879.2009年10月9日(金) オバマ大統領にノーベル平和賞

 駒沢大学の講習を受けて帰宅したのが、6時過ぎだった。妻が今年のノーベル平和賞受賞者は意外な人に決まったと言ったが、何とアメリカのオバマ大統領だという。6時に発表されたばかりのホットニュースに、ホワイトハウスではまだ明け方5時で公式の発表はない。

 率直に言って大統領就任9ヶ月ではまだ早いのではないかと思った。4月にプラハで核廃絶へ向けて行動しようと世界へ向かってアピールしたのは、確かに強烈なインパクトがあった。核廃絶の流れへ一気に向かうかとの幻想を抱かせたほどである。

 しかし、宣言はしたが、実質的な核廃絶へ向けての動き、況してやその効果のほどはまだ表れているわけではない。核廃絶は確かに人類にとって理想であり、実現したらそれこそノーベル平和賞ものだと思っていた。それが約束手形を発行したようなもので、先を読んだノルウェイのノーベル賞委員会がノーベル平和賞を授与することによって、オバマ大統領に核廃絶への期待を込めてノルマを課したのではないかと考えてしまう。

 街の声を聞いてみると割合好意的で、被爆地の長崎、広島の人は被爆者を含めて概してオバマ大統領のノーベル平和賞受賞を評価しており、核廃絶の方向へオバマ大統領が引っ張っていってくれることを期待しているとのコメントが多かった。折りも折り来月12日にオバマ大統領は初めて来日される。忙しいなどと言わずに、この際広島か、長崎を慰霊に訪れ、そこでもう一度プラハに負けず劣らずの核廃絶のためのラッパを吹いてもらいたいものである。そういう一里塚が最終的に核廃絶を実現することにつながると思う。明日の朝刊に発表されるであろう、オバマ大統領の受賞コメントを聞いてみたいものだ。

 今日駒沢大の「出版の周辺」講義で清田義昭講師が、前回に続いて冤罪を訴えたビデオを見せてくれた。今年毎日放送が制作した作品である。足利事件の冤罪事件と似た福岡・飯塚事件を取り上げたものである。いずれもDNA鑑定が決め手となって犯人を特定する結果となった。しかし、この2つの事件では、一方は被疑者だった菅家さんが免罪とされ名誉を回復しそうだが、他方は被疑者が無罪を主張していたにも拘わらず、死刑が確定し昨年10月に刑が執行された。飯塚事件の弁護団は再審を検討していたが、足利事件のDNA検査が本人のものではないと分かった現在、飯塚事件の被疑者も似たようなDNA検査の結果でもあるので、検察に対して言い知れぬ不信と憤りを感じている。

 DNA鑑定が正確だとの話ばかりが先走り、飯塚事件の被疑者は、DNAの「塩基」と呼ばれるファクターが事件の現場に残された犯人のDNAのそれに似ているというだけで、犯人のものと同じと決め付けられて犯人に仕立て上げられた疑いがある。

 ビデオは専門的で難しいDNA鑑定のシーンも見られたが、制作プロデューサーの最大の狙いと目的は、冤罪をなくすという1点にある。DNAによる証明のほかに、時により警察側に意図的な資料の隠匿が見られることも大きな問題である。いずれにせよ、極めて難しい裁判問題であることを教えられた。果たして始まったばかりの裁判員制度は現状のままで大丈夫だろうか。

2009年10月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

878.2009年10月8日(木) 台風18号日本列島を縦断

 南洋沖で発生した時から強大な台風と予想された18号は、予想通り暴風雨となり南大東島から北上して昨夜から今日にかけて日本各地に大きな被害をもたらした。午前5時に愛知県知多半島に上陸して青森県まであっという間に本州を縦断した。夜11時現在で死者2名、行方不明1名程度で納まっているが、風が強く竜巻となって、家屋の倒壊が頻発して、茨城県では家ごと吹き飛ばされたところがあった。とにかく午前中は風が強かった。交通機関にもかなり支障が出て、JRの如きはほぼ都内全線が影響を受け、運転中止と運転見合わせという状態だった。例によって私鉄が割合動いているのに、なぜJRばかり動かないのかという議論になっている。

 大学の公開講座を今年も受講しているが、春季講座は多摩大学と駒沢大学で受講した。秋は、引き続き駒沢大学を受講するほかに、多摩大学を止めて新しく多摩美術大学で6回に亘る美術の生涯学習講座を受けることにした。昨夕初めて多摩美大上野毛キャンパスで、「フランス『パリ』を歩く―永続的アート革命都市」と題して清水敏男・学習院女子大学教授がパワーポイントを使いながら、パリ市内の街角、ストリートと美術館を紹介してくれた。中々面白い趣向で、例えればグーグルのストリート・ビューと同じようなスタイルでパリ市内を紹介しながら、専門家の見方で講義してパリ市内のアートとアーチストの関わり具合を分かり易く説明してくれる。

 約30名の熱心な受講生は、男女取り混ぜいろいろな年代層に分かれているが、それぞれに美術に関心の深い人たちばかりで質問も的を射た、専門的なものだった。ほとんどの受講生がパリを訪れたことがあるようで、美術にも造詣が深く、知的レベルは相当高いとみた。ただ、7年間もパリに在住した講師が講義するだけに、細部に亘り街角を説明しても1~2回パリを訪れた程度では、シチュエーションをすんなりとは理解出来ないかも知れない。

 来週は別の講師がウィーンについて講義されるようだが、この様子なら今後期待が持てそうだ。

 さて、鳩山新政権で年金問題を切り札に役所へ乗り込んで行った、‘ミスター年金’長妻昭・厚生労働大臣が初めて「貧困率」という言葉を使い出した。

 経済協力開発機構(OECD)が貧困割合を示す指標として、所得の高い順に並べた時に真ん中の人の所得を基準にして、その半分に満たない人が占める割合を「相対的貧困率」としたものだ。

 日本政府はこれまで公式には貧困率を発表していないし、況してやそれを基準に貧困率を下げるような政策も採り入れていなかった。国が保障すべき最低限度の生活をどう考えるのかとか、いかに支援するのかとの長期的なビジョンが欠けてはあまり意味がない。しかし、遅かれとは言え、とかく目こぼれしていた貧困者の生活に、具体的な数値が加味されて俎上に上がったことは善しとすべきであろう。

 ところで、貧困率というのは一体どれほどの数値なのかと言えば、対象国が現状では極めて少なく僅か30カ国である点から世界のレベルを比較するのは難しいが、意外なのは日本がその30ヶ国の中で4番目に高い(14.9%)という実情である。対象国は高々30カ国ではあるが、OECDによれば、日本は貧困国ということだ。アメリカに至ってはもっと貧困国ということで、すんなり受け入れ難い数値ではある。一番高いのは、メキシコ(18.4%)、以下トルコ(17.5%)、アメリカ(17.1%)、日本、ドイツ、イギリス、オランダ、フランス、スェーデン、デンマークの順になっている。アジア・アフリカ諸国が一国も入っていないのは、統計がないからで、メキシコ、トルコは別にして先進諸国内での比較ということになる。

 それにしても中国、インド、ロシア、シンガポール、韓国、アジア・アフリカの発展途上国が入らなくては比較すること自体に格別意味があるようには思えない。指標として価値のある資料に肉付け出来るかどうかが、今後広く活用されるかどうかの生命線となるだろう。いずれにしろ、これまでどうして厚労省はこのような国際指標を発表しなかったのだろうか。

2009年10月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

877.2009年10月7日(水) 小中陽太郎さんと金大中氏とのツーショット写真

 年内に発行予定の共著「知の現場」で、小中陽太郎さんを取材させていただいたが、個人的には小中さんの「知の現場」以上に、小中さんの過去の幅広い社会的活動に強い関心があった。わが家からほど遠からぬご自宅における取材でも、話題と関心がつい「べ平連」や、米空母「イントレピッド」米水兵脱走事件に行ってしまう。その他にも小中さんからは公に報道されていない話も随分伺ったが、ポーランドのワレザ元連帯議長やチェコのハベル元大統領にもお会いしたということもあり、新刊書に「行動」をにじませたく何とかツーショット写真を添えてもらいたいと思っていた。幸い編集者から同意してもらったので、提供していただく写真をお願いしたところ快くお引き受けいただき、今年8月に亡くなった韓国の金大中元大統領と一緒に撮った写真をお預かりすることになった。昨日お願いしたところ早速メール添付で送っていただいた。金大中氏についてお話を伺ったところによれば、お会いしたのは、1973年10月24日、軟禁されていた金氏を解放してもらうべく韓国官邸を訪れた直後に金氏は釈放された。その足で金氏の自宅を突撃取材された。その時の貴重な写真である。それにしても金氏も小中さんもいかにもお若い。拉致されたのが、その年の8月8日で、偶々私はエジプトからスーダン、エチオピアを経て当時インドのボンベイに駐在していたアルペンクラブの廣瀬明夫くん宅を訪れていた時だった。そんなこととは露知らず、帰ってきて世間の蜂の巣をつついたような騒ぎに接して、ことの重大さに驚いたことが、昨日のことのように思い出されてくる。

 小中さんの凄いところは、厳戒体制下の金氏の自宅を取材に訪れたのは、何と小中さんが最初で、そのせいで翌日には国外退去の処分を受け強制的に出国させられたことである。小中さんは「イントレピッド」もそうであるが、率先してポジティブに行動する人というイメージが強い。

 その折りの金氏とのツーショットを新刊の中で見るのも違った意味で楽しみである。キャプションを付けて早速プロジェクト・リーダー経由で編集者へ送付した。

 そう言えば、先日私のブログを見て三島由紀夫のことが書いてあったからと言って、わざわざ三島由紀夫が書いた秘蔵の手紙をコピーして送ってくれた高校時代の友人がいる。ブログを読んでは時々建設的なコメントを寄せてくれる近所に住む友人、呉忠士くんである。

 三島が友人の父親へ宛てた私的な手紙である。友人の父は有名な古代ギリシャ文学の碩学・呉茂一元東大教授で、小田実の恩師でもあり、恐らく三島も学生時代に教えを受けたひとりであろう。手紙を読むと三島が意外に愉快な人物であることが分かり、微笑ましく親しみが湧いてくる。世上よく知られている三島のボディビル鍛錬を、三島は中止してその10年の鍛錬期間を浪費だったと反省し、その分ギリシャ語が10年遅れたと自戒していることや、執筆中の「金閣寺」を大岡昇平が「キンカクシ」と読んだことなど、世に知られていない内容で中々愉快である。

 周囲にこういう貴重な資料を抱えている人たちがいて、それを提供してもらい恩恵に浴していられることは有難いことで、感謝するばかりである。

2009年10月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

876.2009年10月6日(火) 外国語の日本語表記は、特性を考えて

 昨日の朝日朝刊の「声」欄に、中国に7年間駐在されて帰国した人が、中学生の子どもの地理の教科書を見て中国の地名の表記について疑問を呈していた。

 外国語の日本語表記は、現地語に則ることを原則とするにしても、よほど注意しないと実際の名称とはまったく別の言葉に変わってしまう恐れがある。文部科学省では、現在現地語表記を基準にして指導している。それがこの教科書のケースに当てはまるのかどうか。欧米の言葉の場合は日本語とは文字や発音がまったく異質だから、ある程度の発音のずれは止むを得ないと考えている。しかし、日本語と同じ漢字を使う中国語や朝鮮語の地名表記の場合は、よほどきめ細かく、あらゆる角度から検討しないとまったくかけ離れた言葉となって、相手国の人に理解されなかったり、誤解される場合が起こり得る。「声」で主張されていることは、件の教科書の中国地名に漢字を使うことなく、音読みのカタカナ表示をしている点で問題があり、誤解や間違いを生みやすいということを言っておられる。

 例えば、英語の「ジェネバ」「ベニス」「ネープルス」「ミラン」「アレキサンダー」を、近年はそれぞれ原語に近い「ジュネーブ」「ヴェネチア」「ナポリ」「ミラノ」「アレクサンドロス」と呼ぶようになったが、それが本来の現地風の発音により近いと分かれば、それで良いと思う。

 問題は、中国語や朝鮮語を日本語読みにした場合である。これまで毛沢東や、鄧小平を日本人が中国語で発音することはなく、日本語による音読みだった。地名でも北京は「ベイジン」と呼ばれることもあるが、普通は「ペキン」であり、西安や天津、広州などは漢字に表記される通りに音読みで発音している。それが「声」投書氏によれば、中学生の教科書には、漢字ではなく大連は「ターリェン」に、天津は「ティエンチン」、広州は「コワンチョウ」とカナで書かれているそうである。投書氏は「中国では今でも日本の地名や人名は漢字で表記、中国語の発音で読むことが主流である。日本も漢字で表記、日本語読みでよいのではないか」と素朴な疑問を投げかけている。その教科書は見ていないが、私も投書氏に同感である。

 こういうように素直に考えれば良いことを、こねくり回すから分からなくなる。先日来商品の取扱説明書の分かりにくさについて、万歩計メーカーのオムロン社へ問い合わせたが、オムロン社からは一向に明確な回答が得られない。一旦売ってしまえば後は購入者が考えろと言わんばかりの傲慢な会社の消費者軽視の姿勢や、言葉をこねくり回す悪弊が簡単なことを複雑化させるとの考え方に通じるものだと思う。

 中国の地名だけの問題ではなく、ことは自分たちさえ分かれば可とする姿勢こそ他人をボイコットする利己主義の表れではないか。

2009年10月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

875.2009年10月5日(月) 太宰治「斜陽」のタネ本は、太田静子の「斜陽日記」

 昨晩NHK・ETV特集の太宰治生誕百周年記念番組「太宰治‘斜陽’への旅」で「斜陽」が作品として完成する過程を人間模様を織り交ぜたドキュメントとして放映した。愛人・太田静子との間になした娘・太田治子が保管する日記等の資料、治子の津軽への旅、神奈川県下曽我の雄山荘の生活、治子へのインタビューや感想等を通して詳しく紹介して、興味深く観ることができた。1時間半のドキュメントであり、文学の裏世界の話でとかく敬遠されがちなモチーフであるが、当事者の心理面まで中々よく描けていたと思う。

 今まであまり世間に知られていないような秘話を太田治子が提供したということは、ある面で父の生誕100年を機に過去の太宰治像と決別しようと吹っ切ったのではないかと思える。実際62歳になって初めて父の実家である青森県金木の太宰記念館を訪れ、自分の揺れる気持ちに思いがけず戸惑う。母静子とともに暮らした下曽我の家は、誰も住まない廃屋同然のまま残されており、閉ざされた門から邸内へ入ることが叶わず、周囲を歩き、外からかつての自宅の思い出に耽る。「斜陽」では舞台は伊豆になっているが、実際はこの下曽我の雄山荘の出来事だった。

 「斜陽」が完成するためには、静子が書き続けていた「斜陽日記」がヒントとなり、推進力になったようで、太宰もそれをしきりに当てにしていた。「斜陽日記」は、太宰と静子の間で交わされたラブレターで、斜陽の言葉通り太宰の生き方も傾いて、気持ちは徐々に死へ向かっていく。一方、その過程で新しい時代の女であった静子は、治子の誕生から一転して幕引きを「死」から「生」へ昇華させていく。この静子の「生」への希望が、「斜陽」の最後は「死」と捉えていた太宰をして、静子との別離を決意させたようだ。静子は「斜陽」の完成を見て金木の実家近くに住んでいた太宰へ会いに行く。しかし、太宰はつれなく、これが2人の最後の逢瀬となった。「生」へ向かって力強く生きようとする静子と、「死」に執着する太宰との永遠の別れである。

 その僅か半年後、「死」を決意していた太宰は、もうひとりの愛人・山崎富栄を誘い入水自殺する。一方静子は太宰との思い出を胸に秘めて、女手ひとつで治子を育てながら69歳で亡くなる。

 胸に詰まらせられる愛憎ストーリーである。ノンフィクションであるが、これまでほとんど知らない内容だった。今年は太宰治関係のイベントが盛り上がり、随分遠い時代の人と考えられがちであるが、松本清張と同じ年齢だったとはとても思えない。先年93歳で亡くなった亡父より1歳若い。

 太宰に新しい興味も湧いてきたので、近い内に「斜陽」をもう一度読んでみようと思っている。

2009年10月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

874.2009年10月4日(日) 中川昭一元財務・金融担当大臣自殺か?

 今朝インターネットのWEBサイトを見ていて思いがけない訃報にあっと驚いた。あの元財政・金融担当大臣だった中川昭一氏が今朝自宅のベッドで亡くなっているのを奥さんが発見した。何となくミステリーじみている。ニュースを知って直感的に自殺だと思った。

 今年2月ローマで開かれた主要7ヶ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の記者会見における酔っ払った無様な様子が国内外で報道され、日本国内ばかりでなく世界中からブーイングが上がり厳しく非難された。それほどお粗末なもうろう会見だった。一国の財務大臣ともあろうものが、世界注視の記者会見に酔っ払って出席するとはあきれ返った行状である。取り巻きもよくない。あの映像は確かに酷かった。目はうつろであらぬ方向を見据え、ろれつの回らない口調でそのだらしなく、惨めな姿は大臣の人格をさえ疑わせるもので、マス・メディアからも散々叩かれた。自業自得とは言え、帰国後直ちに大臣を辞任して、その挙句に父親から譲り受けた地盤の支援者からそっぽを向かれ、総選挙で落選し、比例区での復活当選もならなかった。ローマでの記者会見から奈落の底へまっしぐらで直行し、そのまま浮かび上がることはなかった。

 高校卒業後、浪人中は代々木ゼミへ通い、英語授業は小田実さんや小中陽太郎さんから教えられ、東大から旧興銀へ就職したくらいだから頭は良かった筈である。自殺した北海道のヒグマと言われた、父親中川一郎氏の死後地盤を継いで、北海道選出の自民党有力議員として徐々に存在感を示したが、人の上に立つ人物としては、酒乱による素行に見られる通り、周囲の人への配慮や態度に欠け問題があり過ぎた。父一郎氏が一派を成す有力議員だったためであろうか、取り巻きが何でもやってくれると思い違いしている内に、いつの間にか裸の王様になってしまった。数年前の駐日インド大使主催のレセプションでよろめきながら大使館へ到着した裏話は有名だ。

 自民党に他に人材がいなかったわけでもあるまいに、世襲議員として当選回数を重ねている間に、国会内でひとかどのうるさ型となっていった。一部では未来の総理候補と期待されていた節もある。その間実力をつける代わりに権謀術数や世渡りだけが身についたようだ。それにしても世襲議員特有の甘ちゃんに、かつてはわが国の農林行政を、最近では金融を一切任せていたとは情けない。結果はどういうことになったか。農業は疲弊し、金融は一向に立ち直りの気配が見えない。父親の七光りで連続8回の当選をしていながら、酒だけ力量を上げて、政治家としての力を磨くこともしてこなかったのではないか。人間的にはまったく子ども同然である。

 見栄を張り偶に威張る程度ならまだ許せるが、傲慢不遜そのものの態度で押し通した。選良の負託を受けて代議士になった以上、勉強して実力を培うことは当然であるが、精神的な強さも身につけなければ、他人の足を引っ張ろうと考えている輩が多い中ではとても太刀打ち出来ない。サンドバッグのように叩かれても叩かれても耐え抜く意思の強さがなければ、魑魅魍魎の政治の世界ではとても生き抜いていくことはできるものではない。

 まだ、自殺という結論が出たわけではない。司法解剖の結果で警察はその可能性が低いと発表したが、死因の断定には至っていない。病理検査を行うという。父親の自殺の際も当初は自殺とは発表せず、その後著名な医師による虚偽の死亡鑑定書が問題視され、結局自殺と断定された経緯がある。

 どうも地位に相応しい人間性と実力が伴わない人間が権力を持つとろくなことはない。それにしても麻生前首相は、選挙の大敗という堂々たる?理由で辞めることが出来て良かったのではないか。

2009年10月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

873.2009年10月3日(土) 次回オリンピック開催地、リオ・デ・ジャネイロに決定

 残念ながら東京は2016年夏季オリンピック開催都市に選出されなかった。開催地は南米で初めてリオ・デ・ジャネイロに決定した。リオは4候補都市の中で一番可能性が低いとみられていたが、南米大陸で初めてという目新しさが、治安問題やその2年前のサッカー・ワールドカップ開催のダブル不安を乗り越えて栄冠を射止めた。今回のIOC委員による投票の推移と結果をみていて意外なことが分かった。ひとつは、シカゴがオバマ大統領夫妻の圧倒的な人気を背景に支持を受けかなり決定の確立が高いと考えていたが、予想に反して第1回の投票で東京を下回る最下位で早々に姿を消したことである。アメリカが政治的な力だけで押しまくることに、IOC委員の間で反感を持たれたことがあるとの声がある。昨夕東京都の猪瀬副知事が、オバマのスピーチの内容には理念がなく、ただミッシェル夫人の故郷だから開催させてくれという次元の低い演説だったと酷評していた。尤もリオだって同じで、お祭好きのブラジル人らしく、大会開催を盛り上げたいとの一点張りだった。気の毒だったのは、マドリードで前回も立候補して破れ、今回も第1回の投票では最高票を得ていながら最後の決戦で、リオに大差で涙を呑んだ。

 東京は開催都市に立候補した時点に比べ、少しずつ追い上げて昨日の総会では、一番まともな主張と将来の環境問題を提起したが、ある新聞によればスポーツの祭典としての高揚感とか、ワクワク感に欠けるとあった。それに国民の支持が4都市の中で一番低かったことが評価を下げた。第1回の投票でシカゴを上回っていながら、人脈に欠ける点も第2回では逆に票が減った原因ではないかと指摘されている。

 リオの開催はある程度自然の流れだと思っているが、気にかかるのは、ブラジル政府に開催にかかる経費が、2014年開催のワールドカップと併せて負担出来るかどうかである。ルーラ大統領は、早速記者会見でインフラ整備に約32兆円を投資すると語ったが、そのほかにも開催自体にかかる費用がある。いくら経済が上昇機運のブラジルとはいえ、これだけの負担に耐えて国際的に大きなイベントを3年間に2つも実施可能だろうか。この点は今後も注目していたい。

 秋のお彼岸にお墓参りをしなかったので、今日長男家族とともに、近藤家の宝仙寺と妻の実家、川手家の多摩墓地へお参りした。今朝方は時折小雨がぱらついたが、幸い天候も回復してお役を済ませたような気持ちになった。すっきりした気分である。やはり1年に2度の墓参りは欠かせられないと感じた。

2009年10月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

872.2009年10月2日(金) 2016年オリンピック開催都市はどこに決まるか。

 2016年のオリンピック夏季大会開催地を決めるIOC総会が、コペンハーゲンで開催されているが、4つの候補都市がそれぞれ世界的にも知られる大物を送り、キーノート・スピーカーとしてそれぞれの都市の開催PRのために精力的に動いている。

 シカゴは、オバマ大統領夫妻、リオ・デ・ジャネイロはルーラ大統領とサッカーのペレ元選手、マドリードはファン・カルロス国王が演説した。東京は鳩山首相が先の国連総会でアピールした環境問題を話題にして、環境を意識した、コンパクトな大会と訴えたらしい。投票による決定は日本時間今夜半過ぎである。ここまで来たらやはり東京で開催してもらいたいというのが、ほとんどの日本人の本音だろう。吉と出るか、凶と出るか。それにしても、日本のスピーカーは皇太子が難しくなり、先日まで決まらず誰がやるのか気をもませたが、鳩山首相が引き受けてくれて良かった。国連総会におけるスピーチが良いイメージを与えたので、そのイメージをそのまま持ち込んだ。健闘と言えるのではないか。仮に麻生首相だったら、まずダメだっただろう。あまり「東京開催」を期待しない方が良いと思うが、それでも明日の結果が待ち遠しい。

 先日「構想日本」の加藤秀樹代表が、政府の行政刷新会議事務局長に内定したとのニュースが流れたが、これについて昨夕「構想日本」から加藤代表名で「行政刷新会議事務局長を引き受けるに当って」というメールによる挨拶文が送られてきた。過去7年間取り組んできた事業仕分けの実績が、認められた結果だと受け止めておられる。この事業仕分けを通じて、今年度中に4兆円の財源を捻出したいと言っておられる。ただ、歳出カットだけが目的ではなく、国と地方の制度や組織に根源的な問題があると捉えておられ、行政刷新会議としては行革や地方分権につながる仕事を遂行したいと意欲的である。ご本人も自覚しておられるが、こんなに激職をいくつも引き受けて大丈夫だろうかと他人事ながら心配である。本職は慶大教授であるが、構想日本代表、日本財団理事長、そして政府の要職まで引き受けて一体大丈夫なのだろうか。良識ある加藤代表ゆえ安倍、福田ら元首相のように、途中でもうや~めたとは、決して言わないだろうが・・・。

2009年10月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

871.2009年10月1日(木) 中華人民共和国建国60周年を迎える。

 1949年に中華人民共和国が建国して60年が経った。今中国の経済発展は世界の驚きであり、脅威でもある。来年度中には国民総生産(GDP)は、日本を追い抜いて世界第2位になる。最近の新聞報道をみると、中国政府はこの60年の総括をやっているが、国威発揚のためかもっぱら自画自賛である。前半30年間は毛沢東主席の建国を、後半30年間は鄧小平の改革解放政策の成果だと褒めちぎっている。

 確かに近年の中国の大躍進は目覚しい。貿易のみならず、生産、消費の面でも主要諸国を追い上げている。中国国民の生活水準も着実に向上している。都市住民の1人当たり可処分所得は建国当時僅か100元だったものが、昨年は15,781元にまで上昇している。何と160倍である。農村では44元だったものが、4,761元に上がっている。問題はとかく話題になる都市・農村間の所得格差である。先の数字を見ただけでも4倍近い差がある。

 そして司法の腐敗と言われるように、裁判所と警察、公務員の賄賂が蔓延っていることが、国民の無気力を生んでいる。それより最大の問題は、何といっても民族問題だろう。ラサやウィグルでは、町中を武装警官が警戒しながら歩き回ったり、あちこちに監視カメラが取り付けられるようになった。天安門広場における式典や軍事パレードだって、民族問題を押さえ込み、中国国民の目を民族問題から逸らそうとの意図があることはミエミエである。中国政府のやり方は、力で国民を強引に抑えつけるの一辺倒だ。官僚が散々不正や賄賂をやっておきながら、職のない農村部から職を求めて出稼ぎにやってくる若者に圧力を加えるというのは、誰しも納得出来ないのではないか。派手に行進する軍事パレードが虚しいものに見えてくる。

 一昨日アメリカ領サモア諸島で地震発生とともに津波が押し寄せ、多数の犠牲者を出したが、昨日はインドネシア・スマトラ島でも大きな地震があった。今日現在500名を超える死者が出ているが、更に死者は増え数千人が犠牲となったのではないかと心配されている。テレビ報道に見る悲惨なシーンには胸を痛みつけられる。個人的にも1999年8月に遭遇した、トルコ地震の現場の倒壊したビルや道路傍の瓦礫の山を思い出す。日本ではそれほど大きな地震ではないが、それでも昨日から小さな地震が頻発している。やはり地球はつながっている。他人事ではない。

2009年10月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

870.2009 年9月30日(水) ドナルド・キーンさんの日本文学への熱意に脱帽!

 アメリカ領サモア諸島近海でマグニチュード8.3の大きな地震があり、日本でも津波警報が出された。昭和35年のチリ沖地震の際には、発生後22時間を経て北海道に津波が押し寄せ、函館駅まで海水が達した。5年前にインドネシアを襲った津波の脅威を思い出す。

 今朝の朝日新聞に1頁全面を使って日本文学者ドナルド・キーンさんのインタビュー記事が掲載されている。内容も中々面白いし、教えられることが多い。お元気そうだが、87歳のご高齢と知り、その好奇心には驚くばかりである。2年前の小田実さんの葬儀では、確か弔辞を述べられた。その後小田さんを偲ぶセミナーでもスピーチをされた。小田さんの英訳本も出されている。

 インタビュー記事を読んで、初めて知ったことも多い。日本人が大きくなり、それは国際化と共通していると述べている。しかし、グローバル化が進む一方で、日本人の外への関心も薄れたと感じておられるようだ。

 「日本人の友人で最も国際的だったのは安部公房」「明治時代の日記文学の傑作は石川啄木の『ローマ字日記』」「永井荷風に会った時、すばらしい日本語で話をするのに感動した」「外国人に日本の小説を1冊推薦するなら、谷崎潤一郎の『細雪』」「ものを書く人は古典文学を学んで欲しい」と痛いことも言っている。私の場合「ものを書く人」と言えるかどうか何とも言えないが、30年前に初めて韓国・扶余市を訪れ瓦博士として知られた、李石湖博士宅を訪れた時、博士からも「日本書紀をぜひ読みなさい」と同じように古典を読むことを薦められたことを改めて思い出す。

 それにしてもキーンさんの日本語は見事である。日本文学を学んだのはコロンビア大学だったが、その時習った日本人の先生を尊敬し、大きな影響を受けたという。日本文化を高く評価するキーンさんは、日本はヨーロッパの文化より水準が高かったと仰る。中国人は外国人を尊敬せず、外国のことを知ろうとしない。日本人は外国のことを正しく知ろうとする気持ちが強かったことが日本文化のレベルが高い原因だと分析している。キーンさんは日本文学を読んで読んでやっと日本文学の真髄が分かるようになったように思う。そのキーンさんは日本の小説が最も花開いた時期は、戦後の10年間だと見ている。その中で、谷崎潤一郎、永井荷風、志賀直哉、太宰治、三島由起夫、安部公房を評価している。一応私もそれぞれ読んではいるが、キーン先生にはとても敵わない。脱帽!

2009年9月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com