充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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6733.2025年10月19日(日) 想い出のある幕張が人工的未来都市とは?
政局も憶測が飛び交い、明後日の臨時国会で首相選出を前に各党のやり手の幹部らがしたたかに暗躍しているようだ。
一方、いよいよ秋も深まり、各種スポーツも活発に活動を続けている。プロ野球も終盤に入り、いよいよ大詰めで最後の決戦・日本シリーズ出場チームの決定も昨日セ・リーグは阪神タイガースに決まり、一方のパ・リーグは土壇場の戦いで福岡ソフトバンクと北海道日本ハムが激しい攻防を繰り広げている。ソフトバンクが2連勝して王手をかけていたが、その後日本ハムが勝ち、今日も勝って3連勝でソフトバンクを逆王手に追い込んだ。どちらが勝っても明日パ・リーグの日本シリーズ出場チームが決まる。
そんな時に、海の彼方アメリカでもMLBがワールド・チャンピオンを決めるワールド・シリーズへの出場チーム、アメリカン及びナショナル両リーグの優勝チームを決定する最終試合が行われている。昨日ナ・リーグではドジャースが大谷翔平選手の大活躍で勝ち、昨年に引き続き、ワールド・シリーズへの出場が決定した。メディア、特にテレビはドジャースの大谷翔平選手の大活躍ぶりに大はしゃぎである。同時進行中の日本のプロ野球はそっちのけで、大谷選手はアメリカ人が舌を巻くほどの二刀流の活躍ぶりだったと報道している。その前の試合までは、やや精彩を欠いていた大谷選手は、昨日一気に力を爆発させたのである。
とにかく大谷選手の活躍は、ポストシーズン優勝を決めた対ブルーワーズ戦で、先発投手として投げ、6回2安打、10奪三振で勝ち投手となり、打者としても先頭打者ホームランを放つなど3本のホームランを打ったのである。おまけにシリーズのMVPまで獲得した。スポーツ番組以外でも大谷選手の活躍は伝えられ、今日の夕刊、明日の朝刊は残念ながら休刊だが、明日の夕刊には間違いなく大きく報道されるだろう。それは、日本シリーズ出場チーム決定よりも大きく、そして次期首相決定前ではあるが、政界報道を凌ぐほどのスペースを占有するかも知れない。
さて、昨日かつて住んでいた千葉市幕張町を紹介した「幕張新都心」なる幕張出身の写真家・早坂卓氏が、30年ほど前に撮影、編集した1冊の写真集を幕張小学校の同級生がわざわざ送ってくれた。総じてアルバムの写真からは70余年も昔の面影はまったく感じられない。幕張は、今や人工的未来都市と化してしまった。それは、小学生時代に遠浅海岸であさり取りや、海水浴を楽しんだ海岸が埋め立てられた結果、街の中心部が古い幕張町から埋め立てられた遠浅海岸の地域へ移転してしまい、新たに近代的な街づくりプロジェクトを計画したために昔の面影が消えてしまったのだ。写真をいくら見ても思い出は蘇ってこない。写真集に「幕張新都心」と紹介されているだけに、大手企業が入居した高層ビルや、ホテル、千葉マリーン・スタジアム、幕張メッセ・ホールなどが集中している。我々が住んでいたころは、国鉄総武線と京成電鉄がほぼ平行して走行していたが、今ではそれらの鉄道よりもずっと海側を新線・JR京葉線が設置され走っている。通っていた幕張小学校は、国内でも1,2を争うほど古い伝統校であり、2021年に創立150周年を迎えた。私も学校から記念誌への執筆を依頼され寄稿したが、その名誉ある小学校は紹介されず、近代的建物の新しい小学校や、かつては考えられもしなかった校舎・施設の立派な県立総合高校の写真が掲載されている。これでは想い出が戻ってくるわけがない。確かに私自身幕張にはこれまでも数えるほどしか訪れていない。
皆クラスメートも高齢化して、交流を続けているのはほんの数人になってしまった。毎年開いていたクラス会も幹事の健康面の問題から、遠ざかってしまった。翻って思い出というものは案外こんなものかも知れない。幕張のように「新都心」と呼ばれるような変貌ぶりでは、かつての住民にとっては何の感慨もないのではないか。ちょっと昔の住民には寂しい感じがしている。
6732.2025年10月18日(土) 今年の文化勲章受章者に王貞治氏ら8人
昨日第81代総理大臣だった村山富市氏が老衰により亡くなられた。享年101歳だった。首相を辞められても、良きにつけ悪しきにつけ話題になる元首相だった。何と言っても首相としての成立基盤が弱かった。今から30年前の1994年から96年初頭にかけて、自民党、社会党、新党さきがけの保守、革新寄り合い所帯の苦肉の策で担がれて「好まざる首相の座」に就いた。自民党政権の宮澤喜一首相の後に、細川護熙、羽田孜、村山富市、橋本龍太郎と4人続いて保守・革新連立政権を成立させた。しかし、所詮自民党の橋本以外は、いずれも短命に終わった。
村山首相の評価は功罪相半ばして、社会党出身であるにも拘らず、平和憲法を守る従来の社会党の「平和・護憲」路線を大きく転換し、剰え「自衛隊合憲、日米安保条約の堅持」を打ち出し、我々学生時代に六十年安保闘争に参加した者にとっては、あまりの変貌ぶりに開いた口が塞がらなかった。評価出来るとすれば、戦後50年の終戦記念日に発表した、俗に「村山談話」と言われた「首相談話」だろう。それは過去に国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって多くの国々、特にアジア諸国国民に多大な損害と苦痛を与えたとして、痛切に反省し、初めて首相として心より侵略した国に対してお詫びの気持ちを表明したことである。この「村山談話」が、その後10年毎に公表される「首相談話」に少なからず影響を与えている。心よりご長命を全うされた元首相のご冥福をお祈りしたい。
ところで、村山元首相の死亡とは関係ないが、こんな悲しい死亡事故があった。一昨日の本ブログに最近のクマの出没により、岩手県北上市瀬美温泉の従業員が露天風呂清掃中に、クマに襲撃されたらしくその場に血痕が残り、行方が分からなくなったことについて取り上げた。昨日その従業員が近くの山中で遺体となって発見されたという痛ましい悲劇である。クマに襲撃されたとして、幸いにも猟銃会の人によってクマは駆除された。今日もクマ出没のニュースが伝えられている。
さて、私の誕生日でもある「文化の日」が近づいてくると毎年文化勲章受章者が発表されるが、昨日公表された今年の受賞者は、「世界のホームラン王」王貞治さん以下8人である。2人のノーベル賞受賞者の内、どういうわけか1人しか文化勲章を授与されないのが釈然としないが、いずれにせよめでたいことである。昨年は、高校の同級生で環境学者の中西準子さんが授賞して、文化勲章を身近に感じたものである。王さんとは、お兄さんの王鉄城医師ご夫妻と我々夫婦と一緒にヨーロッパを旅行したりしながら長らくお付き合いをしていたが、残念なことに15年前に他界された。葬儀の場でつかの間ではあったが、王さんと初めて会話を交わした。王さんは受賞を、すでに受賞者となった故長嶋茂雄氏も喜んでくれると思うと素直に喜んでおられた。
あと半月でその「文化の日」が来れば、私も87歳を迎えることになる。来年は米寿を迎える。しかし、毎号執筆している新雑誌「イコール」(アクティブ・シニア革命版)仲間の間では、我々の年齢層は「熟年期」に相当する。近々出版される拙著「八十冒険爺の言いたい放題」英語翻訳版も抱えて、まだまだやらなければならないことがいっぱいある。高齢者だからとのんびりばかりしてはいられない。
6731.2025年10月17日(金) 日本維新の会、自己制御して自民党と連携
昨日自民党高市総裁と日本維新の会の吉村及び藤田両共同代表が会談し、連立政権のために両者が協力することで合意した。今日改めて話し合いをするという。吉村代表は何を考えたのか、自民党との連立次第では維新が消滅する可能性まで認めていた。一方で、これにより野党間を動き、主導権を取ったかのような印象を与えていた玉木国民党代表は、首相になれる可能性がほぼなくなり、野党の間でも主導的な立場には立ちにくい形になった。腹立たしく思った玉木代表は、維新に対して二枚舌だと嫌みを述べる有様である。
ところで、維新の要望を受け入れることになり、自民党は維新と合わせて過半数には2議席足りないが、21日開会の臨時国会の首相指名選挙で、高市首相選出への大きなステップとなる。両党の連携により国会運営のメドも何とか立つのではないだろうか。維新は、自民党との政策協議で「副都心構想」や、「社会保障改革」を求めた。全体で12項目を要望したが、その中に「企業・団体献金の禁止」があり、この点は自民党としては「禁止よりも明確化」を主張しており、まだ自民・維新の間に意見の隔たりがある。更に、維新が国会議員の大幅削減の実施を提案したことは自民にとっても厄介である。また、これまで連携していた公明党に対して国土交通大臣の要職を提供していたので、維新にも当然閣僚ポストを宛がうことになると思う。
大事なことだが、維新の地盤は大阪にあり、自民党大阪選出国会議員は衆参各1名の計2名に対して、維新は衆院19、参院3名の計22名で、大阪では維新が自民に対して圧倒的優位にある。知事、市長も維新党員である。しかし、それだけに早くも大阪府の党員など維新関係者からは、自民党と手を結ぶことに拒絶反応が現れている。明らかに大阪府の国政選挙で自民党との調整が難しくなり、従来のような独り勝ちは難しくなるからである。更に維新にとって頭が痛いのは、党の創設者であり、今以て発言力が強く院政と言われるほどの橋下徹弁護士が、外部から維新の言動について原点に返るよういろいろ注文をつけるような発言が聞かれることである。
一方、野党連合の話し合い如何によっては、総理大臣への道が開かれていた玉木国民民主党代表にとっては、自民・維新連携は思いがけないどんでん返しであり、前記のように維新に対して恨みつらみをぶちまけている。立憲民主党との話し合いで、基本政策が異なると連携の可能性には否定していたが、それも大きなマイナスとなった。現状では、高市首相の可能性が高まり、野党間でも玉木代表が主導権を握るには、国民の少数の議員から考えても難しい。首相指名選挙1位高市氏、2位野田立憲代表となり、決選投票も接戦の末に高市氏が初の女性首相に選出される可能性が高まった。
国内はもとより、海外でも紛争や国内の政情が不安定な中で、トランプ大統領ら外国との交渉の難しさが懸念される。果たして国内志向や、視点からばかり話し合いを進めているように感じられるが、果たして高市?内閣の閣僚や政府要人らは、世界の流れに付いて行けるだろうか。
6730.2025年10月16日(木) クマ、クマ、熊・・・熊が出たぞ~。
今年はクマの出没が目立ち、以前は北海道か、東北地方の一部にしか見られなかったが、近年は本州にも広域的に姿を現すようになった。特に今年は出没情報が連日のように伝えられ、東京都内でも奥多摩地方でクマが見られ、かつては考えられないような事態になってきた。今朝も岩手県北上市の瀬見温泉で、温泉宿の従業員が温泉風呂を掃除していたが、扉を壊され血痕が残り、従業員の姿が見られない。クマに襲われたようで、遂にそのまま従業員の姿が見えないままである。
クマも動物園の檻の中で愛らしい生態を見せたり、人間に危害を与えないようなら愛される動物だが元来猛獣であり、人間社会に近づくと余りにも攻撃性が強く危険なため警戒され、クマが出没するエリアではうっかり外出も出来ない。
2024年度上半期のクマ出没件数は、全国でも過去最多の15,741件もあった。今年は更にペースが上がり、4~7月だけでも12,067件で悠々昨年の出没数を追い越す勢いである。テレビでもしばしばカメラ画像が写されるが、数日前に秋田県大仙市内でひとり歩いていた82歳の女性が、1頭のクマに襲われる映像が流された。幸い顔面に傷を負いながらも逃れたが、ぞっとするシーンだった。今年は人身被害が多いらしく、4~8月の間にクマの襲撃によって死亡した人が5人もいる。クマ出没の大きな原因は、猛暑のためクマの主食であるブナの実が凶作で、餌を求めたクマが人里に下りて来るようになったかららしい。今後晩秋から冬にかけて、特に東北地方などでは人災が懸念されている。
学生時代に山岳クラブの仲間とよく山へ入っていたが、もしクマに出会ったらどうするか、などと面白半分に話し合ったことが昨日のことのように思い出されてくる。その時の結論は、極力近くの木によじ登るということだった。もう70年近くも昔の話である。
私自身も野生のクマを目撃したことはある。もう40年ぐらい昔のことであるが、バスでカナディアン・ロッキー山麓のカルガリー駅構内に近づいた時に、駅の中へ入って行こうとする1頭の大きなクマを見つけた。しばらくバスの車内に潜んでいたことがある。
凶暴な野生動物に突然対面することになったら、普通ではどう行動したら良いか分からない。こんなケースもあった。ブラジルで捕獲されたワニが突然飛び上がり向きを一回転し逆になって頭を私の目の前に突き出されて驚いたことがあった。南アフリカでは、サファリ公園内でジープの最前席に座って最後部のガードマンに、もしライオンに嚙みつかれたらどうしたら良いかと尋ねたところ、そのままじっとしていれば俺がこの銃で撃ち殺してやると言われ、思いも寄らない返答に驚いたことがある。しかし、現実に一番びっくりして怖いと思ったのは、京都市内に住んでいた当時、中学校卒業直後の春休みに仲の良かった友人と2人で嵐山近くの松尾山中で、不意に猟師に追われた手負いのイノシシに追いかけられた時である。一本道を夢中で逃げる途中で友人がここ(擁壁のような土手)を昇れとの大声に、咄嗟に擁壁をよじ登って難を逃れたことである。「猪突猛進」の言葉通り、イノシシはそのまままっすぐ走り去った。
都市で滅多に獰猛な動物などに出会うことはないが、今それが現実になりつつあるというから怖い。仮に歩行者天国の銀座に、突然クマが出没したらどんな狂乱状態になるだろう。とにかく猛獣は怖い。自治体もクマ被害防止対策に頭を痛めているようだ。
6729.2025年10月15日(水) 野党連携不十分では、野党首相は無理か?
政界が騒がしい。当初は辞任表明した石破首相の後継者には、自民党総裁に選出された高市早苗氏がなるものと考えられた。ところが、26年間も自公連立政権を組んでいた公明党が連立離脱を公言したことから、首相選びは漂流することになった。公明党が保守派の高市総裁に裏金問題の原因でもある企業・団体からの献金制限を求めたが、高市総裁がこれを拒否したことによって、公明党は連立から離脱することを決断した。これにより衆議院議席の過半数である233議席に自民党の196議席ではまったく手が届かなくなってしまった。もとより自民196、公明24議席では、他の手段を考えないと過半数には13議席届かないが、過半数獲得のためにあの手この手を考えざるを得なくなった。その一方で、野党にも立憲民主党148議席に他党の協力なくしては、太刀打ちできない。日本維新の会35、国民民主党27議席の野党連合を巡り、各野党間の駆け引きが活発に行われている。この機に乗じて有力になってきたのが、国民民主党である。議席数は維新に引けを取るが、玉木代表も首相になる気満々で率先して動いている。玉木代表は自民党にまで色目を使っている。自民に次ぐ数を誇る立憲は他の野党からリベラル志向が敬遠され、主導権を取れず、野党がまとまるなら野田代表は首相には拘らないと語っている。
一方で、玉木国民代表は、立憲とは安全保障やエネルギー政策で隔たりがあり、基本政策が違い、現時点では立憲と組めないとすげない言い方である。しかし、そういう本人自身の首相への意欲、こだわりは相当なものだ。首相になりたいだけでは説得力に欠ける。そもそも立憲も国民も元は民進党で同じメシを食っていた仲間で、8年前に袂を分ったばかりである。その基本政策や、考え方は立憲の方がより引き継いでいると思う。
例えば、憲法改正論である。自民、公明、維新は賛成であるが、リベラルな民進党時代は、立憲と国民は憲法改正には反対だった。それが、国民はいつのまにやら条件付きながら賛成し、今基本政策が異なると立憲を突き放すようなことを言っても、異なったのは国民の方ではないか。原点に戻ると言うが、それなら国民が立憲に歩み寄るべきだと思う。
今自民党内で完全な信頼を勝ち得られない高市新総裁については、このままなら石破首相と総理総裁を分離して石破首相、高市総裁で乗り切るとの案まで出ている。公明党も好き好んで連携離脱をしたのではなく、高市氏の保守志向では認めがたいが、石破総裁なら自公連立から離脱しなかったと斎藤代表が語る始末である。
21日に臨時国会で首班選挙を行い新首相が決まるが、残された時間内にどういう形でまとまるのか。このまま高市新首相就任を見守るのか、混乱した野党の中で何とかまとめて首相となる事が出来るのか、失礼ながら外から見ていても中々興味深い。