968.2010年1月6日(水) 茂木健一郎氏はテレビ出演を止めよ!

 雑誌「選択」1月号に「指導者不在のメディア帝国・NHK」という記事が載っている。内容は「ジャーナリズムとは無縁の風土」とか、「『暴走』する素人経営委員たち」とNHKに対する批判に満ちて、NHKにとっては散々であるが、仮に話半分にしても現状のNHKを痛烈にこき下ろしたものだ。指摘されていることの中で、実際少し前から些か首を傾げるパフォーマンスがあったことは事実である。

 ひとつは、「坂の上の雲」のあまりにも過度のCM放映を見せつけられ、視聴料をいただきながら、これほどまでに毎日予告編を流す必要があるのかとその神経をおかしいと感じていた。ところが、これはNHK内で今も隠然とした力を持つ海老沢元会長の熱望で作った番組だから、余計事前告知に力を注ぎ、何としても成功させたいのだそうである。これではそもそも番組作りの視点がおかしいのではないか。NHKの職員は上ばかり見ているひらめ職員ばかりと皮肉られているが、その極致となったシーンが海老沢氏の希望により、日露戦争の撮影ではCGは使わず、何万着分もの軍服を実際に作り、巨額の無駄をしていることだという。

 2つ目は、福地現会長お気に入りの「プロフェッショナル・仕事の流儀」のキャスターだった脳科学者・茂木健一郎氏が、所得税申告漏れが発覚したにも関わらず、ひらめ職員の間では茂木氏が引き続きキャスターを務めることに一向に疑問の声が上がらなかったことである。昨年この脱税が明るみに出た時、私は本稿で脱税確信犯である茂木氏が、番組から降板しないのはおかしいと疑問を呈した。「選択」によれば、茂木氏の続投については流石に視聴者から怒りの声が寄せられ、降板が決定したとある。

 ところがである。昨晩の同番組に、厚顔無恥の茂木健一郎氏は恥も外聞もなく出演し、ご高説をのたまわったのである。降板の真実はどうなっているのか。NHKの恥知らずは言うに及ばず、「選択」の千里眼だって曇ってやしまいか。

 これだから、テレビのみならず雑誌を含めて出版物が信用されず、発行部数は減少の一途を辿っているのではあるまいか。ひとりCMに頼らずにいられるNHKだけが、相変わらず愚行により延々と生き延びている。

 それにしても、茂木氏なるものが、偶々売れっ子になったからと言って、脱税まで冒していながら性懲りもなく、持論をテレビでぶつような厚かましさは、学者の風上にも置けない。少しは恥を知れと言いたい。こういう欠陥人間をちやほやするから、おかしな奴が広く蔓延るようになったのではないか。

2010年1月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

967.2010年1月5日(火) 平城京遷都1300年祭

 奈良が今年遷都1300年祭を計画していて大分盛り上がっているらしい。長男の連れ合いが奈良県吉野の出身である関係で吉野を訪れたことはあるが、奈良市内は高校の修学旅行以来行ったことがない。世界遺産に興味を抱くようになってからは、世界遺産「奈良」への関心が格別に強まっているが、訪れる機会がない。何とか今年中に行ってみたいと思っている。

 ヨーロッパでは、ショパン生誕200年祭が生地ポーランドを中心に世界中のクラシック・ファンを魅了するイベントが目白押しのようだ。ピアノの詩人と言われたショパンだが、小学生のころショパンの伝記を読んでからショパンに興味を持つようになった。仕事のおかげで「雨だれ」を作曲したマヨルカ島の教会を訪れ、ショパンが「雨だれ」の譜を書いた愛用のピアノの鍵盤を叩いたことが今では良い想い出となっている。

 父が存命のころ父に頼まれ、作曲家・高木東六さんを車で鶴見のご自宅へ迎えに行き、藤沢のコンサート会場までご案内したことがあった。その車中で高木さんが、まだショパンの故郷へ行ったことがないので、いずれ行きたいがその時は案内して欲しいと仰った。残念ながらその望みは叶わず、高木さんは亡くなられた。

 さて、昨日4日はビルマ(ミャンマー)の独立記念日だった。ビルマでは軍事政権トップのタン・シュエ国家平和発展評議会議長が、独立記念日式典でメッセージを読み上げ、予定通り年内に総選挙を実施すると公表した。これまで空手形ばかり発行して来た軍政幹部の言葉をどこまで信じて良いものか。民主化運動を進めるグループは、アウン・サン・スー・チーさんの解放を求める声明を発表しているが、軍政が認めることはほとんど望み薄である。これまでの軍政の厳しいやり方は極めて弾圧的であり、選挙で敗れていながら敗北を認めず強引に政権に就いた現政権の言質は、まったく信用出来ない。ビルマ国内にもささくれだった空気が漂っているのではないかと心配でならない。

 かつては、独立記念日には決まって東京のビルマ大使館で祝典を開いていた。私も何度となく招かれて、パーティに参加した。ビルマ大使夫妻を始め、大使館のスタッフもにこやかに応接され、楽しいひとときを過ごしたことを今でも懐かしく思い出されるくらいだ。1975年ごろ赴任されていたウ・チ・コー・コー大使には、いろいろお付き合いさせていただき、旅行の手配もさせていただいたり、浜松まで一緒に旅行したり、そのお人柄はお付き合いしていて楽しかった。あの当時の大使館内には和気藹々とした空気も流れていた。大使館にも気軽に訪れることが出来た。今ではビルマと聞いても嫌な事件ばかり連想してしまう。国連加盟国でありながら、世界遺産条約を調印せず、素晴らしい史跡がありながら世界遺産ただのひとつも登録されていないのも異常だ。

 もう少し様子を見て、行けるようなら近いうちに再び訪れて、今も連絡だけは欠かさない優しいビルマの友人たちに会ってみたい。

2010年1月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

966.2010年1月4日(月) 冬山登山遭難事故が心配だ。

 今朝の日経紙に予定通り「知の現場」の広告が掲載された。東洋経済新報社発行の他の書物と抱き合わせの広告なので、他の書物に比べて特別に目立つというほどのことはないが、気にしていれば目に入ってくる。先月25日付朝日朝刊の広告よりは目立つようだ。

 知研のHPにも「知の現場」の啓蒙・宣伝・広報用にプロジェクトの若手が立派なサイトを作ってくれた。まだ、半製品だが中々良く出来ていると思う。その中に関係者の写真、自己紹介、取材エピソードが載せてある。まだ、2~3人しか載せてないので、何とも論評しにくいが、私も写真、自己紹介、そして4氏とのインタビューに関するエピソードや感想を掲出してもらった。他の2人の写真が俳優なみのすっきりしたものであるのに対して、私の写真は「インド門」前で撮った一見浮浪者風のもので、些か見劣りがする。それはともかくラインアップが出来上がれば、結構面白いサイトになると思う。

 昨年12月に元カーレーサーの片山右京氏が富士山で遭難騒ぎを起こし、同行者2人が亡くなったばかりだが、年末から年始にかけて悪天候により広い範囲で山岳遭難事故が連続して発生している。すでに今日2人の死亡が確認され、まだ生存者が冬山に取り残されている。明日にも遭難救助ヘリを飛ばすという。天候の急変による遭難と言われているが、気象判断も甘かったようだ。遭難者の年齢を見るといわゆる中高年者ばかりで、女性が多いのもひとつの特徴だ。これらの点を考えてみると昨夏北海道・大雪山の遭難事故と共通項がある。

 昨今のレジャーブーム、健康ブームに乗って、中高年者の登山が流行となり、あまり登山の経験がなく、必ずしもしっかりしたリーダーに伴われない登山が増えてきて問題になっている。定年後の趣味として始めたハイキングから登山へ進み、一直線に冬山まで直行したような印象を受ける。どうも事前の研究やチェック、そして肝心な山の知識、基礎体力に欠けているのではないかと思うことがある。

 昨年富山県中学生の立山集団登山のドキュメント番組をテレビで観て、その無謀さに呆れたものだが、その無分別な計画に対して教育委員会も指導、実施する学校もまるで意に介していないのである。無神経ともいっても好いほどリスク・マネジメントが出来ていなかったのだ。間違えば集団遭難にもなりかねない学校行事が、教育委員会のお墨付きを得て実施されている。こんな安易な感覚が今日の登山界にも、教育界にもあるのだとしたら由々しきことである。指導者も監督者も自分でリスク管理が出来なくなっている。このノーテンキは、むしろ社会全般に言えることではないかと思っている。これからこういう精神状態が蔓延するようだと何が起こっても不思議ではない。

2010年1月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

965.2010年1月3日(日) 戦没者遺骨収集作業について考える。

 今日も昨日に引き続いて箱根駅伝とラグビーをテレビで観戦した。駅伝は東洋大学が2連覇を遂げた。2位に入ったのが復路優勝の実力校・駒沢大学だった。今年の出雲駅伝、全日本大学駅伝を制した日大が案外だらしなく、10位以内にも入れず来年度はシード権を失ってしまった。やはり2日間に亘る200km以上の長丁場では、実力のある選手が数多く揃い、選手層が厚くなくては戦えないのではないかとチーム編成の難しさを思った。

 ラグビーは大学ではなく、高校ラグビーをスカパーで観た。花園ラグビー場の全国大会準々決勝は、神奈川代表校・桐蔭学園が勝って明後日の準決勝に勝ち上がった。高校の試合でもこのレベルになると個々の選手のプレイも力強く、試合展開もスピーディで面白い。

 昨日夕食をしながら長男から今年の東京マラソンにも出場すると聞いた。2月28日に予定されているようだが、運が良く2年連続で抽選に当り走ることが出来るという。抽選で当るのは8人に一人の確率らしく、2年連続で抽選に当るのは60数倍ということだから、息子もよほど籤運が良いのかも知れない。毎年抽選に洩れている人から散々ひがまれたと言っていた。マラソンに出場するモチベーションのひとつは、高校時代のラグビー仲間が先日つくばマラソンで3時間15分を記録したらしく、息子にとっては昨年の4時間をやっと切ったくらいの記録では満足出来なくなったらしい。まだ相当チャレンジ精神が盛んなようだから、子ども3人ぐらい養っていくのに泣き言なぞ言っている暇はあるまい。若いのに、向上心とチャレンジ精神を失ったら抜け殻だ。

 暮から体調を崩したことについて、ブログを読んだ高校時代の友人、大塚武夫くんから親切なアドバイスをもらった。運動不足だとずばりのご指摘をいただいた。さもありなむである。重々分かっているので、極力ウォーキングをするようにして万歩計で計測しているが、彼に言わせると1日1万歩がノルマだという。なかなか1万歩というのは難しい。11月にインドを旅行した時は、毎日1万歩を超えていた。それ以来大体5~7,000歩というのがごく普通になってしまった。これを1万歩にするのは一寸大変だなぁ。更に大塚先生は、スポーツセンターに通って専門家の指導を受けたら良いのではないかとのアドバイスも授けてくれた。

 そうかも知れない。1日8時間も机に向かってひたすらパソコンに向かっているのは、確かに身体には良くないと思っている。今年はどういう手段をとるにせよ、昨年暮れの椿事に鑑みて、少し健康管理を真剣に考えてみないといけない。

 暮れから月末に始まるTEI図解塾講義のテキスト、資料作成に取り掛かっている。今日私が担当する「時事問題」の例題のひとつを作成して、久恒理事長ら関係者に送信した。どういうアドバイスを言っていただけるか。それによって準備を進めたい。

 NHKの夜のニュースによると政府がフィリッピン政府との間で、戦没者の遺骨収集事業に関するガイドラインを取り交わすと報道していた。何のことだろうと思っていたら、どうも収集作業に関して両国政府の間で了解されているにも関わらず、州政府やホテル事業者が収集作業のイメージが悪いということから、観光客が寄り付かなくなるので、受け入れを約束したが、断られることが多くなってきたそうである。

 私自身20年近くに亘って旧厚生省による平洋戦争戦没者遺骨収集に関わってきたが、国によっては難しい問題を孕んでいる。戦争で傷つけた相手国で土地をほじくり返し、土地の人びとにとっては敵国だった人間が行う作業だけに、誠実にお願いしてあくまで了解をいただくということが前提である。従って、これまでの遺骨収集はすべて相手国の人びとに遠慮しながら、日本政府職員の指示の下に行ってきた。それが問題だとするなら、やはり検討し直し、なお問題があるなら計画を縮小せざるを得ないかも知れない。

 私が長らく関わった中部太平洋諸島では、激戦地であるにも関わらず島民は遺骨収集団に対して極めて好意的だった。

 戦後大分時間が経過して、かつてのようにそう簡単に遺骨が発見されるという状況ではなくなった。しかし、お国のために戦った英霊を山野に放っておくことは出来ないという日本人の心情を無視することも出来ない。細々とではあるが、このまま相手国の温情にすがって了解をもらいながら粛々と続けさせていただくというのが願いであり、徒らに騒ぎ立てるべきではないと考えている。

 それにしても、久しぶりに大東亜戦争戦地の遺骨収集作業を思い出した。

2010年1月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

964.2010 年1月2日(土) 正月2日は駅伝とラグビー

 恒例となったが、正月2日は箱根大学駅伝と大学ラグビー準決勝戦で昼間はテレビを見続けている。駅伝は数年前に比べると強豪校の顔ぶれが大分変わった。駒沢大、大東文化大、中央大があまりぱっとせず、順天堂大や神奈川大などは出場もしていない。これには、ひょっとすると少子化をターゲットに新興大学も存続の危機を見越して名前を売り込むための手っ取り早い手段として、運動部の強化を考えているからではないだろうか。往路優勝は昨年に続いて東洋大だった。往路と復路とでは、大学によって作戦を考えているようだから明日の復路はどうなるのか分からないが、まあ気楽に楽しもうと思っている。

 次いで大学ラグビーは、慶応が東海大に14-19の1トライ差で敗れてしまった。まあフォワードが劣勢だったので、今日の慶応の負けは仕方がないとも言える。第2試合の明治と帝京大は43-12という大差で帝京が明治を圧倒した。この決勝戦の組み合わせ、帝京大対東海大では、ラグビー伝統校の早慶明が出場しないので、好ゲームは期待出来るが、残念ながらあまり観客を集められないだろう。

 昼前に妻子を実家へ帰えしている長男がやってきたので、夕食を食べに妻と3人で近くへ出かけた。正月とあって子ども連れの家族が多いらしく最初のレストランでは、待たされるということだったので、すぐ2軒目へ移動して何とか入ることができた。最初の店で待つことが嫌だったのではなく、2~4日は正月なので、普通の食事料金に正月サービス料金を追加請求すると看板に書かれているのを見たからである。普段は請求しないサービス料金を正月3日間に限って請求する特別料金を突然顧客に請求する図々しい商法とその神経に呆れ果てたからである。しかも法外なサービス料金というのが10%である。こんな理不尽なことってあるだろうか。嫌なら当店では食事をするなと言わんばかりである。そんな傲慢な態度が気に食わない。レストランで20分ほどお待ちくださいと言われたが、さっさと出てきた。

 まあこういう店もあるのかと思ったが、どうも納得できない。

2010年1月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

963.2010年1月1日(金) 新しい年を迎えて

 昨大晦日のけだるい気持ちを引きずったまま、9時近くになって漸く起きる気になった。昨日のような鬱陶しい気分ではないが、どうもぱっとしない新年である。夕べは風呂に入ることもなく、一気に眠りに就いたが、今ひとつ気持ちが勝れない。いつも通り血圧を計ってみると、何と私にとっては久しぶりの低血圧130である。130台まで下がったのは昨年8月15日に計測した133以来である。夕べは高く今朝は低いということは、やはり身体が若干異常を来たしているのだろう。

 そんな事情でやはり母校ラグビー部の定期総会は残念だが、欠席することにした。昨年が創部60周年という節目の年でもあり、各役員がいろいろ趣向を凝らして、今日の定期総会には各種の祝賀行事を考えてくれたようだ。寄稿した記念誌の発行もそうだし、練習試合・懇親会の後には会場を移して祝賀会も考えてくれていたようである。また、名入りの記念ジャージーも作製した。更に会計幹事の和田正温さんの話では、私も歴代OB会長のひとりとしてスピーチをすることになっていたようなので、出席出来なくなって申し訳ない気持ちだ。

 あまり勝れない気分のまま受け取った年賀状に目を通す。昨年もそうだったが、今年も配達される時間帯が早い。かつてはお昼近くになって配達されたものが、今では新聞と同じように配達される。これは昔の郵便局制度の下では考えられなかった。

 さて、夕べは体調を崩したまますぐ就寝したので、1年の締めくくりとしては最悪だった。1年間を振り返って反省することも、考えることもなく最悪の精神状態で幕引きしてしまった。その意味では、今年は勝れない気分をそのまま持ち込んだ新年である。

 今年やらなければならないこと、やってみたいことは大分ある。福島・相馬市の鈴木進一さんから年賀状で、アラスカへのお誘いがあった。どんな旅なのか、昔ヨーロッパへ行く途次必ず立ち寄ったアンカレージ空港周辺しかイメージが浮かばないが、アラスカの自然溢れる大地をのんびり旅するものなら行くことを前提に検討してみようと思う。その他にも、バルト3国、マグレブ3国、コーカサス3国、ネパールにも行ってみたいと考えている。

 出版もそうだ。まず、旧蝋打ち合わせた「観光」に関する書物の発行。共著者として一部を執筆することになっている。更に今年は9月に国際ペンクラブ東京大会開催に合わせてドキュメントを書いて上梓してみたいとも考えている。

 幸いにして今日ホームページへのアクセス数が15,000件を超えた。2年半かかってこの数字が多いか少ないかは何ともいえないが、これだけ多くの人に見ていただけるのはありがたい。今年はブログも一層気を引き締めて自分の考えや提言をどんどん発信していこうと思う。

 外部の市民講座については、いずれ駒沢大学や多摩美術大学の公開講座の案内も送られてくるものと思う。今年もこういう市民大学のような場で、大学の授業を受講したいと考えている。

 講師の仕事もボランティアを含めていくつか務めていくことになると思う。今月下旬から始まるTEIの「図解塾」2日間講座が3月まで続くのを皮切りに、すでに話のあった講義を考えると例年通り忙しくなるのではないだろうか。

 これらはみんな健康が土台である。昨日のようなことがあってはならないが、回復までもう一息のところまで来ていながら、膝の炎症が完治していない。CRPの数値が大分良くなってはきたが、副作用として服用している薬のせいで血圧も上がったままである。今年こそはCRPを下げて膝の炎症からおさらばしたい。さすれば血圧も平常値へ戻ると見ている。

 夜になって新年恒例のNHKウィーン・フィルハーモニーのニューイヤー・コンサートを楽しんだ。今年の指揮者はフランス人のジョルジュ・プレトールで、2年前にも務めている。お年が何と85歳というから驚きである。いつもながらこのクラシック・コンサートは楽しい。ウィーンを紹介したビデオもバレーも判りやすくすっかり堪能した。

 夜になって食欲はあまりないが、大分具合は良くなってきた。

 さあ、新年の幕開けだ。平成22年、2010年を平穏ながらも、健康にして仕事面でも思い切り活動出来るよう頑張るつもりだ。

2010年1月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com