案の定昨日更迭された田母神・航空幕僚長の論文事件が問題になってきた。今のところ中国政府は冷静を装っているが、韓国政府は厳しく非難している。それはそうだろう。個人的見解の発露にしても、立場を考えたら政府見解に反し、今までの経緯から周囲に相当な波紋を呼ぶであろうことは充分に予想できたにも拘らず、田母神幕僚長の取った行動は、とても大人の対応とは思えない。これまで幾度か日本の要人の発言が、戦禍をもたらしたアジアの人々の気持ちを逆撫でにしてきた。その都度反省し謝罪し、ことを収めてきた経緯がある。それに基本的に誰が何と言おうと日本軍が相手の国へ土足で乗り込み、相手国へ迷惑をかけたことは紛れもない事実であり、その事実を認めないわけにはいかない。それが、植民地支配と侵略で、「アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」という1995年の村山首相談話となった。これがほぼ日本政府の公式見解といっていいものである。田母神氏は「わが国が侵略国家だったというのは濡れ衣」と書いている。更に日中戦争について「中国政府から『日本の侵略』を執拗に追及されるが、わが国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」とまで主張している。日本の安全保障政策についても「集団的自衛権も行使できない。武器使用も制約が多く、攻撃的兵器の保有も禁止されている。(東京裁判)のマインドコントロールから解放されない限りわが国を自らの力で守る体制が完成しない」と独自の論理で国の防衛政策の転換まで求めている。
日中戦争をはじめとする、大東亜戦争に関する見解については事実誤認もあるらしく、著書を引用された現代史家の秦郁彦氏は盧溝橋事件の最初の発砲について、表現が誤解され不愉快だと憤慨している。田母神氏は日本のおかげでアジア諸国は植民地の立場から独立を勝ち取ったプラス面もあるとも書いているようだが、将校、士官、一兵卒を含め多くの元軍人と知り合い、話をした経験では元軍人の人たちは、結果的にそう受け取られる側面はあるが、そんなことは絶対ないし、また口に出していうべきことではないと毅然として言っていた。アジアの国々で日本軍が戦禍をもたらしたことは間違いない。残念だが、われわれはその負の遺産を心に刻み、せめて戦争に加担することだけは止めようと誓ったのではなかったか。それを戦争の「セ」の字も知らない極右の防衛省制服組が、個人的な考えとは言え、立場を考えずにむしろその地位を利用して外部に発表するなど、その強気の言動は言語道断である。他にも同じように投書した自衛官がいたようだが、防衛省内にはこのように好戦的で、右翼的な言動に走る空気を抑制する動きがまったくなかったのか疑問に思う。そうだとしたら、一度省内で思い切って喧々諤々の議論、ディベートを行い、それを国民に公開して防衛省の進むべき道に指針を与えることも考えてみてはどうか。