144.2007年10月5日(金) 元全学連書記長・清水丈夫さんの思い出

 今朝日経紙に連載中の「私の履歴書」を読んでいて、筆者、青木昌彦・米スタンフォード大名誉教授が書かれた執筆内容に目を惹かれた。60年安保闘争前後の全学連内部の様子とスタッフについて書かれていたからである。あの時代は、国をあげてマグマのような熱気が溢れ、若い学生、労働者は真剣に日本の将来を心配して安保条約改定に反対していた。いまの若い人たちには、情けないことにこういうエネルギーはないように思う。私自身あまり主体的に活動するということはなかったが、何度か討論会、集会やデモに参加した。青木氏も運動の過程で逮捕されたという。

 青木氏は56年東大現役入学というから、年代が清水丈夫さんとぴったり合う。その清水さんについて今日若干書かれていた。清水さんは、学生運動の元闘士で全学連では書記長を務めておられた。湘南高校ラグビー部の一年先輩だった清水さんとは、同じフォワードの一員として一緒にスクラムを組んでいた。私が浪人生活を送っていたころ、すでに全学連内で頭角を表し、詳しくは分らないままに先輩として一種畏敬の念を抱いていたものである。先鋭的な活動で、当時の学生運動の先頭に立ち、学生同志や仲間から敬われカリスマ性も漂っていた。

 私が2年浪人した後に慶應へ入ると、どこで知ったのか、同じ経済学部のクラスメートだった福島県出身のW君を通して、慶應日吉キャンパス内にオルグを作れとのメッセージを受け取った。長い浪人生活を終えたばかりでぼっ~としていたころだったので、その当時運動に積極的に関わることはなかったが、あれ以来清水先輩と直接接触はない。その後、先鋭的な活動面においてひた走りに走った清水さんは、東大籠城事件の際、官憲と和合した東大当局の学外排除により、東大構内から出たところを警視庁機動隊に、寄ってたかって押さえ込まれ逮捕連行された。それ以降清水さんの消息は杳として伝わってこない。

 私が多少なりとも、社会主義や、社会問題に関心を抱くようになったのは、大学ゼミの飯田鼎教授の指導に拠るところが大きいが、最初に社会主義に関心を持ったのは、清水さんを知っていたことが大きかったと思っている。

 断片的に伝えられる情報では、拘置所内で一心不乱に「資本論」を読み耽り、取調官や看守もいたく感心していたと聞く。妥協することは決してしなかった清水さんだが、あの優秀な才能と温かい人柄を考えると、あのままわれわれの前から姿を消してしまったことが残念でならない。

 清水さんの消息はいまもって分らない。ただ、ご実家が農家であったことから、私が長らく会長を務めていた高校ラグビー部OB会から各種の案内状を差し上げても、宛名不明で返送されてきたことがないので、ご実家にご家族、ご親戚がおられることは推察出来る。でも、どこかにおられるのであれば、何とか一度会って直接話してみたいという気持ちがある。

 清水さんと中学、高校で同級だった、近所に住むラグビー部の和田正温さんにも連絡をとったところ、懐かしがっておられた。やはりお会いしたいようだ。

 清水さんが強く反対していた60年安保条約改定の首謀者、岸信介元首相は機動隊を国会議場へ入れて法案を通過させた後に、所期の目的を果たしたとして職を辞した。その孫で「安保に反対する人は胡散臭い」とたわけたことまで言っていた、憲政史上最低の首相、安部晋三氏は、お坊っちゃま流に「ぼく、や~めた」と呆れた自己消去法で消えていった。

 それに引き換え、清水さんのフェイドアウトは、限りなく有能で温かく愛すべき人柄だっただけに、余計惜しい気がしてならない。

2007年10月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

143.2007年10月4日(木) 帝国主義国家・中国の拡大路線

 今年度の読売・吉野作造賞は、山本吉宣・青山学院大教授著「『帝国』の国際政治学」に授与された。いまグローバル化が進んだ世界で、「帝国」論が再び注目されている。著者はこの著書の中で、他国に及ぼす圧倒的な影響力が内政までかかわる場合を『帝国』と定義し、外交のみの『覇権』と区別していると朝日新聞・藤生京子記者は分析している。

 翻ってわれわれの学生時代には、目覚めた中華人民共和国は「中共」と呼ばれ、国民は毛沢東主義の旗の下に、ひたすら社会主義革命完全成就、帝国主義打倒のため前進あるのみとのスローガンを掲げ、アメリカ帝国主義は日中共同の敵と広言し、当時威勢の良かった日本社会党や共産党と組んで、過激なデモやプロパガンダを行っていた。

 その中国はいまどうだろう? ソ連のように社会主義体制が崩壊したのではなく、共産党が背後で操りながら毛思想を継承しつつ、徐々に資本主義的要素を採り入れ、行政府と党を並立させながら二頭制によって帝国主義国家体制を維持している。

 では、あれほどまでに毛嫌いしていた「資本主義」や「帝国主義」については、どういうスタンスで対応しているかというと、それがいまや中国自体が、帝国主義の甘い汁に毒され、資源豊富なアフリカやアジアへ進出し、資本主義の原理の赴くままに帝国主義的版図を拡大させているのだ。地下に眠る毛沢東は、この後裔たちの変革と所業をどう見ているだろうか。

 ビルマで殺害されたジャーナリスト、長井健司さんの遺体が今日帰還した。日本政府もビルマへの経済支援を削減すると公表した。ビルマ軍政の強圧的な統治には怒りを覚えるが、背後で糸を引いているのは、変身した帝国主義国家・中国であることは間違いない。

2007年10月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

142.2007年10月3日(水) ビルマ北部戦線の激戦を語る元日本軍兵士

 NHKが終戦記念日直前に放映した、ドキュメント番組を深夜(今早朝)再放送した。「兵士たちの戦争―密林に倒れた最強部隊・北部ビルマ」と題して、菊部隊生還者の証言と、当時及び最近の現地フィルムを編集した貴重なものだ。大東亜戦争の中でも、最も悲惨な犠牲者を生んだインパール作戦展開のため、中国から投入された陸軍第18師団(菊部隊)元兵士の証言は、赤裸々で胸を突かれる思いである。「殺されに行かされたようなものだ」「武器、弾薬、食料、医療品はなく、戦死者は道端に放っておかれた」「いまの若者は自由で何でも贅沢ができるが、われわれ世代はそんなことは出来なかった」「戦争が終わったとき、ほっとして助かったと思ったが、後方配置の人間(上官)は残念と言っていた。最前線の現場から遠ざかれば遠ざかるほど、そういう声が聞こえてきた」

 いまの世でもまさに当てはまる言葉ではないか。

 第18師団・菊部隊は、福岡県久留米で編成された部隊で勇猛果敢で知られていた。唯一菊のご紋章を使用されることが許された部隊である。4千人以上の兵士が戦い、そのうち3千人以上が戦死した。かつて、ビルマ戦跡巡拝団で菊部隊の人たちともご一緒したことがある。いまもインパール、コヒマ、フーコンなどの激戦地は山懐深く、少数山岳民族のゲリラが出没するという理由から訪問許可がもらえず、行けるところまで行って最短距離の地で跪いて、遥かインパール方面を遥拝して追悼していたことを思い出す。

 実は、このTV番組を通して証言していた5~6人の方の内、古瀬正行さんと大西清さんとは35年ほど前にビルマへの慰霊巡拝でご一緒した。その中で世田谷に住んでおられる古瀬さんは、上官から部下を13人連れていって戦えと言われたが、持たされた武器はたった6丁の三八銃だけで、死ねと言われたようなものであり、実際に13人全員が戦死されたと仰っていた。ご一緒したときにも伺った話だったが、この人たちにとっては、生涯憑いて回る辛い過去である。この世に生れて何の楽しみも知らずに死んだ、戦友が気の毒でならないと怒りを込めて声を詰まらせていた。

 ビルマに纏わる話はキリがないほどである。騒がれた国内のデモは軍隊の武力弾圧により封じ込められ、結果的に軍政の思い通りとなった。市民側に武器も組織力もないのが致命的で、現体制を脅かす要素は反って失われた。ビルマ人にとっては、前途にまったく希望の灯が見えない。いつまでビルマの軍事政権が継続し、国民は痛めつけられるのだろう。国内から民主勢力が立ち上がってくるのを待つのは、現時点では絶望的である。やはり国際社会の圧力がビルマの民主化を助ける唯一の方法である。その点では、中国を中心とするビルマ支援国が、国際社会と連携して軍事政権に圧力をかけないとビルマの民主化は期待出来ないだろう。国連特使ガンバリ氏にはもうちょっとガンバって欲しかった。首都ピンマナ(現ネピドー)から、ラングーンへ戻ってきたガンバリ特使は、幽閉中のアウン・サン・スー・チーさんと再び会ったようだが、公表された写真を見ていて、笑顔のガンバリ氏に並び、浮かぬ顔のスー・チーさんの表情が少々気になった。

2007年10月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

141.2007年10月2日(火) 盧大統領北朝鮮訪問。見事な月写真。巨人5年ぶり優勝

 韓国の盧武鉉大統領が陸路北朝鮮入りした。金大中大統領の訪問以来7年ぶりである。前回は南北双方ともに熱狂的なムードの中で行われた首脳会談だが、今回は双方ともに思惑があって、必ずしも全面的に拍手喝采というわけでもなさそうだ。しかし、前回の金大中氏の北訪問とは異なり、盧氏が陸路国境を越えた点に融和的な空気を盛り上げようとするプロパガンダ的な要素が窺える。

 小学生のころ朝鮮戦争が勃発して、当時の国境線だった38度線を南下越境した北鮮軍を、国連軍が押し返した戦闘状況は、子ども心にも随分興味を抱き、毎日新聞やラジオに結構夢中になっていたものだ。あれからもう60年近くなって、朝鮮戦争も遠くなりにけりである。

 残念ながら、北のボスがあの金正日総書記のうちは、何も問題は解決しないだろう。日本の拉致問題でもそうだ。一刻も早く金正日が政治の表舞台から消え去ることを望むのみである。

 今朝の朝日第一面の写真を見てうっとりしてしまった。先月1日に打ち上げた月探査機「かぐや」が撮影したハイビジョンカメラによる地球の画像である。いままでこれほどはっきりとした月の写真を見たことがない。上弦の地球というのだそうだが、天候も良かったせいか地球の半分近く、アメリカ南北大陸をきれいに捉えている。特に、南米大陸の西海岸線と太平洋の境界が鮮明に映し出されており、科学の進歩を目の当たりにした感じである。地球から約11万㎞の距離から撮影したのは初めてとのことだ。アポロ14号の月面着陸にも驚かされたが、今回駆使された科学技術の粋は、改めて日本の科学技術水準の高さを世界に証明したことになるのではないだろうか。世界的に大きく遅れをとっている、政治力と外交力も科学分野に負けず、もっと力を発揮してもらいたいものである。

 プロ野球セ・リーグで、巨人軍が5年ぶりの優勝を遂げた。子どものころからの巨人ファンとして嬉しさも一入であるが、最近では実戦はもちろん、TVでも観ることが少なくなった。優勝までマジック1になっていたので、今夜は偶々断片的に見ていたところ、9回裏に見事逆転勝ちで優勝した。めでたい、めでたい。ゼミの仲間、滝鼻卓雄くんが巨人軍オーナーになってから、一度も優勝してなかったが、まあこれでやっと彼も肩の荷が下りただろう。今度会ったらお祝いを言ってあげて、ともに喜びあいたい。

2007年10月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

140.2007年10月1日(月) 福田首相初めての所信表明演説

 殿のご乱心で休会していた国会が漸く再開された。いつも通り内閣総理大臣・福田康夫氏の所信表明演説だけでお開きである。どうして首相の所信表明の後に、国会論戦や、委員会審議をやらないのか、いままで不思議でしょうがなかった。いかなる組織の式次第、祭事、行事だって主役の挨拶だけで終わりというのは、国会以外にあまり聞いたことがない。特に忙しい選良が、わざわざ全国から日本の政治の中心・東京に集い、大事な国政を話し合おうという大切な場で、しかも莫大な経費を使ってほんの1時間足らずで散会というのは、税金の無駄遣いであり、あまりにも国民を馬鹿にしている。

 国会は、国家と国民の行方を左右する国権の最高機関である。議員には高い給料も支払っている。マス・メディアもどうしてこの悪しき慣習を止めさせるよう追求しないのか。国会議員は国会でもっと働くべきである。今国会でもせめて国費の浪費と言われないように、明日以降真面目に審議をやってもらいたいものだ。

 さて、福田首相の所信表明であるが、予想していたように期待にはまったく応えてくれていない。てんこ盛りのお題目ばかりで実行性がなく、抽象的で熱意がないステートメントだった。なによりも国家の最高責任者として、話す内容にパッションと哲学がないことが致命的だった。評判の悪かった安倍前首相の言葉、「美しい国」「戦後レジームからの脱却」とか、「憲法改正」のような、ぴんと来る言葉が発せられれば、ことの善し悪しはともかく目指すところや、理念らしきものが多少は伝わるのであるが、それはまったくない。そつがないのも程度問題である。加えてボキャ貧のせいか、「自立と共生」など、ついに民主党小沢党首が言い出した言葉までパクッている。役人が書いた原稿を棒読みしているので、面白みも盛り上がりもまったくない。予想されていたことではあるが、程度の低さはこの国の政治家の本質と実像を具現しているからではないか。元々こんな程度だと割り切って大きな期待をせずに選挙で、部分修正を迫るより方法がないのかと絶望的にすらなってしまう。明日以降の国会論戦はどんな具合になるのだろうか?

2007年10月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

139.2007年9月30日(日) 沖縄の「集団自決強制」を教科書から削除

 昨日、戦争末期の沖縄戦における「集団自決強制」に関する削除について、歴史教科書検定意見の撤回を求める沖縄県民大会が宜野湾市で開かれた。独自に集会を開いた先島諸島の自治体を除く、全36市町村の首長が参加した。主催者の予想を遥かに超える11万人もの県民が参加した。同時開催された、宮古、石垣の郡民大会にも6千人が参加したという。

 ことの始まりは、高校日本史の教科書において、沖縄戦で住民の集団自決に関する記述で、文部科学省が「日本軍に強制された」の表現に修正意見をつけ、今年3月にその記述を削除していたことが明らかになったことにある。文科省の言い分の根拠は、ひとつは、「軍の命令があった」とする意見と否定する資料がある。もうひとつは、自決を命じた元軍人と遺族が否定したというものである。

 これまでに、自決を命じた元軍人や、集団自決の現場にいた多くの人が、すでに集団自決の悲惨な事実を証言している。それに当時の戦況下ではよほど強制的な命令でもなければ、これほど残酷な自決などは有り得なかったとの現実味を帯びた声がいくらもある。客観的な状況からしても、有り得たとする方が自然であろう。また、事実としても命令による集団自決自体は現実に起きた。例えば、昭和20年3月下旬から4月にかけて、大集団自決と称せられる事件として、渡嘉敷島(300人以上)、座間味島(約130人)、伊江島(100人以上)、読谷村(約80人)がある。多くの人々が寄り添う集団には、強いリーダーがいた筈であり、そのリーダーが軍人、またはその命令履行者であったことは明らかである。それを一件もなかったかのような表現にして歴史を改ざんしようというのか。これこそ、事実を隠蔽し、歪曲することになり、後世に汚点を残しはしないだろうか。

 なぜ文科省は、敢えて強い反対の声があるのを承知のうえで、「軍の命令による集団自決は有り得なかった」という表現に拘るのか。文部官僚には、戦争や戦闘現場の経験者はいない。ましてや、遠く離れた沖縄戦の悲惨な場面を体感として知っている者は皆無である。一方戦場となった沖縄の人々には、家族を亡くし、戦闘場面を目にした人たちも大勢いる。忘れたくても忘れられない残像なのである。ひとつは、ここに文部官僚と御用学者、そして戦争体験者である沖縄人との間に、前者の仕事上恣意的に出される結論と後者の本音及び真実の間に横たわる決定的な温度差がある。

 昨日会場には、予想の2倍以上の11万人以上の人々がほとんど全島からやって来た。これはもう完全に沖縄の、否国民の世論である。案の定、執筆者の中からも記述訂正の声が挙がってきた。

 一般的に世の中が安定してくると、右傾化の流れになる。いまわが国が安定しているとは、必ずしも思えないが、それでも周辺諸外国を見回してみればいい方だ。右傾化を志向するのが時の流れなら、それも止むを得ない。しかし、事実を隠蔽することは、国が率先してやってもらっては困る。もう散々国は国民を騙してきたのだから。

 さて、ビルマは好ましからざる方向で、連日のデモ騒ぎが収束しつつある。新聞の見出しでは、「軍政、デモ制圧宣言」「デモ、散発的に」「民主化機運、また封殺―軍事政権揺るがず」「ミャンマー市民沈黙」と書かれ、またもや軍事政権側の勝利という結果に終わりそうで残念だ。民主化はまた、遠のいた。その最大の理由は、ビルマ人の温和な性格から推して、騒ぎを起こすような気持ちなんか元々なかったからである。止むに止まれず立ち上がったが、厳しい弾圧で死傷者が出るとこれ以上の被害者を出したくないというビルマ人らしい温和な気質が災いして、思い切って壁を乗り越えられない。そのうえ、武器は一切持たず、武力ではとても政権に対抗出来ない。ともかくこれで、また軍政による圧制、軍上層部の贅沢、そして市民の貧窮は続き、当分先の展望は開けないだろう。ビルマ国民に同情の念を禁じえないし、ビルキチの私にとっても辛い。

2007年9月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

138.2007年9月29日(土) ビルマ情勢はいよいよ難しくなった。

 ビルマの騒擾が世界的な関心を呼んでいる。今日も日本の高村外相が国連総会で、ビルマを手厳しく非難し、ビルマのニャン・ウィン外相に対してカメラマン殺害の件で直接抗議し、陳謝された。国連もビルマ担当特使をビルマへ派遣することになった。それにしてもこれだけ報道管制が敷かれていながら、カメラマン長井さんの殺害シーンがリアルに写されているのは、極めて珍しい。高村外相が至近距離からの射殺だと憤慨したのも頷ける。

 日本のビルマに対する批判がやや弱いのは、中国の対ビルマ戦略を意識しているからに他ならない。いま中国は、世界中で資源エネルギーを買い漁っていて、アフリカではスーダンのインフラ整備や、石油掘削に対する経済援助に伴う支援は群を抜いている。それだけならまだしも、ダルフールにおけるスーダン政府の住民弾圧、虐殺行為に加担して世界中の顰蹙を買っている。

 一方アジアでは、その中国が軍事独裁国のビルマに対して、経済支援を連綿と継続中である。実は、中国にはひとつの戦略的な狙いがある。隣国ビルマの豊富な天然ガスを始めとする鉱物資源に目をつけているからだ。中国は陸続きに石油輸送用のパイプラインの建設を進めている。日本に対するビルマの対応は悪くはなかったが、民主化に逆行する政策を打ち出してから、日本は経済援助を人道的支援だけに制限した。以来、両国関係は以前ほど良くなくなった。これに対して、中国は他国の批判などあまり眼中になく、自国の利のみを考えている。ここで、中国がビルマ擁護の立場に立ち、日本が国連の経済制裁に加わったら、益々日本との外交関係が疎遠になり、ビルマ国内のエネルギー開発において遅れをとるのではないかとの懸念が日本側にはある。

 さあどうするか。外交手腕に疑問符の福田首相のお手並み拝見である。

 明日で、今年度上半期も終わりとあって、NHK朝のドラマ「どんど晴れ」が終わった。朝食をとりながら日課のように毎朝結構楽しませてもらった。重要場面で民話の子、「座敷わらし」がすっと出てくる。また、主役・夏美の弟の名を「智也」というが、おかしなもので、偶々朝日新聞夕刊の連載小説が、荻原浩作「愛しの座敷わらし」といって、登場人物にも弟役で「智也」が登場する。作者同士が示し合わせたわけでもなく、偶然の一致かも知れないが、こんなことも同時並行して起こるのかなあと不思議な感じがする。

 このところあまり良好な関係ではない、NHKと朝日新聞のコラボレーションが面白い。

2007年9月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

137.2007年9月28日(金) ビルマと日本相撲協会はどうなる?

 20日に東京医療センターで受診した、大腸の内視鏡検査の結果を、今日専門医から説明を受けた。いつも感心するのだが、大腸の映像が局部的にきれいに写っている。その写真を1コマ1コマパソコンで説明していただけるので、大変分りやすい。検診結果は、それほど心配するには及ばないということで、やれやれ一安心である。ただ、毎回内視鏡検査の度に、「憩室」が多いと指摘される。今日も実際に「憩室」を見せてくれたうえに、小さなポリープもひとつ教えてくれた。ポリープは良性なので、現時点では心配は要らないとの所見だった。血圧についても相談したが、普段から測るようにしないと本当の血圧が分らないとの説明に納得。実は、11月にチベットへ行こうと張り切っているが、少々血圧が上がり気味なので、海抜5,000mを超えることがちょっと気になっていた。もう少し時間をかけて考えてみようと思う。

 心配していたビルマ情勢が、いよいよ風雲急を告げてきた。昨日射殺されたカメラマン、長井健司さんは当初流れ弾に当ったと報道されたが、実は近距離から治安部隊に狙われて胸を撃たれたという。ブッシュ大統領は怒るし、欧米のマス・メディアは非難轟々だし、日本もソフトに抗議した。今日のマス・メディアはビルマ情勢一辺倒で、北朝鮮の各施設稼動停止を求めるための6カ国協議もどこへやら、影が薄い感じである。日本の旅行会社も予定のツアーをほとんど取り消した。品川のビルマ大使館の前では、在日ビルマ人が民主化と軍政反対で気勢をあげている。かつて、何度もお邪魔したところだし、懇意にしていただいた駐日大使、ウ・チ・コー・コーさんとの思い出も多い。

 ラングーン(現ヤンゴン)の街頭も随分映像に映り、シュエダゴン・パゴダやスーレイ・パゴダも懐かしい。しかし、各社とも常駐の特派員を置いておらず、主にニュース源はロイターの配信なので、各テレビ局の映像も似たり寄ったりで臨場感が乏しい。その映像や記事についても、軍政はジャーナリストを追放しようとしているし、インターネット回線の停止措置をとったとのことで、これから臨場感のある現場の映像やレポートが消えていくのではないだろうか。後ろにいる中国、ロシア、インドの支援と対応がいやらしい。今日の新聞切り抜きは大きなもので、12枚になった。

 大相撲で6月に一人の犠牲者を出した。入門間もない17歳の力士を稽古?で殺してしまった。嘘がばれて数日前から行過ぎた稽古と問題になっていたが、ビール瓶で額を殴った時津風親方にしても、北の湖理事長以下の相撲協会幹部にしても、ほとんど他人事で無関心に近く、きちんと説明していない。仮にもひとりの若い命を奪ってしまったのだ。まったく無責任であり、こんないい加減な親方日の丸の財団組織なんか解散させるべきだ。本件についても、遺族はただ泣き寝入りするしか術がないように見える。朝青龍の謹慎問題にしても、師匠の高砂親方の未熟な指導と対応が問題になったばかりではないか。また、同じようにお粗末で手際の悪い対応を繰り返している。

 今日、北の湖理事長が渡海文部科学大臣にいやいやながら謝罪したが、謝る相手を間違えてやしませんか。最初に謝罪すべき相手は、17歳の青年力士の両親であり、遺族ではないのか。こんな常識もなく思いやりに欠ける、文科省掌下の財団法人・日本相撲協会は、解散して出直し、運営を民間のマネジメント会社へ任せた方がよほどすっきりする。

2007年9月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

136.2007年9月27日(木) ご先祖の墓石脱魂の儀式

 檀家である中野の宝仙寺墓地で、古い先祖の墓石の脱魂の儀式を行った。近藤家の墓を守っているのは、明暦年間の初代から数えて兄が八代目に当る。私は次男なので本家を継ぐわけではないが、出来ればこの墓の空いている場所に自分の墓を建立したいと考えていた。兄弟の了解もとりつけたので、昨年から話し合いを始めたが、時間が割けなくなって、しばらく頓挫していた。

 今日午後宝仙寺の僧侶に古いご先祖の墓石二基にお経をあげていただき、ご先祖の魂を抜いていただいた。この後立ち会ってくれた石屋さんに、魂を抜いた墓石を処分していただくことになる。私の生前墓は十二月に完成するということなので、それを待って整備された近藤家の墓地内に建立し、儀式を行うことにした。

 こういう儀式は初めての経験なので、戸惑うことがあるが、自分の人生にとってひとつのけじめであり、残る家族に先行きの心配をかけないためにも必要なことである。幸い地理的にも近くて交通も便利なので、将来的にも息子たち子孫が参拝に来れなくてお墓を粗末にするようなこともあるまい。お墓を建立した途端、安心してぽっくり逝かないようこれからも健康管理に気をつけなければいけない。

 さて、気にかかっているビルマ情勢だが、お坊さんのデモ隊に業を煮やした国軍が、お坊さんの寝込みを襲い、宿泊所からお坊さんを拘束して、連れ去ってしまった。何とも荒っぽい兵士たちである。これでは益々収拾がつかなくなる。

 各国ともにビルマ情勢を憂慮して、ビルマ政府に過激な行動や弾圧を慎むよう圧力をかけていたが、毎度のことながら中国とロシアが国連の制裁決議に反対して、効果の薄い安保理議長の非公式声明に留まってしまった。

 今日になって軍政府の締め付けは、軍隊がデモ隊に発砲し、ついに日本人カメラマンが死亡する極めて危険な事態となった。朝刊、夕刊、テレビの報道番組は軒並み、ビルマ情勢を伝えている。明日以降も当分の間ビルマから目が離せなくなった。

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135.2007年9月26日(水) 福田内閣発足はともかく、ビルマの政情が心配だ。

 昨日衆参両議院で首班指名選挙の結果、参議院に優先する衆議院で指名された自民党福田康夫新総裁が、内閣法により内閣総理大臣に決定した。今日任命式と認証式を終えて正式に福田康夫氏が、わが国の第91代首相に就任した。昨日すでに閣僚が決まったが、ほとんどが留任で変わり映えのしない、皮肉を言えば、実に実直な福田氏らしい布陣となった。

 安倍前首相のご乱心に始まり、その後首相代理を置かなかった危機管理能力と国政の停滞、国民無視は、日本人はおろか世界中の失笑を買った。前途にいろいろ問題を抱えているが、今回醜態を曝け出した、国家の統治者が欠けるという事態だけは、止めてもらいたい。どこの組織でもトップがいない組織なんてない。中央政府だけ、トップなしでいられるのは、政治家の無能と国民の寛容心のおかげである。しかし、こんな馬鹿な事態は二度とあってはならない。

 日本の政治が迷走している間に心配していたビルマ情勢が一層険悪になってきたようである。例によって内政不干渉宣言をした中国を除き、国連人権委員会、及びほとんどの加盟国が非難したり、追加経済制裁をほのめかしている中で、ブッシュ米大統領が、ミャンマーと呼ばずにビルマと敢えて呼んでいたのが、印象に残った。この国に愛着を抱く人は、現軍事政権が改名したミャンマーという呼称を好まず、元のビルマと呼んでいる。旧日本軍人は例外なくビルマと呼び、私もビルマと呼んでいる。今日、遂に軍はデモ隊に対して催眠銃を使用し、すでに5名の死者を出したという。この先どうなるのだろうか。心配でならない。

 昨日の太田道灌公の「追憶の碑」儀式の記事が毎日新聞外のマス・メディアに紹介されたと、わざわざ「江戸城再建を目指す会」鈴木武朗理事がFAXを送って下さった。

2007年9月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com