名程度の小グループに分かれ、新管制塔最上階にある管制官の仕事場を見学し、シミュレーション・ルームで実物に近いトレーニングの場を見せてもらった。

 新管制塔へは、小さな建物から一旦エレベーターで地下へ下り、地下トンネルを潜り抜けて新管制塔ビル直下まで歩き、ここからエレベーターで上がる。115.7mの高さで世界の管制塔の中でも3番目の高さだという。空港管制上今度成田空域を管理していた成田空港と羽田空域を管理していた羽田空港が統合されたので、この新管制塔が成田空港の空域も管理下に納めるそうだ。

 新滑走路の使用、新空港ビルとモノレールの開業は2010年10月である。新管制塔上から見ると空港ビルと道路、そして既設の3本の滑走路が整然と区分けられているように見える。高速道路上を流れるように車が走り、360度の展望を眺めていると空港の計画的な整備状況と科学技術の進歩を見て取れる。ここからは富士山も、アクアラインも、東京ディズニーランド、幕張メッセ、六本木ヒルズもはっきり見える。しかし、ここに働く人たちにとって、こんな感傷はこの場の業務の内容と責任を考えれば、吹っ飛んでしまうだろう。

 いろいろ見て新しい知識も仕入れることが出来た。今まで知らなかったことで驚いたのは、今建設中のD滑走路の一端は、数メートル高くなっているということだったが、聞いてみると他の3本の滑走路の内もう1本も同じように片側が高くなっているとのことだった。その理由までは質問することは出来なかったが、それぞれの空港により、その使いやすさのために少しずつ特徴があるとのことだった。

 もうひとつは、管制官の4人にひとりが女性であることである。これも意外だった。いずれにしても管制官の仕事は航空乗客の大切な生命を預かっているので、その責任感は相当なプレッシャーだろう。

 この新管制塔は来年1月から運用を始めるとのことである。これから日本の窓として大いなる期待に応えてほしいものである。

 今日のJN協会の企画はとても良かった。

2009年12月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

931.2009 年11月30日(月) スイス国内にイスラム・モスクは建設出来ない。

 先日来ヨーロッパで話題になっていたスイス国内のイスラム教モスク建設について、国民投票の結果モスク尖塔の建設を禁止する憲法改正案が賛成多数で可決された。今後スイス国内では尖塔の新規建設ができなくなった。この動きはドイツや、フランスでも物議を醸すことになりそうだ。

 これでスイスは極右思想国と看做される可能性が高くなり、スイス政府は気を遣って既存の尖塔は維持され、信仰は出来ると声明を発表している。しかし、すでにイスラム諸国から反発の声が挙がっており、今後の関係悪化が懸念される。スイスではかねてよりモスクから街中へ流れる礼拝時のアザーンの大音声が問題になっており、地元住民との間であつれきが生じていた。

 確かにイスラム諸国を訪れた時、耳に入ってくるあの読経のようなアザーンは、非イスラム圏から来た旅行者には、少々耳障りで異質な感じがする。朝早くから尖塔から大音声が流れると流石にけだるい気分にさせられてしまう。

 イスラム系住民と地元住民との交流もあまりスムーズにいかないようだ。かつて、東西対立時代の西ドイツでトルコ系住民が集団で固まって居住していたために、学校によってはトルコ系生徒が多くなり、宗教の違いから来る生活慣習の違いによる対立により、学校内が殺伐としていたという。その後東ドイツと統合されたことにより、ドイツは労働力としてトルコ人を必要としなくなり、イスラム系住民の排斥という新たな問題が浮上して、大きな国内、国際問題となった。

 異質な民族と共存することは、頭では納得出来ても現実問題としてすんなり受け入れるのは難しい問題がある。今ではいずこの国も民族問題を避けて通ることは出来ないが、感情論として好き嫌いの気持ちが表れてくるのは避けようがない。日本国内でも戦前の在日朝鮮人問題や、明治以降の部落民問題などは日本人の心の中に今日でも触れられたくない問題として引きずっている。

 表面的に民族差別はなくなったとは言え、根底には相手の気持ちを慮る気持ちが大切であるとつくづく思う。その点で案外無神経なのは、金さえあればとか、表現は自由だとか言って周囲の人たちの気持ちを斟酌せずに、不必要なトラブル発生の原因を作っている広告なども注意したいものである。

 ヤンキースタジアム内の右翼外野席前の「よみうり新聞」の大きな日本語広告や、シアトル・マリナーズのホームグランドのバックネット下に良く出る日本製品のCMなどは、あまりどぎついとアメリカ人の神経を逆撫ですることを考えた方がよい。逆の立場に立って、国立競技場や、東京ドームにけばけばしいハングルや、アラビア語で埋め尽くされた場合などを考えてみたらどうだろうか。

 要は「ほどほど」と「相手の気持ちを慮る」ということを忘れないことが大切ではないだろうか。

 それにしても株式市況の動きはめまぐるしい。先週末には、ドバイ金融筋の信用不安から大幅な円高となり、日経平均株価も一気に300円下げて、藤井財務相が具体的な対策を講じることもなく、この円高を容認するわけにはいかないと言った途端、週明けの今日の為替と株式市場は敏感に反発して、円は86円台に下がり、日経平均も264円も上がって9,345円まで戻した。

 しかし、世界の景気は一向に回復せず、雇用状況はぱっとしない。給料は下がり失業率も上がり、こんな経済状況ではどうしようもない。トップの鳩山首相はと見れば、親から譲ってもらった隠れ贈与を突かれて追い詰められつつある。怪しげな政治資金入金ルートを追及され、しどろもどろではないか。支持率は高いが、下手をすると短命内閣に終る恐れが出てきたように思う。

2009年11月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

930.2009年11月29日(日) クラシック音楽と「坂の上の雲」

 恒例で上野浅草フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に、飯田ゼミの赤松晋さんがチェリストとして出演するのでゼミの有志が挙って浅草公会堂へ応援に出かけた。この演奏会では、毎度少々難しい曲が演奏されるので、中々馴染みにくい。今日の演奏曲目はウェーバーの歌劇「オイリアンテ」序曲、ハイドンの「交響曲第101番ニ長調『時計」、そしてチャイコフスキー「交響曲第5番ホ短調」だった。「時計」の一部しか知らなかったが、まあ聞き応えがあった。最後のチャイコフスキーの交響曲第5番は、落ち着いて聞くのは初めてだったが、プログラムの解説が分かり易く説明され、この重苦しい曲も演奏楽器の音色を解説に従い追っていくことが出来た。

 終っていつも通り「神谷バー」で会食となった。16名の参加者に赤松さんのご子息夫妻が加わり、和気藹々となり、いつもながらの楽しい会食となった。この席で今年の忘年会を12月29日に決定した。

 浅草公会堂へ行く前に時間にゆとりがあったので、雷門から浅草寺まで人混みの中を真っ直ぐ歩き、参拝してきた。途中の人混みは、日本人より外国人の方が多いくらいで、東京の観光地と言えば、ここ浅草が中心になってしまったような気がする。歩行者も顔つきでは分からないが、会話を聞いていると中国人が多い。やはり純日本的なものは外国人の興味をそそるのだろう。正面の浅草寺は来年一杯屋根の葺き替え工事中のようで、屋根は全面的にシートに被われ、訪れた人びとにとっては少々がっかりだろう。

 久しぶりに御神籤を引いてみると願っていた通り、「吉」だった。「願望=叶えられるでしょう。病気=治るでしょう。」と願ったり、叶ったりで気分を良くして公会堂へ乗り込む。

 ほろ酔い加減で帰る道すがら幸せだと話していたのは、飯田ゼミで恩師・飯田鼎先生の謦咳に接してご指導いただいた有難さと、飯田ゼミ仲間の温かい友情に恵まれた幸せを享受出来たことである。今年発行した「慶」に、「飯田ゼミのアカデミックな伝統と仲間たち」と題してゼミの思い出を寄稿したが、その中にもゼミの良い思い出ばかり書いているので、他のゼミの同級生が羨んだくらいである。

 いつものことながら、やはりゼミの仲間との交流は楽しい。気が置けないのがいいし、夫人同伴で楽しく語り合えるのが良い。来年箱根で一泊して桜見物を楽しもうというアイディアも出された。今年は予定を実行出来なかったので、来年こそは期待に応えなければいけないと考えている。

 さて、今日から待ちに待った大河ドラマ「坂の上の雲」がNHKで始まった。産経新聞に連載されて単行本として発売されたのが、昭和47年だ。発売以来版を重ねて、多くの読者の関心を高めた。私が読んだのは昭和57年だからかなり遅れていたが、興奮と興味で読みふけり、それ以来司馬遼太郎作品への興味が募っていった。あしかけ3年を費やして放映するらしいが、そもそもこれだけの大掛かりの舞台背景の作品を、テレビのような小さな画面で表現すること自体無理だと思っていた。日露戦争の場面なんかどうやって演出するのか興味がある。

 今日は最初の放映ということから、1時間半もの長い時間となったが、これから毎週日曜日の夜を楽しませてもらえそうだ。

2009年11月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com