263.2008年2月1日(金) 公務員にボーナス支給はおかしい。

 また、中国食品の不衛生ぶりが炙り出された。ここ数日、中国企業が生産した餃子を主とする冷凍食品を、日本のスーパーで購入した消費者が食中毒になったというニュースでマス・メディアの話題は持ちきりである。中国製食品の安全管理、衛生管理の杜撰さについては、いまに始まったことではない。中国では品質管理が好い加減過ぎる。ただ、これだけ大きな事件になった過程で、日本の行政が手を拱いていたケースもあった。最初の食中毒が役所に報告されてから、発覚するまでに時間がかかり過ぎている点は、いわゆるお役所仕事の典型である。その他にも何枚かのFAXを送信したら、肝心なペーパーだけ送られていなかったなどというチョンボも公になった。これでもお役人は決められた給料をもらう権利があるのかと問いたい。間違った仕事をして広く国民に迷惑をかけた。

 この一事をもってしても、公務員に対する給与はもっと厳格に審査して、支払う必要のないものはカットすべきだと思う。以下に日ごろ思っている公務員の待遇に関する自論(持論)を書いてみた。

 給料とは違うボーナスは公務員に必要だろうか。どうも納得出来ない。ボーナスは公務員制度のありようから考えると馴染まないし、国民感情から考えても理解し難い。公務員が成績実績報酬であるボーナスを受け取るということは、公僕としての立場と職責を考えればどう考えてもおかしい。とても国民からは理解を得られないと思う。これまで慣例でボーナスが容認されてきただけに過ぎない。本来民間企業で事業が繁栄し、予想収益を上回る利益を上げた場合に、経営者側が労働者に対して、その労働の成果に報いて、利益の一部を臨時給与として労働者に還元するのが本来の目的である。予定の収益が得られなかったり、赤字の場合当然企業は従業員にボーナスを支給しない。それを考えると決められた業務を実行し、お役目を果たして住民サービスが充分に行き届いたからといって、それは当然の行為であり、民間企業が汗水たらして働いて目標額を上回る利益を生んだこと以上に評価されるものだろうか。決められた業務を行うことによって役所へ臨時収入があるわけではなし、営利目的の民間会社とは存在目的と意味が異なる役所が、ボーナスを公務員に支払うことは役所存在の精神と主旨に反していると思う。それが今まで役人にボーナスを支給することが当然のような理解のされ方は、少し歪んではいやしないか。それに最近のお役所仕事を見てみると、好待遇を受けている割に、責任を果たしていない。失敗して費用がかかると税金で補う。役人には羞恥心がないから、悪事を冒しても開き直る。話にならない。ボーナスがないと給与が減るという主張に対しては、年収額で民間企業の年収と比較調整して、それなりに見合う水準に修正して、月額給与以外支払わないということにすればよい。さらに役人の待遇はボーナスだけに限らず、民間に比べて断然良い。もろもろの付帯給与、好条件、退職後に得る各種の厚遇、すべて民間企業に比べて遥かに恵まれている。こういう国民からむしりとる福利は、断固取り上げるべきである。

 一番納得のいかない点は、役人が取り得、もらい得の卑しい考えが骨の髄まで浸み込んでいることだ。もらい損なうと文句を言い、働かない。だから、収賄事件を引き起こすのではないか。いずれにしても、友人の間でも役人に対する不満が溢れている。どうして、マス・メディアは給与を筆頭に、公務員の恵まれた待遇を追及の槍玉に挙げないのか不思議である。

2008年2月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

262.2008年1月31日(木) コンテナ・ターミナル見学

 「JAPAN NOW観光情報協会」による東京コンテナ・ターミナルの見学会が行われた。一般人が簡単に入れる場所でないので、出来れば一度見学してみたいと思っていた。

 品川駅港南口からバスで20分程度の大井埠頭にある日本郵船東京コンテナ・ターミナルで、ビデオ観賞による概略を知ったうえで、ビル屋上から目前に広がる日本郵船専用のコンテナ専用船のヤードを見下ろしながら、担当者の説明を受けた。丁度ヨーロッパ航路のアクエリエス号が入港するところで、しばらく見ていたが、ガントリー・クレーンは活躍すれど、ほとんど人影が見えない。

 作業の大部分は徹底してコンピューター化されている。船舶自体は完全にIT化され、極端にマンパワーが省力化されている。

 早速白沢事務局長よりJN情報紙に見学記を書くよう厳命されたが、500字以内というのはとても無理だ。もう少し字数を増やすよう頼んだら、700字以内という。これとて無理な話。まあ、とにかく書いてみた。これでも800字になった。以下は推敲前の初稿である。

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 コンテナ・ターミナルなんて、刑事ものか、ヤクザもののテレビ場面でしか見たことがない。しかし、今や海外との物流取引の一大拠点となったコンテナ・ターミナルをぜひ見てみたいものだと思っていた矢先、1月31日午後JN協会による見学会が実施され、松尾理事長以下27名の会員が参加した。

 JR品川駅から貸切バスに乗って約20分で、日本郵船・東京コンテナ・ターミナルビルへ到着。会議室で20分間のビデオ観賞によって事前研修をすませる。日本コンテナ・ターミナル社の文谷嘉宏課長の案内で4階レベルの屋上へ出て説明を受けた。その後質疑があった。目の前に広がるコンテナ船専用コンテナ・ヤード(総面積275,400㎡)と二つのバース(停泊場所)を見下ろすと、かなりの数のコンテナが整然と置かれている。丁度ヨーロッパ航路7万トン級のコンテナ船アクエリエス号が7号バースに接岸する瞬間だった。

 波止場で立ち働く港湾労働者の姿は見えず、本船荷役とヤード・オペレーションはすべてターミナル内のTOPSシステムによりオペレートされている。船上のコンテナは現場労働者の手を煩わすことなく、コンピューター制御によりトラックまで運ばれる。極力マンパワーを排除している。聞けば、入港したあの巨大な船舶にも僅か20名程度の船員しか乗船せず、3交代制で徹底した省力化により人手はほとんど要しないそうだ。

 かつては、埠頭も国が管理して入港順に各バースに接岸していたようだが、今では船会社別に固有のバースを管理しながら、自社船舶の荷役業務を行っている。

 見学後の質疑応答を通して推測されたことだが、海運会社にとっては長い冬の時代を潜り抜け、近年は中国貿易の拡大発展に伴い飛躍的に物流量が増え、コンテナ・ターミナルの需要も増大している。その地道な仕事場に光を当てる、有意義な見学会だった。

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261.2008年1月30日(水) ふざけた話3つ

 その第1は、ハンドボールの北京オリンピック決定戦の対韓国戦再選である。昨日女子チームが34-21で敗れ、今日男子チームも28-25で破れ、5月の最終戦で五輪出場最後のチャンスを賭けることになった。大騒ぎで再選が実現したが、そのあおりを食ってサッカーの国際試合、対ボスニア・ヘルツェゴヴィナ戦にはマス・メディアの目が注がれなかった。

 そもそも今回のハンドボールの紛糾原因は、中東の笛と称される中東チームに贔屓するレフェリーの八百長によって、日本と韓国が試合をメチャクチャにされ、国際ハンドボール協会に提訴して再戦決定を得たものだ。しかし、アジア連盟の役員がほとんど中東諸国出身者で占められ、思うように意見が通らない。ここに問題の病根がある。なぜ各国が平等の権限を持てる連盟に出来なかったのか。いままで抱いていた不満や不信をそのまま放置していたから、今回のような茶番劇になる。とばっちりを食らうのは、プレイする選手たちである。日本の協会役員ももっと毅然とした態度をとるべきである。

 第2は、相変わらず国会の猿芝居である。今日ミエミエの「つなぎ法案」を委員会で可決して、国会で決議するかと思ったら、あっという間に与野党が衆参両議長斡旋案を呑み、自民党提出のはずの「つなぎ法案」を取り下げるという。えらく時間をとり、国会の審議をストップさせ、法案を可決して取り下げるという滅多に見られない芸当を演じることによって、また先行きが不透明になった。いつまでこんな政局がらみの田舎芝居をやっているのか。政治家は口では、国民のためと言いながら、自分たちだけのためにしか動かない。

 昨年9月に安倍首相が、辞表を提出した際政治が空転し、副首相が代行者としていれば政治が動いたことを自覚していながら、いまも副首相を置いていないのが良い例だ。「喉元過ぎれば暑さを忘れる」の類で一向に反省が反省になっていない。こういう馬鹿な政治家たちは、もう必要ない。一気に半減させれば、真面目に仕事をするようになり財政削減にも効果がある。政治家の数が多すぎるのが、政治が停滞する原因だ。政治家の数を減らそう。

 第三に、また中国からの輸入食品で食中毒者が出た。複数個所で複数の家族が災難に遭った。中国がすべていけないということではないが、あまりにも国家として甘い。国が甘いから、関係者の反応も感覚も鈍い。惚けたり、見当違いの言い訳をしている。日本政府が中国政府にきちんと食の安全管理について、注文をつけるべきである。

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260.2008年1月29日(火) ふるさとテレビ・セミナーと椎名誠関連記事

 ふるさとテレビの顧問を対象に、第1回セミナーが開催されると連絡をもらった時は偶々チベット旅行中だったが、すぐにチベットからメールで連絡し出席するつもりだった。ゲストスピーカーは軽妙なトークで人気の塩川正十郎元財務相である。実は塩川氏は挨拶されなかったが、昨夕の構想日本にも出席されていた。かつて文部大臣を務めておられたころ、大臣室でお会いしたことがある。

 塩川氏の話を楽しみにしていたが、今朝起きたら喉が痛く食べ物を呑み込むと違和感があるので、事務局へキャンセルの連絡をしてかかりつけの森医院で診てもらった。大したことはないとのことで3日分の薬をもらって、血圧も診てもらった。血圧は大分安定してきたが、ここ数日外出し酒が入っただけで、簡単に風邪らしいものにとりつかれるとはいささか情ない。

 昨日から作家・椎名誠へのインタビュー記事「人生の贈りもの」が朝日夕刊に連載されている。ところどころに思い当たることがあって興味深い。椎名家は私たちと同じころ千葉・幕張へ引っ越してきて、兄の研二くんが同じクラスに編入した。とはいっても研二くんの方が若干早かったので、彼の方が席順は前だった。野球好きで何となく家庭環境が似ているせいもあり親しくなった。

 3年前のペンクラブ総会で誠さんと幕張について懐かしい話になり、共通の話題に笑ったものだ。あの当時度々椎名くんの家に遊びに行ったが、確かに彼の家にチビがいた。考えてみるとそのチビか椎名誠だったことになる。6歳年下である。誠さんも随分有名人になって、いまや売れっ子作家になった。研二くんは、26日のクラス会にも来なかった。以前はよく出席したのにどういうわけか最近はほとんど顔を見せない。60年前は私立ブームのはしりで、家庭的に余裕があれば誰も彼もが幕張小学校を卒業すると地元の幕張中学校(遠くて電車でなければ通学出来なかった)を敬遠して、私立中へ進学するのが流行りだった。クラスから市川学園へ進学したのが自分を含めて4人いた。研二くんは、どういうわけか千葉の先の四街道にある聖書農学園中学へ進学した。その後中央大学へ進み、今ではアパートを持って割合気楽な生活を送っているようだ。弟があれだけ世界中を旅行して冒険作家として名を売っているのに、兄は飛行機がまるきしダメだと言って遠方へは旅行しないと面白いことを言っていた。みんな懐かしい連中だが、もうあまり会うこともないのが寂しい。「人生の贈りもの」の続きを楽しみにしている。

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259.2008年1月28日(月) 高島市長と話す。スハルト元大統領死去

 「構想日本」の懇親会が帝国ホテル系のグランドアーク半蔵門であり、予定より早めに出かけた。「構想日本」は、1997年に現代表の加藤秀樹慶大教授を中心に設立され、各界へ積極的に意見を発信して政界、地方自治体に少しずつ影響力を強めている。ニュートラルな立場から問題点に切り込んでいくので、好意的な意見が多かったり、事業仕分け等で効果の表れた分野では評価される半面、反対派の人からは抵抗も多いのではないかと思う。加藤代表には新年の挨拶をした。代表は細い身体にも関わらず、日ごろからかなりエネルギッシュに活動されておられるので、そのパワーには敬服する。存じ上げなかったが、昨年から財団法人・東京財団会長もされておられるという。日本財団の下部組織である。

 着席スタイルでブッフェ形式の会場だったが、右隣は沖縄4区選出の西銘恒三郎自民党代議士、左隣は48歳の若い海東英和・滋賀県高島市長だった。琵琶湖畔の高島市は「構想日本」の事業仕分けに熱心に取り組んでおり、大分成果も出ているようだ。東海道沿線ではないので、一般にはあまり馴染みのある都市ではないが、合併当初は歳入50億円、歳出300億円で完全に再建団体間違いなしだったが、歳出削減に努め、近年ようやく光が見えてきたとの話だった。江戸時代の陽明学者・中江藤樹の出身地で、今年は生誕400年を迎え、記念行事が開催されるという。小学5年の学芸会で幼少期の中江藤樹に母親からの手紙を届ける飛脚役を演じたことがあり、その話で盛り上がった。前滋賀県知事の国松氏とは遺骨収集で出かけるときに度々お会いしたが、市長も国松氏にはお世話になったと話していた。市長とは、少々時間はかかるが高島市の紹介PR図を作成すると約束した。その他にも大勢の方々とお話出来て、中々実りのある懇親会だった。

 さて、インドネシアのスハルト元大統領が亡くなった。86歳である。もちろん実際にお会いしたことはないが、印象に残る世界的な政治家のひとりである。

 初めてインドネシアを訪れた1966年、スハルト氏はインドネシア国軍の最高位にあった。しかし、その前年9月国軍による当時のスカルノ政権に対するクーデターを計画したのは、別人ウントン中佐だった。一時は流れがウントン氏へ傾きかけたが、軍を掌握していたスハルト氏が巻き返しスカルノを傀儡大統領の座へ追いやり、68年3月自ら大統領の実権を握った。私自身インドネシアで随分危ない経験もしたこともあり、その後インドネシア政界の動きから目を逸らさず注視していた。ついに戦後一貫して長期政権を維持していたスカルノ大統領は、まもなく失脚した。汚職と不正蓄財の代名詞だった「建国の父」スカルノ大統領の晩年は惨めなものだった。清廉潔白を謳い汚職の追放を旗印にスカルノ大統領を追放した軍人スハルト氏が、いままた同じような道を辿った。共産党員を含め相当数の虐殺の罪でも、世界中から糾弾されていた。ついにスハルト氏の罪が裁かれることはなかった。発展途上国にありがちな典型的な権力者交代の構図である。

 初めての海外旅行でまだ若かった当時、スカルノ贔屓のマスコミ報道に乗せられ、一時スカルノ大統領をインドネシア独立の功労者として尊敬すらしていたが、現地でその評判と実態を見聞すると、大違いであることを悟らされ、少なからずショックを受けたことがある。あれが、現地で「YK」=空気が読めないとダメ、つまり臨場感が分からないと実態も分からないと悟ったきっかけとなった。その意味では、スカルノとインドネシアは臨場感の大切さを教えてくれた反面教師と言えるのかもしれない。

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258.2008年1月27日(日) 小田実の最期の姿と葬儀を収めたDVD

 昨日は、幕張小学校の新年クラス会、今日は小田急山岳部OB会新年会で飲酒の機会が続いている。もっとも以前は、ほとんど毎日飲んでいたことを考えると、最近は飲む機会も、飲む量もぐっと減った。因みに昨年1年間で飲酒した日数は59日だったから、6日に1回飲んでいた計算になる。この程度なら年齢的に考えてもそれほど多いということはない。実際かかっている森内科医も、松本整形外科医も飲酒量をこれだけ減らしたことに、感心していただいているほどだ。そのお陰で検査のたびに数値はよくなっている。まああまり気を抜かず、この週一ペースを崩さずにやっていければと思う。

 昨日、丁重な書面に添えて1枚のDVDが配達されてきた。小田実さんの玄順恵夫人から郵送されてきたもので、書簡では小田さんのことを「人生の同行者」といい、小田さんが大切にしてきたものは、古代ギリシャ文学と思想、哲学だったと書いてあった。DVDは小田さんの葬儀を記録したものだった。葬儀の一部始終とワシントンにあるベトナム戦争戦死者記念碑が建立された際に、小田さんが訪れた時の回想シーンや、胃癌で聖路加病院へ入院していた時の映像をコンパクトに1時間分をまとめたもので、葬儀の最後の感動的なシーンも入っていた。小田さんを乗せた車が葬儀所を出る時、期せずして参列者から湧き上がった拍手である。また、最後の力を振り絞るようにベッドから、日本は「自由」「民主主義」「平和憲法」の三つを結んだ唯一の国であると強い口調で話し、当時の安倍首相の進める憲法改正の動きを強く警戒していた。実に小田さんらしい最期であったと思う。市販のDVDではないので、小田実さんの良い思い出になり、私にとってもお宝になる。

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257.2008年1月26日(土) 新風舎倒産にショック!

 新風舎が倒産して少々がっかりしている。一旦は民事再生法を申請して再建を模索していたが、結局申請を取り下げ再建は叶わなくなった。拙著「現代・海外武者修行のすすめ」は、知人の紹介で新風舎にお願いした経緯もあるが、幸い増刷して次に第三刷をしようというところまで来ていた。次の作品「停年オヤジの海外武者修行」にしても、前著とセットでシリーズ物として共同の販促を考えていた。前著は、手前味噌だが内容的に割合高い評価をいただき、帯表紙には小中陽太郎氏の推薦文をいただいた。新宿三省堂書店では長い間平積み2段にして、著者紹介まで表に出して販売に協力してくれた。冒険作家・椎名誠氏はわざわざ丁重な書簡をくれ、「・・・いやはや本当に面白い!! ものすごい冒険家ですね。映画を見ているようですっかり没入しました。いまの日本の若者すべてに読ませたいと思いました。私もハップンしております」とまで言っていただいた。新風舎でも次回作品を期待してくれていただけに残念で、無念やるかたない気持ちである。

 そもそも今回の倒産劇は、自費出版した人とのトラブルによる裁判沙汰が大きく報道され、信用を失墜し急激に営業不振に陥ったのが最大の原因である。しかし、経営者側もただ漫然としているだけで他に落ち度はなかったか。経営面でせっかく発売した売れ筋の良書の販促に全力を傾けなかった、営業会社としての怠惰な体質があったように思う。絵本や、詩集等で数々の良書を出版していただけに、実に惜しまれてならない。特に、力を入れて協力してくれた詩人の谷川俊太郎氏や、江川紹子氏は失望していると思う。

 残念だが、次の拙著上梓のために、改めて別の出版社に当たらなければならない。前著は絶版となるので、若干手元にキープしておきたいと考えていたところ、過日新風舎から連絡があり、在庫処分のため、定価の四掛けで販売するという。これが、民事再生法を申請していたころの話である。在庫は残り199冊しかないとのことだったので、全部引き取ることにした。そして、数日後民事再生法を取り下げた時点で破産となり、新風舎では四掛けから二掛けへプライスダウンしたと連絡をもらった。結局定価1,600円(税別)を、320円で引き取ることで合意した。そして、今日199冊を送り届けてきた。安く引き取れたのは有難いが、自著の価値も下がったような気がして、いささか複雑な気持ちである。

 今朝の日経紙の最終頁「文化」欄に、日経文化部多田明記者の「自費出版拡大のひずみ」-大手相次ぎ破綻、問われる信用-と題して、書籍販売数減少下にも関わらず自費出版ブームは過熱気味で、今後も同種のトラブル発生に注意するよう警告を発している。

 今回の破産騒ぎで私自身に物質的な損害は一切ない。しかし、気持ちよく新風舎とコミュニケーションを保持していただけに、降って沸いたようなハップニングはショックだった。気持ちを切り替えてそろそろ次の上梓に向けて動こうと思っている。

2008年1月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

256.2008年1月25日(金) 深海のロマン

 不思議なことが起こるものだなあと感じた。今日新聞やテレビでも好感を持って伝えられたニュースである。今から15年前に川崎市内の小学校開校120周年記念として全校児童1,000名が手紙を風船につけて空へ飛ばした。そのうち1通の手紙が、驚いたことに海底1,000mから見つかった。しかも千葉県銚子市の漁船が底引き網で体調50cmほどのサメガレイを引き上げた時に、その背に針と糸が引っかかって付着していたというから手が込んでいる。

 まれに見る珍事で、釣り上げた漁師も、手紙を書いた当時1年生だった女児も驚いていた。女児は今や大学生に成長していて、自分の手紙がこういう形で戻ってきたことに感激していた。ちょっと好いニュースで各テレビ局でも再三繰り返して報道していた。

 それにしても15年前の手紙がほとんど劣化することもなく、文字もはっきり判読出来て書き手の元へ戻ってくるような奇跡が起きるとは想像出来ない。いろいろ想像するとイメージは止め処もなく広がっていく。専門家が解説していたが、獲れた魚の種類がよかったそうだ。鱗が粘着質であることが幸いしたらしい。見つかった場所が何と川崎市から遥かに離れた、銚子市の犬吠埼南東45km沖の水深1,000mというのだから、幸運に幸運が重なったとしか思えない。中々好い話である。

 一方、NHKの夜のニュースで、東京湾の深海の映像を見せてくれた。東京湾出入り口の深いところに約1,000mの深海があり、そこに生息する珍しい魚介類を紹介していた。偶々女子児童の手紙と関連づけて何となく海のどこまでも広がる青い海のイメージが甦ってくる。NHKは今日から新しい会長が就任したが、こういう海や、先日放送された月から見た地球の映像のような、夢を抱かせる素晴らしい番組を放映してくれるよう望みたい。

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255.2008年1月24日(木) 新聞連載小説は面白いか。

 新聞連載小説をある面で楽しみにしている。朝日と日経を購読しているので、朝夕刊を併せると毎日4つの連載を読んでいることになる。中には、興味津々で翌日の続きを期待して待つこともある。ところが、全然面白くもなくおかしくもなく、実にくだらないと思えるような連載もあって、根気強く毎日読み続けている内についにさじを投げ出してしまうものもあり、それぞれ千差万別、玉石混交である。

 朝日と日経の小説を読み比べてみると最近では、断然日経に軍配を上げたくなる。最近の朝日はどうしてこうもつまらない小説を、次から次へと連載するのか。選び出す眼力がなくなったのではないだろうか。選出する編集責任者の慧眼に衰えが見えるのだろうか。まだ読んでもいない作品を採用する根拠は何なのだろうか。つまらない小説は、一般にストーリー性がない。漫画的幼児的、荒唐無稽、面白くない、感動を呼ばない、話の筋に一貫性がない、深みがない、等々に大体途中でギブアップしてしまう。作者は割合今風の売れっ子なのに、どうしてこうもつまらないのだろう。作者の売り込みとか、最近のネームバリューに負けたのだろう。

 その点で日経の小説の方が面白い。ただ今朝刊に連載中で、明治時代に賭場の抗争の末に台湾に流れ落ち、故郷九州を想いながら働く主人公を、鉄火女の妻や周囲の人物像とともに描いた、北方謙三の「望郷の道」にしろ、或いは、亡くなった画家の絵をめぐり、未亡人と出版社のやりとりを画家の故郷を背景に情感を込めて描く、夕刊連載篠田節子の「薄暮」にしろ、話の設定もよく出来ていて骨太く、考えさせられ興味もそそられる。流石に大御所の作品である。

 一方、最近の朝日の連載小説は、何とか読んでいるという感じであるが、それでも今の朝夕刊の2つの作品は、つまらない。夕刊連載の長嶋有の「ねたあとに」は読むのを止めてしまった。朝刊島田雅彦の「徒然王子」も今のところあまり読みたいという意欲を掻き立ててくれない。先日連載を終えた夢枕獏の「宿神」が、前半の話の展開から後半に期待をさせてくれたのだが、「あっと驚く為五郎」式に一気に完結となってしまった。後半の重要ストーリーをカットしたからだ。平清盛と西行法師の友情という珍しい組み合わせや、清盛の成長過程で武士と僧侶、公家のからみがどんな展開になるか期待していたところ、あっという間に何十年の月日が流れ、西行は浄土寸前の年齢に達し、清盛はすでに死んだというあまりのスピーディな展開には、呆気にとられた。肝心要の箇所で、期待していた内容が欠け落ちていますよと言いたいところが、案の定今日の朝日夕刊によると作者は、この点を充分承知したうえで別途清盛編を書くという。「書ききれぬ部分が残ってしまった。それは、たとえば‘清盛編’とでも言うべき部分であり、もっとわかり表現するなら、世に言うところの『平家物語』まるまるひとつ分である。あの『平家物語』の中で、清盛と西行がどのように生きたのか。あらためて、これを朝日新聞社の雑誌『一冊の本』で、連載させていただけることになった」。冗談じゃない。これまで熱心に読んでくれた読者を愚弄しているようなものだ。最初から新聞社と作家がグルになって新刊本として売りつけようとしているのではないか。大朝日も大朝日なら、作家も何を考えているのか。えらくせこいご時勢になった。

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254.2008年1月23日(水) ガソリン暫定税率はどうなるのか?

 今週の天気予報で今日は「雪」が予想されていたが、案の定今朝起きたら外はしんしんと雪が降っていた。辺りは銀世界で最近では珍しい。やはり日本の風景は古来花鳥風月がよく馴染んでいると思う。その中でも雪景色は日本の雅とか、わび、寂びの表現にぴったりである。

 さて、今通常国会で議論される中心テーマは何が何だかさっぱり分からない。ガソリンの暫定税率か、年金、医療、景気なのか。

 ガソリンの暫定税率は奇妙なことに、すでに34年間に亘り「暫定」が継続されている。本来ガソリン収入は税率云々より、それ自体が道路特定財源になっていることが、むしろ問題になっていた筈である。なぜガソリンだけ特別扱いしたのか。この特定財源は、いまや5兆6千億円の巨額に達していながら、一般会計に対する財政投融資と同じように国民の目にそれほど触れられていない。国民の目を逃れながら、地方の道路財源を主に、要らない箱物を作る財源ともなっている。隠し玉みたいなものだ。いま急に表舞台に飛び出したガソリン減税を、どうしようとしているのか。ガソリン税暫定税率を延長しようというのか。これだけマス・メディアが報道するなら、敢えて他の税法と一緒にセットで法案を通すことも問題ではないだろうか。暫定税率廃止を声高に国民に訴えている民主党内も賛否両論で、中には政府案に賛成の民主党員もぞろぞろ現れてきた。同じ党内で喧々諤々の議論を戦わすのなら結構であるが、そういう過程を省略して一方的に国民の人気稼ぎに夢物語を発表されても困る。もうひとつ、政府も他野党もガソリン税に関して、分かりやすい説明をする責任があるのではないだろうか。

2008年1月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com