充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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6688.2025年9月4日(木) 久しぶりに海外武者修行について語る。
ほぼ2年ぶりにセミナー講師を務めた。飯田橋で「NPOシニア大楽」が開いた公開講座で講師を依頼され、他の3人の講師とともに、50人の会員を前に、それぞれ得意の分野について40分間精一杯講師を務めた。私は海外武者修行の実体験から知った、「現場を知らなければ真実はわからない」というテーマで臨場感について現地で撮った写真を組み入れながらパワーポイントを使って、受講者の会員から興味を持ってもらえるよう話したつもりである。このNPOには理事長ら何人か知り合いもいるので、気軽に話すことが出来た。
自宅を出る時、雨が降っていたので、久しぶりに傘をさして会場まで出かけた。来週金曜日には吉祥寺の武蔵野商工会議所で、同じようなテーマについて1時間半話すことになっている。しばらく講演から遠ざかると、パワーポイントの画像作成などに案外苦労する。情けないことに作成方を大分忘れてしまっているのである。だが、しばらく夢中で取り組んでいると少しずつ想い出して作業が捗るようになる。やはりあまり休止期間が長いと肝心なポイントを忘れてしまうので、あまり講演期間のインターバルを取らない方が良さそうだ。
さて、今日の夕刊で知ったのだが、リスボン市内を走行している観光的にも魅力的なケーブルカーが脱線し、そのまま走って車両がビルに激突して、15人が死亡したという悲しいニュースである。景色の良い市内の小高い展望台サン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台と市の中心部300mばかりを最大勾配17°で走るそうだから、見た目通りかなり厳しい運行だと思う。
2001年6月にポルトガルを訪れた時、何とか乗ってみようと思ったが、チャンスがなく乗る機会を逸してしまった。市内の繁華街をのんびり走って傍を走る車も電車に遠慮する感じだった。この事故を思うに、車も多い坂道を市電のようなケーブルカーが走ったら事故発生の場合、大事故になることを懸念していたが、その通りとなってしまった。しかし、中々趣のある電車でもあり、このまま消えてしまうのは惜しい。充分事故防止策を講じて、これまでと同じように走行して、観光客を楽しませて欲しいものである。
前記のように、今日は久しぶりに小雨が降ったが、各地域によって雨量がバラバラのようで、都内でも激しく雨が降っていたところもあるが、我が家の近くはそれほどでもなかった。でも久方ぶりの雨は庭の樹木には滋雨となったことだろう。どことなく植物に生きの良さを見たように想う。明日も降雨が期待されるようなので、ホッとしている。
6687.2025年9月3日(水) 中国抗日戦勝式典にロシア、北朝鮮首脳が出席
昨日9月2日が日本に勝利した日として祝われる中国北京では、今日「抗日戦争勝利80周年」の派手な軍事パレードが行われ、ロシアのプーチン大統領や北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記らが出席し、壇上からパレードを見守った。アメリカのトランプ大統領が主唱する「アメリカ・ファースト」のせいか、中国、ロシア、北朝鮮のような欺瞞的社会主義国家の結束を内外に知らしめるために、中国は先頭に立ってとかく派手なパフォーマンスを演じている。以前は50カ国近い首脳が出席されたが、今年はイラン、インド、マレーシア、インドネシアなど26か国の首脳が出席したに留まった。
その一方で、敗戦国の日本は終戦記念80周年を迎えた8月15日には、過ちだった戦争を2度と繰り返さず、平和を希求して行くことを誓った。戦勝国と敗戦国にとってともに戦争を2度と起こさない信念は同じようなものだが、戦勝国の中国にとっては、いかに中国人が戦争で残酷な体験を味わったかを世界に知らせようと願った。この夏2本の反日戦争映画が大々的に企画され、その内1本が上映され多くの観客を呼び込み異例なほどの興行収入を得た。
そのひとつは、1937年に起きた南京事件を題材にした「南京写真館」で、7月25日に中国国内で公開されてから観客が増え続け、興行収入ではトップを走っている。当然反日的な視点で撮影された映画であるだけに、映画鑑賞後にほとんどの観客が日本に対する恨みつらみを吐露し、日本なんかについて考えたくないと強く反日感情を露わにする人もいた。中には、日本へ旅行する自国民の気持ちが分からないと、今年になって訪日外国人観光客トップになった同胞の気持ちが分からないと言っている。
もうひとつの映画は、すでに完成され公開を7月31日と予定したが、現在無期限延期となっている。タイトルは「731」で、戦時中中国東北部で細菌部隊として活躍した関東軍の「731部隊」から引用したものである。タイトルも旧日本軍部隊名を借用しており、今「南京写真館」がヒットして強まった反日感情を更に加速させるのではないかと、ここは間を置いていずれ公開するとの方針のようである。ただ、一部には公開日が、9月18日と報じられたが、これは満州事変につながった柳条湖事件勃発の日である。また残虐なシーンが若年層に与える悪影響が指摘されているだけではなく、今後の日中関係の冷え込みにつながるのではないかと懸念の声も中国国内で生まれている。
中国政府としては、国民の愛国心向上のためのキャンペーンを試行していて、すでに公開した「南京写真館」について、反ファシズム文藝の重要作品として讃えているようだが、そこには相手国(日本)に対する配慮とか、友好関係の構築などについてはまるで考えてもいないようだ。
トランプ大統領により「アメリカ・ファースト」が叫ばれてから、アメリカの自己本位な言動が些か気になっているが、かつての日中戦争をダシに中国が「中国ファースト」を言い出すのではないか、その点も気になっている。
6686.2025年9月2日(火) 異質な国アフガニスタンの地震に想う。
一昨日夜アフガニスタン東部でM6の大きな地震があり、812人が死亡し、2,800人以上がケガをした。このニュースを知った時、他の国と異なるこの国の国民への支援と安全は大丈夫なのだろうかと気になった。現在タリバンが支配する途上国のアフガニスタン・イスラム共和国には、残念ながらほとんど先進国とは疎遠な外交関係にあり、外交、経済、社会活動、福祉などの分野ですぐ支援してくれる国が見つからないことである。タリバン流極右イスラム教国であるアフガニスタンは、自らの存在に支障があると思える国、組織をすべて排除、国外追放してしまったからである。国内でも頑なに女性に教育は必要ないとの意固地で封建的な考えから、女性に学校に通わせることはなく、知らない男性と話をすることも許されず、外出する時は頭から全身を覆うようなブルカを着用することを命じるほどの女性に厳しく差別のお国柄である。地震発生と同時に、諸外国が援助の手を差し伸べるのが、普通であるが、現在のアフガンにはそういうつながりのある国や組織がなく、すべて自力で対応しなければならない。アフガンの住宅は、ほとんどが木材や煉瓦造りで地震には耐えられず、恐らく崩壊した住宅に閉じ込められた住民が多くいるのではないかと懸念される。
普通なら地震発生と同時に支援国が名乗りを上げるところだが、現時点ではどこの国からもその申し出が聞こえてこない。地震大国の日本も「甚大な被害が発生していることに深い悲しみを覚える」と林官房長官談話が発表されたに過ぎない。国連ですら国連協定に違反的な行動を取るアフガンには一定の距離を置いている状況であるが、昨日グテーレス事務総長は、✕に「アフガンの人びとと連帯している。国連のチームが動員され、被災地での支援に全力を尽くす」と投稿した案配である。
実は、明後日あるNPOで、また16日にも市商工会議所の講演会で、現場の最前線を知らなければ真実はわからないという趣旨の話をすることになっている。その中で2000年に今回の地震発生地に近いアフガン東部とパキスタンとの国境カイバル峠近くの集落を訪れた時、その1年半後に発生した「ニューヨーク9.11同時多発テロ」を何となく予知した体験を話す予定で準備をしている。その時パキスタン・ペシャワールからカイバル峠まで45㎞の間で僅か数人の女性の姿しか見ることはなかった。そのくらいアフガンの差別主義、非人道主義は徹底していると感じたものである。アフガンには2年前にも西部地方にM6.3の大地震が発生して、1,500人の犠牲者を出している。
大国のアメリカ、ロシア、中国を主にEUからも現時点では、援助の声が聞かれない。これは少々冷たいと感じている。むしろこういう機会を通じて、アフガン政府を他国と仲良くするための条件などを示して説得すればよいと思う。少々冷たいと感じるが、ここまで世界中から敬遠される悪い意味で「唯我独尊」国家が、もう少し心を開き、ごく当たり前の民主国家となり、明るい女性の姿が街頭で見られることを期待したいものである。
6685.2025年9月1日(月) 田久保伊東市長の不信任案可決
今日は「防災の日」と言われるが、言わずと知れた1923年の今日発生した関東大震災により、一瞬にして約10万5千人もの犠牲者を生んだ災害を忘れないための「防災の日」である。また、暦の上では立春から数えて210日目に当たり「二百十日の日」と言われ、台風シーズン到来の始まりと言われている。今日は二百十日でもあるが、台風どころか小雨でさえまったく縁遠い1日となってしまった。今年の6~8月は、気象庁が統計を取り始めた1898年以降で、平年に比較して+2.36℃も高い気温最高の暑い夏となった。
さて、今日注目されていた静岡県伊東市で定例市議会が開かれ、散々市政の停滞や混乱、及び市民に不審と不安を与えていた、田久保真紀市長に対する不信任案が全会一致で可決された。この結果10日以内に市議会を解散するか、市長が辞職、失職するかのどちらかになる。また、市長が失職した場合には、50日以内に市長選挙が行われる。
同時にすでに百条委員会が決めていた市長に対する告発状を警察に提出した。百条委員会が告発を決めたのは、市長の出頭拒否、「卒業証書」とされる文書の提出拒否、証人尋問での証言拒否や虚偽証言などが告発に該当すると判断したからである。これは、仮に起訴されても確定までに少なくとも2年半もの時間が必要となる
5月の市長選で初当選し就任1カ月も経つか、経たない内に田久保市長の学歴詐称問題が浮上し、以後市長は自身の地位を守ろうとする姿勢と、偽証を追求して市長の責任を問い辞職を要求している市議会との攻防が、大分エスカレートした。東洋大学法学部を卒業したとの学歴は、市長が大学を除籍されたと判明したことで、市議らは学歴詐称は公職選挙法違反に当たると追求している。その後、市長は市議会や、百条委員会などに呼ばれて質問に応えていたが、大方の関係者から納得を得られていない。
そして、観光都市・伊東市にとって芳しくない情報として、今年半年間に伊東市を訪れた観光客が大幅に減少したことである。これらを踏まえて行き詰ったままの現状を打開するためもあって、有志市民らが市役所を訪れ、田久保市長の辞職を要求する1万158人の署名を市長に提出した。市の人口35,681人からすれば、市民の内3人強にひとりが辞職を望んでいることになる。市役所職員の下にも市民から苦情の電話やメールが寄せられ、対応に当たる職員も苦慮している。
今伊東市にとって最大の問題は、今年度の補正予算を組む予定が、調整が済まず議案も提出出来ないことである。市内全域に亘って影響が及んで来て、その最大の責任者である市長自身の身勝手な行動と未熟さ故に市政が滞っている現状である。一応の方向は決まったが、市としては大分遅れを取った市政を今後どうやって取り戻すのか。それはすべてポスト田久保市長に掛かってくることであるが・・・。
伊東市には「いとう子どもミライ会議」なるものがあるそうだが、これに出席した高校生が他の市の高校生から「伊東市の住民ですか?それはご愁傷さま」と言われたとぼやいていた。市長を選出する際にも、よほどその人となり、特に行政能力を見抜いて、投票する責任が有権者にはあるということを知らしめたサプライズ事件である。
6684.2025年8月31日(日) 軽薄な大手新聞の記事誤報
一昨日の本ブログに批判的に取り上げた、27日付読売新聞が報道した国会議員による公設秘書給与不正受給の誤報について、読売は当該記事の間違いにより誤解され迷惑を被った衆議院議員から強い抗議を受け、読売は謝罪したと伝えた。実際に勤務実態のない公設秘書の給与を不正に受領していた日本維新の会・参議院議員は、直ぐに党から除名され本人も昨日議員辞職した。当初秘書給与を不正受給したと間違って伝えられた同じ日本維新の会の池下卓衆議院議員は、読売から謝罪は受けたが、心情的にはとても許すことが出来ないようである。そして、当の読売は昨日の朝刊で誤報を謝罪し、その原因について経緯を細かく伝えたようだ。このように人を傷つけるような記事は、新聞社サイドとしてはくれぐれも気を付けて絶対に止めて欲しいものである。昨日も暑かったので、日没後にウォーキングがてらコンビニで読売朝刊を購入しようと思ったが、すでにコンビニには他の新聞も残念ながらほとんど残っていなかった。しかし、今朝の朝日に詐称の対象者違いに至った原因と読売編集部内の誤報の経緯について書かれていた。
誤報につながった原因として、担当記者の思い込み、確認不足、社内のチェック機能が働かなかったことなどが挙げられている。メディアには起こり得る誤報であるが、これほど大きな間違いではなくても、新聞などにはしばしばケアレスミスを見つけることがある。私自身以前に間違いを指摘したことが何度かあるが、その都度記事執筆者を含めて居直られたものである。自分たち「プロ」が自信を持って執筆した文章に軽々しくイチャモンを付けるなと言わんばかりだった。読者から執筆した記者へ直接苦情が寄せられることが少なく、自分は正しい文章を書いているので、外から余計なことを言うなとの思い上がりが強いせいであろう。他にも、ジャーナリストはあまり現場に足を踏み込まずに想像で文を綴る傾向に走ることがあることも、私の海外の現場体験で事実として知っている。それがうわっついた記事となる。今回の誤報はその意味で「大いに」と期待したいが、少なくとも「少しでも」反省することを期待している。
読売は今回の事件に関して社内処分を課したが、役員として処分を受けた2人の内、役員報酬・給与を2か月30%返上となった執行役員・編集局長の名前を見て、その役員が大学ゼミの友人の子息であることに少々驚いた。父親である友人も同じジャーナリストとして少なからずショックを受けているのではないだろうか。
いずれにせよ、メディアの誤報は広く拡散されて伝えられる恐れがあるだけに、余程慎重に扱い、2度と同じ過ちを繰り返さぬようくれぐれも留意して欲しいものである。