2831.2015年2月12日(木) 急逝した義姉の通夜に参列

 8日に急逝した兄嫁の通夜が京王線仙川駅近くの葬儀場で行われた。本人の生前の希望により無宗教で行われた。従ってお決まりの僧侶の読経がなく、お花を手向けるだけの簡素なものになった。そして静かに流れてくるふるさとのハーモニーに合わせて参列者が合唱した。まだ他界して間もないせいもあり、兄の外見からはあまり悄然とした様子は見えない。だが、時間の経過とともに少しずつ寂しさが嵩じてくることは間違いない。近くに住む姪には、当分の間は父親を注意深く見てあげるよう話をしてあげた。久しぶりに兄弟妹、甥たちにも会えた。

 しかし、身近な身内を喪った親戚一同には寂しさと悲しさ、そして空虚感が漂うのは致し方がない。少々短かった72年の生涯を運命と呼ぶのは少々残酷のような気がする。明日は最後の別れ、告別式が行われるが、当分故人を想う気持ちは消え去らないだろう。

2015年2月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2830.2015年2月11日(水) 建国記念日は忘却の彼方へ・・・。

 今日は建国記念日、いわゆる旗日である。これについて今日の新聞には一行も書かれず、テレビ・ニュースではまったく報道されない。こんな惨めな旗日は他にはない。戦前の昭和15年2月11日には、紀元2千年祭を国家の大祭として行い、国を挙げて国威の発揚に努めたというのに何とも時代感覚のずれは大きい。思想に関係なく、国民が自国の誕生について考え、歩んできた歴史をレビューするのは国民として当然のことであると思う。だが、今や日本人は残念ながら国がどうやって生まれ、どういう歴史を辿って来たかについて考えようともしない国民になり下がってしまった。

 これでは戦後紀元節から衣替えした建国記念日は、何のための祝祭日なのだろうか。今小中学校では、日本国の肇についてどのように教えているのだろうか。調べてみようと思っている。アメリカの独立記念日の華やかさと盛り上がりに比べて何とも哀れなものである。昨年の今日このブログにも書き込んだが、現在の日本は建国記念日についてあまりにもつれないと思う。戦後昭和21年のこの日は最後の紀元節だったと思うが、最後の国民学校1年生だった私たちは、講堂で初めて紀元節の式典を行い、高崎正風作詞によるところの紀元節の歌を同級生たちと声を張り上げて合唱した思い出がある。

 ♪雲にそびゆる高千穂の 高嶺下ろしに草も木も なびきふしけん大御世を 仰ぐけふこそ楽しけれ

 今でもこの昔を思い出させる歌詞とメロディーが中途半端に口を衝いて出ることがある。思想的にどうこうではなく、国家が法律で決めた祝祭日(旗日)をそう邪見に扱っても良いものだろうか。終戦後アメリカから何とか建国を祝う日制定の許可を得て、国会で法律改正を経た後に右往左往しながら漸く1967年佐藤栄作首相時代に正式に「建国記念の日」がスタートしたのである。それが今では形骸化して、国民の中には何の日だったかを知らない人がいる有様である。はっきり言ってこんな調子で建国記念日を単なる休日にするなら、思い切って止めてしまった方がよほどすっきりする。日本は建国の日がないということで納得するより仕方がないだろう。この建国記念日離れは、報道することが職務のメディアに大きな責任があると考えている。

 日本人は、メディアを始めとしていつの間にか忘れっぽい民族になってしまったということだろうか。

2015年2月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2829.2015年2月10日(火) 安倍首相が奮う「蛮勇」

 安倍晋三首相という人はみかけに依らず、案外大胆なことをやる人だ。尤も怖いもの知らずということもある。この数日は連日メディアを賑わしている農協改革問題で手腕?を発揮した。自民党は戦後ずっと日本農業の舵取りをしてきた農協を改革することを岩盤規制改革の象徴として制度、組織を思い切って変革し、3番目の矢としてやり遂げる気構えだったのである。

 これまで農協の制度が手つかずだったのは、農村票を武器に発言力を持つ農協のトップ組織、JA全中(全国農業協同組合中央会)に遠慮があったからである。だが、今や農業人口は激減し、最盛期の6割程度が就業と言われている。アベノミクスを完璧に成し遂げる環境が整ったこの機会に、安倍政権は永年腐心していた農協対策をドラスチックにやってしまおうと考えた。昨年行われた佐賀県知事選挙で、農協改革派の候補者が与党の応援を受けながら落選したことで自民党は大きなショックを受けた。だが、地方の組織は残すことで妥協点を見出し、その一方で上部組織のJA全中の形骸化にまんまと成功した。自家薬籠中のものにしてしまったのである。

 とにかく現在の制度、組織を大きく変えて、JA全中の指導権をもぎ取り、4年後には一般社団法人にしようというのである。周囲の環境が好転したとは言え、安倍首相の間髪を入れない強気なパフォーマンスには驚く。怖いのは、次のステージとして首相の腹に集団的自衛権、そして憲法改正が潜んでいることがミエミエであることである。農協改革と同じように、エイヤッとばかり突き進んだら、来夏参院選の結果で参議院でも与党議員が2/3以上を得たら、正面から現行憲法改正へ歩を進めるのではないか。その前提として、若い人の票を獲得すべく、現行の20歳以上の選挙権を18歳に引き下げようと下工作をしている。

 怖いのは、相対的に物事を知ったうえで行動するより、知らないまま行動してしまうことである。安倍首相は明らかに後者である。

2015年2月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2828.2015年2月9日(月) 入院中の義姉今朝急逝

 今朝突然調布に住む兄から義姉が亡くなったと連絡があった。先月30日に鎌倉の弟から大分具合が悪そうだから見舞いに行こうと誘われ、雪の中を弟夫婦と妻とともに急遽入院先の病院へ出かけてから、まだ10日しか経っていない。折角出かけたお見舞いだったが、治療時間に当たったため生憎彼女と顔を合わせることはなかった。その後ICUから一般病棟へ戻ったと聞いていたので、少し回復に向かっているのではないかと期待を込めて幾分安心していた。それがあまりにも突然の訃報である。取り敢えず兄にはメールでお悔やみを伝えたが、看病疲れもあり健康を害さなければ良いがなぁと思っている。兄が気の毒でならない。甥は大きな怪我を負い、今もリハビリ中で、姪は1男1女を儲け近くで幸せに暮らしているが、いつも兄の世話をできるわけではない。

 それにつけても母も心筋梗塞であっという間に他界してしまったが、まだ早い73歳だった。義姉はまだ72歳だから、少子高齢化の現代社会では冥界への旅はちょっと早すぎるように思う。彼女自身家族の中で一番先に彼岸へ旅立つことがきっと心苦しく思い残すことがあったのではないだろうか。

 以前から体調が良くないと聞いてはいた。数年前から悪性リンパ腫で入退院を10回近く繰り返し、遂に帰らぬ人となってしまった。昨年1月父の13回忌の折、階段を昇るのも辛いとあまり体調が良くないことを訴えていたが、私との会話もこの時が最後となってしまった。

 最近周囲の友人や知り合いが亡くなるケースが増えてきた。人の生命は儚い。だからこそ、せめて生きている内に悔いのない生活を送りたい。まだまだやり残していることはいっぱいある。義姉の逝去を機に人生の儚さと無情を感じている。義姉の安らかな冥福を祈っている。通夜は12日、告別式は13日である。

2015年2月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2827.2015年2月8日(日) 後藤健二さんの行動を蛮勇とは?

 「イスラム国」による日本人人質殺害事件で必要以上に日本人に対する警戒を強めている政府は、昨日シリアへの渡航を計画していた新潟市内のカメラマンに旅券の返納を迫り、受け取った。これは政府がカメラマンに渡航の自粛を説得したが、受け入れてもらえなかったため外務省が旅券法という法律に基づいて行った強制執行である。

 外務省は殺害された後藤健二さんに対して、昨秋以来3度ほど注意を促したとされる。だが、後藤さんは忠告を受け入れず自らの意思でシリア入りして「イスラム国」に捕まり殺害された。後藤さんの個人的な行動により、ヨルダン政府との交渉や、現地対策本部の立上げなどが、メディアでも大々的に報道された。政府の方針が是か非かまで問われたり、相当エネルギーを注いだことなどの反省から、政府には今回新たな拉致事件などの発生を未然に防ごうとの考えがあったと見られている。

 今朝の新聞でも、個人の意思により行動しようとしている日本人カメラマンの自由を外務省が強制的に剥奪することになるのではないかと懸念されている。

 このカメラマンはもちろん遊び半分で出かけるのではなく、現地の悲惨な実情をカメラに納めて世界へ広く発信しようというのである。

 つい先日高村正彦・自民党副総裁が、後藤さんが現地へ出かけたのは蛮勇であると批判的なコメントを述べていた。しかし、後藤さんのこれまでの実績を見れば、好い加減な気持ちで危険な地域へ出かけたわけではなく、あくまで誰も伝えない臨場感溢れる現地の子どもたちや難民の姿を日本人を始め、多くの人々に伝えようとボランティア・スピリットで試みたのである。従って、高村副総裁が言っているように、計画を取り止めるようにアドバイスしたのを振り切って行ったのだから蛮勇だというなら、それは現場の実態や背景、更に真の旅行目的がよく分かっていない人間の言うことである。高村氏自身が直接後藤さんに会って説得したわけでもなく、役所が一片のメールや文書を送った程度のアドバイスでは、硬い信念を持って自己責任で行動しようとしている人に対して、旅行中止をアドバイスすることにはならないと思う。

 現場の空気がまったく理解できない人の説得では、後藤さんには通じまい。説得しきれなかったからと言って相手を蛮勇呼ばわりするのは、現場知らずが思うようにならなかった腹いせではないかと思いたくなる。これだから現場の臨場感が分からない人は困る。

2015年2月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2826.2015年2月7日(土) 暴論を振りかざす呆れた東大教授

 天下の東大教授の中にも随分乱暴で、独善的な持論を振りかざす先生がいるものだと思う。年金・社会保障の専門家のようだが、ひたひたと進んできた少子高齢化社会の中でその高齢者に対して、一方的に高齢者は権利を主張し過ぎであるとか、待遇が恵まれ過ぎであるとか、言いたい放題の問答が月刊誌「選択」今月号冒頭頁に「『シルバー民主主義』が国を滅ぼす」と刺激的なテーマで開陳されている。

 選挙における高齢者の投票の結果が高齢者優遇に有利に働いていると見当違いの論理にも蘊蓄を傾けている。指摘された投票結果それ自体より、それ以前に全体として、或いは若者の投票率が低いことが、今最も憂慮されていることではないのか。然るに高齢者の、特に地方における投票行動が政治家をして高齢者に気を遣わせるようになっていると、個人的な不満から斜視的な見方をしているのである。東大教授にしてはあまりにも幼稚な自己主張ではないか。あまつさえ、今すぐに年金給付額を3割カットすれば、年金財政を継続できるとか、或いは年金財政を立て直すよりもいっそのこと制度自体を一旦破綻させたほうが、一時的な混乱は大きくてもゼロからの制度設計はやりやすいなど、教育者としてあるまじき暴言も留まるところを知らない。更に日本人は敗戦や、震災から立ち直った経験上立て直すことにかけては定評があるなどと、これまで年金改革に貢献された人たちを愚弄するように好い加減な事を口走り、永年かけて作られた年金制度をぶち潰すことにいやに熱心なのである。

 この先生が教育者として最も欠如している資質は、過去の年金制度から今日までの経緯を検証、精査し、少しずつ軌道修正しようとの地道な研究心が感じられないことと、現状制度が気に入らなければ年金受給者の生活を脅かすことを歯牙にもかけないその冷酷さである。

 先生の持論には、残念ながら高齢者らへ一廉の思いやりすら見られないことは、敢えて言わせてもらえば教育者としては失格ではないだろうか。東大経済学部と言えば、碩学・大内兵衛先生、有澤広己先生らを輩出したマルクス経済学の牙城であった。そこには間違いなく労働者や社会の底辺の生活者への温かい目線があった。だが、この先生には、ジョンズ・ホプキンズ大学でアメリカ資本主義の格差社会を学んだせいか、資本主義の甘い汁をたっぷり吸った富裕層への理解しかないようだ。こういう教授に指導を受けた学生たちがいざ社会へ出た時、どういう道を進んでいくだろうか。そして、恵まれない労働者とともに共同作業をするようになった場合、このような上から目線の対応で労働者たちから理解や信頼を得られるだろうか。

 この先生とは、現在東大大学院経済学研究科で教えている井堀利宏教授(62歳)、その人である。

 少なくとも私は大学ゼミではマル経の良き師に巡り合い教えを請うことができて、幸せだったと思っているが、こういう高齢者層や社会的に恵まれない庶民をいじめようとしている教授を知ると残念でならない。今更ながら恩師にもいろいろなタイプの先生がいるものだなぁと思う。

2015年2月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2825.2015年2月6日(金) 交友関係を断裁して余生を充実できるだろうか。

 毎年この時期に高校時代の親しい友人6人で昼食会をやっている。一昨年からJR大船駅近くの中華料理店で談論風発を楽しんでいる。今日も久しぶりに6人が顔合わせできるかと思いきや、会場で2人が来られないと知らされちょっとがっくりである。不思議なもので、その2人は昨年の拙著出版記念会に出席してくれた仲間だ。今日もその時のDVDを差し上げようと持参した。そして昼食会に来た私を除く3人が、記念会にはぜひ出席すると言ってくれた友人たちだが、生憎先約とダブって来られなかった。

 今日来られなくなった2人には、それなりの理由があるので止むを得ない。ひとりは、仕事上の急用で、もうひとりは普段から心臓が良くなく治療で大分苦労しているが、今度は「舌」が良くなく検査と重なってしまったらしい。積もる話がたくさんあったので大変残念である。

 実は、今日やって来た3人だってそれぞれ持病を抱えていてあまり楽観できないという。ひとりは産婦人科と小児科以外の病をすべて背負っているというくらいである。その点で大病を患うこともなく、まずまず健康なのは私ひとりだけということである。今年中に喜寿を迎える連中ばかりだが、もうそういう年齢になったということを否が応でも納得させられる。それにしても話題がどうしても健康の方へ傾いていく。

 私を除くと5人にはそれぞれ健康面で不安があるようなので、当面来年以降の予定も決めにくいところだ。そう言えば、同年代の友人たちから来年から年賀状の交換を遠慮したいとの連絡がいくつか来ていた。あくまで個人の自由ではあるが、折角今日まで営々と築き上げてきたいろいろな形の交誼、付き合い方、友人関係をこれから残された人生において一方的に止めて捨て去ることはもったいないと思っている。自らを取り巻く社会環境・交友関係を自分から狭めてしまうのではないかと思うと個人的にはあまり賛成できない。

 確かに手紙を書くのは普段書き慣れていないと、面倒で手間がかかると思う人はいると思う。だが、その人たちのお陰で人生を楽しく有意義に過ごすことができたという一面もある筈である。そう考えると、交友関係を一方的に切り捨てるのはいかにも惜しいような気がする。これでは人生を人との交流をなくして無味乾燥なものに近づけ、つまらないものにしてしまうのではないかと心配である。

 幸い今日集まった親友6人組の友情にはそんな気持ちはさらさらない。一方で、まだその気になればいくらでも交友関係が広げられる人たちが、自ら友達づくりをギブアップするのは、未だ人生を全うしきれていない浅学非才のわれわれ喜寿6人組から見れば、どうにも惜しい気がしてならない。

2015年2月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2824.2015年2月5日(木) テロ事件の陰で憲法改正の動き

 このところ「イスラム国」の独善的で残虐な行為に対して、犠牲者を生んだヨルダンを主に中東地域では、「イスラム国」への反感と憎悪が高まっている。わが国でもこのところ国会では、日本人人質の救出に関連して、仮に日本人が捕らえられた場合の救出について、当然のように自衛隊の派遣に積極的な意見が公に表に出る有様である。安倍首相の唱える積極的平和主義が嵩じると、結局理由はどうあろうと、「平和のため」という言葉を都合良く使って自衛隊の海外派遣へ突き進んでいくことになる。

 気をつけなければいけないのは、こういう火事場騒ぎに目を奪われている間に、政府自民党が憲法改正へ向けた動きを密かに進めつつあることである。憲法改正のためには、最大のハードルである国民投票で過半数を得なければならない。自民党はこれを何とかクリアするため策略を巡らせていたが、ここ数日で唐突に国民投票について具体的に検討を始めていることが公になった。今朝の朝日及び日経紙に安倍首相と船田元・自民党憲法改正推進本部長が「国民投票、参院選後に」とすでに国民投票が決まったかのようなニュアンスの記事が掲載されているではないか。現在衆議院では与党が2/3を獲得しているが、参院ではまだ2/3以上の議席を得ていない。そこで、来年夏の参院選で2/3を獲得した後に国会で憲法改正の発議を行い、国民投票で1/2以上の賛成を得て憲法を改正しようと企んでいるのである。しかし、国民投票の具体的な決まりがなく、どういう形で実施するのか現時点では不明である。

 それにしても自民党内では、前記のようにすでに改正へ向けた準備がかなり進んでいるようで、この点では連立与党を組む公明党とはかなり考え方にずれがあるようだ。

 また、改正は憲法の全文について行おうとするのか、部分的に実施しようと考えているのか、分からない。ただ、すべてを改正しようとするには抵抗があるので、現段階ではテーマを絞って一つひとつクリアしていこうと考えているようだ。例えば、環境権、緊急事態などが考えられている。

 だが、憲法改正に異を唱える国民のひとりとして言わせてもらえば、改正を推進しようとするなら、こっそり姑息にことを進めるのではなく、せめて万機公論に決して欲しい。早めに広く、深く議論を重ねて国民が賛否を決める材料をできるだけ提供すべきである。

2015年2月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2823.2015年2月4日(水) 「イスラム国」の残虐行為に打つ手なしか。

 「イスラム国」の過剰な蛮行が「イスラム国」側の公開画像によってまた明らかになった。人質事件で取引の材料とされていたヨルダン人パイロット・カサースベ中尉がすでに1カ月前に殺害されていたことが判明したのである。しかもヨルダン政府はいち早くその事実を把握していたという想定外のことが分かった。考えてみれば、人質交換要員とされた件の中尉と、拘束されているリシャウィ死刑囚、そして後藤健二さんの3人の内、解放のための交渉過程で、すでに中尉が亡くなっていたことが日本サイドに分かっていれば、事態の行方は別の方向を辿ったとも考えられる。ヨルダン政府の事前了解を得る必要があるにしても、中尉の解放に拘ることなく、「イスラム国」が要求した後藤さんとリシャウィ死刑囚交換話を進めて、2人の生命が救われた可能性がないとも言えない。勿論ヨルダン政府の好意が大きな精神的な助けになっていたことはある。

 それらを斟酌したうえでなお、ヨルダン政府の交渉のやり方に是々非々の意見があるようだ。そのひとつに、カードの切り方を間違えてむざむざ後藤さんを死地へ追いやったのではないかという意見がある。

 パイロットを殺害した「イスラム国」の残酷な点は、銃を構えた「イスラム国」軍戦闘員に取り囲まれた中でカサースベ中尉を有志連合軍機が空襲攻撃した地を歩かせた後に、檻に押し込んで火を点け焼き殺した残虐さである。イスラム教の教えでは人に火を点けて殺すことは決して許されないそうだ。この異常な画像に興奮したヨルダンは、仕返しに直ちにリシャウィ死刑囚ともうひとりの死刑囚を絞首刑に処した。とても国際平和を志向する現代社会のでき事とは思えない。

 この凶行が明るみになった今日ヨルダンのアブドラ国王は偶々訪米中で、オバマ大統領と会見し、大統領から「イスラム国」を非難し、打倒する強い決意を示された。今開催中の日本の国会でも邦人救出のための自衛隊派遣について議論が戦わされている。

 しかし、正体の掴めない「イスラム国」を、アメリカ始め有志連合各国はどうやって打倒するのか。空爆では少しは効果を挙げているようだが、有志連合軍のいない地上では、相変わらず「イスラム国」は暴れまわっている。「イスラム国」打倒を叫ぶアメリカは、すでに地上軍を撤退させ、空爆に頼りきりである。このことが「イスラム国」が生まれた遠因とも言われている。アメリカ国内には、犠牲者が増える地上部隊を外国の戦線へ送りこむことには消極的な声が多い。現状では具体的に「イスラム国」を壊滅させる妙案はないようである。

 このままでは「イスラム国」のやりたい放題思うがまま、やられっ放しということにならないだろうか。

2015年2月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

2822.2015年2月3日(火) サッカー日本代表監督解任

 サッカー日本代表チームのハビエル・アギーレ監督が解任された。かねがねスペイン1部リーグ・サラゴサ監督時代に噂のあった八百長事件に関わったとして、アギーレ監督は疑惑を持たれていた。スペインの検察が告訴しこれを裁判所が受理したことから、今後監督として大事な時期に裁判所へ出廷しなければならないマイナス面を考慮して、協会にこの思い切った監督解任へ踏み切らせた。サッカー協会にとっても苦渋の決断だっただろう。

 今日解任が発表される前のつい先日日本サッカー協会は、疑惑を無視するようにアギーレ監督の続投を発表したばかりである。いかに告訴が受理されたことが今日分かったとは言え、とかくの風評がある中でもあり、あの時監督続投の発表を延ばすことができなかったのだろうか。解任を発表した大仁邦弥・日本サッカー協会会長は6月から始まるワールド・カップ予選へ向けて選手たちの気持ちを考えたと言ったが、今となっては反って結果的に選手たちへ与える影響の方が大きいのではないだろうか。

 監督を解任して改めて後任を選ぶわけだが、その前にアギーレ氏を監督に推薦した人物もそれなりの責任を取る必要があると思う。近々新監督を選出しなければならず、この際サッカー協会内も責任のなすり合いなどをせず、すっきり適任者を新監督に選んで選手ともども一体となってワールド・カップ予選へ向かって欲しい。こんなスキャンダルでゴタゴタを引き起こすのだけは止めて欲しいものである。

 さて、今日3日は節分に当たるが、この「2月3日=節分」は2024年ごろまで続くという。天文と太陽暦の関係は素人には中々分かりにくいが、何でも1984年までは閏年の場合、3日ではなく4日が節分だったという。そう言われれば、子どもの頃は、閏年は2月4日に豆まきをやったような記憶がある。

 ところで、今朝の朝日新聞によると、国立天文台は来年の「秋分の日」は9月23日ではなく、1日繰り上がって22日にすると発表した。この22日の「秋分の日」も不規則で、2012年以来3年ぶりだという。しかも、その前の「秋分の日」は1896年だったというから日清戦争の時代である。明治後半から「『秋分の日』は9月23日」が定着していた。「秋分の日」に対抗する「春分の日」は、「秋分の日」同様に国立天文台が太陽の位置を計算して決めているのだという。

 その点では、私自身各地の講演でメキシコの世界遺産「チチェン・イッツァ」のマヤ文明遺跡について解説する時、しばしば暦の正確さの好例として挙げるマヤ文明の天文学知識には一目置いている。16世紀初ごろ流行ったマヤ暦は現代暦と比較しても、その誤差は1年間で僅か2/10,000秒だというから驚くべき正確さである。

 いずれにせよ、天文学は古代より人間の生活には欠くことができないものだったと納得させられる。

2015年2月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com