充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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6631.2025年7月9日(水) 天皇・皇后両陛下、モンゴルへ公式訪問
去る6日から天皇・皇后両陛下が、初めてお揃いでモンゴル人民共和国を国賓として公式訪問されている。昨日は、雨の中を広大な沃野の小高い丘の上に、2001年日本政府が建設した立派な「日本人死亡者慰霊碑」に慰霊参拝され、亡くなられた方々のご冥福をお祈りになった。その場で父親を亡くされた88歳の女性と見慣れた懐かしい男性が両陛下のお言葉を聞いておられたが、その男性こそ水落敏栄・日本遺族会会長で、ほぼ半世紀前に厚生省の戦没者遺骨収集事業に関わっていて、20年以上も毎年のようにともにサイパン島へ渡って収骨作業に関わった遺族会のスタッフだった。敗戦によりソ連領シベリアに強制的に抑留され、多くの日本兵や民間人が強制労働と飢え、寒さのために犠牲になった。約60万人が抑留され、その内5万6千人が死亡したとされている。とかく目がシベリア方面にばかり向くが、モンゴルでもシベリアから移送された抑留者が約1万4千人いて、その内1,700人が亡くなられた。
モンゴル大統領ご夫妻による歓迎式典では、天皇はモンゴル語を交えて挨拶されたり、国交35周年記念コンサートでは、天皇はステージに上がり馬頭琴オーケストラとともにビオラを演奏されて、とても和やかな雰囲気の中を万雷の拍手を受けられていた。今回は8日間と比較的長い滞在であるが、両国の友好関係が一層緊密になるよう努めておられる。
さて、数日前の新聞に航空会社と鉄道会社が、現場で動きやすいようにと現場の作業員が革靴やハイヒール以外に、スニーカーを履くことを認めると書かれていた。一般的にオフィスの服装としては、とりわけ営業関係では、相手に失礼でなく、見苦しくない服装を心掛けるよう求められている。私の場合は、新入社員として鉄道会社へ入社後見習い駅員を1年半務めた時、会社や駅から制服を貸与され革靴については、特に注意されるようなことはなかった。ただ、当時改札係を務めながら降車客から使用済みの切符を受け取っていたところ、不正乗車客が結構いることが分かった。中には、それらしいと目を付け乗客に問い質すと、しばらくして、「ばれた!」と思ったか、不意に逃げるお客がいた。そこで、追いかけやすいようにそれまで履いていた革靴をスニーカーに代えて改札口に立っていた。不正乗車の降車客もまさか駅員が追っかけてくるとは思ってもいなかった。ところが、逃げる途中で追いかけて来る私の姿に一瞬驚き懸命に走った。それを追いかけ、観念させて不正乗車客として扱ったものである。
大体駅員が追いかけるのを見れば、大人しく非を認め謝罪するものだ。だが、それでも若い男の中には、捕まったら大変だという意識と逃げ切れるという自信があったのだろうか、その駅員時代に3件ばかりスニーカーを履いて不正乗車客を追いかけ捕まえたことがある。
一つ目は、交番の前を走って逃げたが、大きな声で「ドロボー!ドロボー!」と連呼しながら追いかけたせいで、交番からおまわりさんも飛び出し一緒に追っかけた。これには不正乗車客も諦めて、大人しく降参した。残りの2件は、いずれも大学生だった。2人とも改札口から追いかけて背後から得意のタックルで倒した。やはりスニーカーは軽く動きやすいので、業務上もあまり気を遣わないで済んだ。
久しぶりに新入社員時代の駅員を懐かしく想い出した。
ただ、天皇・皇后の公式行事中に少々非礼なエピソードを書くことになってしまって、若干後ろめたい気分である。
6630.2025年7月8日(火) トランプ大統領のやりたい放題
持って回ったような口の利き方をするトランプ流の関税に関する書状を、トランプ大統領が石破首相に宛てて送った。従来の10%の対米輸出関税について有無を言わせず25%に引き上げるというもので、書状では日本が関税政策や、トランプ氏の誤解に基づく貿易障壁のせいでアメリカが大きな対日貿易赤字を抱えることになり、25%の関税ではまだ不十分だと言い日本に対して不満を漏らしている。仮に日本がアメリカに対して関税を引き上げるなら、アメリカはそれに25%を上乗せするという高圧的な要求である。書状の中で韓国と日本は、アメリカの同盟国の中で別格であるようなお世辞を言いながらも、日韓両国に対して容赦なく25%を突き付けている。
日本がこれまでアメリカの要求や言いなりになって貿易外でも大分協力してきたが、その点を配慮することもなく、己の主張を押し付けるばかりである。これは明らかにこれまでアメリカに追随し、賛成出来かねる言動に対しても渋々賛成させられ、それがアメリカにとって大きな救いとなったお陰で、日本は常にアメリカの要求に従ってくれると都合よく考えているようだ。これまでの日本の外交姿勢が問われるところでもある。
この対米関税問題が仮に終結しても、日本を従属国と見てアメリカは今後も次々と「アメリカ・ファースト」の過大な要求を突き付けてくるだろう。その最大の関心事は防衛費である。すでにNATO諸国に無理やり2029年までに国防費のGDP比5%を受け入れさせた。それを日本にも要求する可能性が強い。取り敢えず、防衛費のGDP比3.5%を求めてくるだろう。その後に日本の米軍駐留費の負担増額を申し出てくる。この米軍の費用なんてアメリカ軍の駐留兵士の数を減らせば、済むことである。彼らの戦略上の机上のプランを修正すれば、事足れることである。それを自らは負担せず、増える経費を日本に押し付けようとしている。これは日米安保条約以来、日本政府が日米同盟関係で言うべきことを言わず、アメリカの言い分だけを飲まされてきたからである。
アメリカの臆面もなく図々しいところは、他人のふんどしで相撲と取ろうとする点である。アメリカ政府の対アジア戦略に基づいてアメリカが計画した作戦にかかる経費は、本来ならすべてアメリカが負担すべきである。それを日本の防衛のためであると都合の好いことを言いながら日本に負担を求め、それが漸進的に増額させている。ドイツや、イタリアにおけるアメリカ軍の駐留費用は、日本のそれに比べれば遥かに低額で、制約も少ない。それに比べて日本はアメリカの言いなりにさせられているのである。日米地位協定などという日米平等の考えを言いながら、その実態はアメリカ軍の日本国内における行動はかなり一方的で羽目を外している。特に、基地外の米軍兵士の行動、女性への性暴力問題などで基地周辺の日本人が多くの迷惑を被り、同時に基地からPFASという無色のガスを無断放出され、地域の住民の安全な生活まで脅かしている。
日本政府は、次の土俵では関税問題と切り離して、じっくり日米問題について対等に話し合うべきではないだろうか。現状はあまりにもアメリカ側の言い分を受け入れ過ぎだと思う。今日愚かなトランプ・シンパのネタニヤフ・イスラエル首相が訪米し、トランプ大統領に今年のノーベル平和賞に推薦したと持ち上げたところ、本人ももう平和賞は4,5回もらっても好いくらいだと満更でもないようだった。日本はトランプ氏に対して、我が儘を言わせず、率直に日本人のアメリカ、及びアメリカ人に対する感情、印象を伝えて、対等の日米関係にすべきである。もし、それがだめなら小さなことから日米関係の絆を細めることも考えた方が良いのではないかと思う。
今日も暑い。東京都内では昨日35.6℃を記録して今年初めての猛暑日となったが、今日はそれを凌ぐ35.8℃で連日の猛暑日となった。これもトランプ旋風のせいだろう。
6629.2025年7月7日(月) 七夕は、おとぎ話と戦争と関係あり
今日は七夕である。1年に一度7月7日の今日、織姫と彦星が天の川を渡ると出会える特別な夜のことである。中国から伝わった風習も取り入れられた日中合作のおとぎ話になっている。本来旧暦に則っていて、現代なら8月7日に当たり、夜空には天の川が良く見える日であるが、残念ながら新暦ではまだこの天の川は見ることは出来ない。
今日は、令和7年7月7日というラッキーセブンが3つも重なるトリプル・ラッキーセブンの日であり、きっと何かラッキーなことに見舞われるかも知れないとつい期待したくなる。
ところが、歴史を振り返ってみると、7月7日は決してラッキーセブンではなく、むしろ歴史的には忌まわしい1日だった。私が生まれる前年の1937年の今日、あの盧溝橋事件が起き、旧日本軍は中国大陸へ進駐し日中戦争が始まった。そして大日本帝国は太平洋戦争へのめり込んで行った。日本の暗黒時代に入った日とも言えよう。海外では他にも忌まわしい事件があった。戦火が拡大し、8月15日の終戦1か月前の1945年の今日、帝国陸軍が進駐していたビルマ(現ミヤンマー)のインド人集落カラゴン村で陸軍第33師団歩兵第215連隊による住民大虐殺事件が発生した。日本軍とビルマ憲兵隊が、村民を英印軍と通じたスパイと判断し、彼らを拷問して637人を殺害したとされる。戦後ラングーン(現ヤンゴン)で開かれたイギリス軍によるBC級戦犯裁判で、首謀者らは絞首刑など厳しい判決を下された。
ビルマには30年間に30回近く訪れ地方の旧戦跡地へも出かけ、ビルマの人たちとも楽しい交友関係を続けていたが、このカラゴン村事件や、その土地についてはまったく知らなかった。数回訪れたことがあるモールメンから50㎞ほどの土地のようだが、現地でこの事件については耳にしても良さそうなものだが、ついぞ聞いたことがなかった。この事件については、第215連隊が群馬県高崎市で編成されたせいであろうか、地元高崎市内では事件について地道な研究が行われているという。
今年は終戦80年という記念史的な年でもあり、今朝の新聞にも全面広告で日本原水協より意見広告が掲載され「被爆80年 私たち被爆者は日本政府に核兵器禁止条約への参加を求めます」と、長崎被爆者で被団協の田中熙己氏と広島被爆者のサーロー節子氏が被爆者の立場からごく当然の意見を述べている。
終戦の年は、アメリカ軍の本土攻撃が大分激しくなったが、七夕の今日は「七夕空襲」があり、千葉市、甲府市、清水市、明石市にかなりの焼夷弾が投下され、一晩で2千人以上の人が亡くなった。その残り火のせいか、今日も暑く、都内では35.6℃で今年初めての猛暑日となった。全国的にも岐阜県多治見市で38.8℃を記録し、これは今年国内の最高気温である。
いずれにせよ、七夕が戦争との呪わしい関係で思い出されては残念で、折角子どもたちにとって童謡に唄われた「たなばたさま」のイメージが台無しである。このカラゴン村事件を忘れるために、子どもたちが愛唱する歌詞を書いておこう。
♪ささの葉さらさら のきばにゆれる お星さまきらきら きんぎんすなご
ごしきのたんざく わたしがかいた お星さまきらきら 空からみてる♪
6628.2025年7月6日(日) 食料品の消費税は、10% or 8%?
参議院選挙が公示され、各党も候補者の主張をはじめ、所属政党党首が応援に駆け付け選挙戦も賑やかになってきた。今回選挙の公約で、自民・公明の与党は、物価高騰の折国民一人当たりに2万円の給付金他を支給することを訴えている。その一方で、各野党は与党の2万円支給は「バラマキ」と非難し、物価高騰に当たり消費税減税・廃止をアピールしている。偶々昨日野田立憲民主党代表の街頭演説のニュースを観ていたところ、食料品の8%の税率の税軽減を訴えていたことに、アレっ?と首を捻ったところだった。
実は、お恥ずかしいことだが、食料品の税率が8%であることを知らなかった。すべて10%だとばかり思いこんでいた。2019年から税制改正の実施により全般的に8%から10%に引き上げられた。但し、飲食料品と定期購読新聞代については、8%の軽減税率が適用され、複数税率となった。この軽減税率という言葉が、実際と簡単にリンクしないのが悩ましいところである。その8%の対象品目は、食品表示法に規定する食品はOKで、人が食べることができるすべての飲食物である。しかし、酒類は除外される。それにしてもペットボトルの飲料水は8%だが、ホテルなどのルームサービスは適用外で10%と素人には分かりにくい。
そもそも消費税は原則として国税であるが、飲食料品については、国税と地方税に分かれていることは知らなかった。すべて国税だと思い込んでいた。現在10%の消費税は7.8%が国税に、残りの2.2%が地方税として納入される。その内飲食料品の消費税は、それが、飲食料品のような軽減税率8%になると、国税は6.24%で地方税は1.76%に引き下げられる。消費税減税と言う時に、国の原資がとかく議論になるが、正確には原資は国と地方の財源である。簡単には結論が出せない問題である。
改めて消費税を学ぶことになったが、同時に身近な消費税の内容をよく承知していなかったことは、少々恥ずかしい。心すべきことだと思っている。
さて、今進行・準備中であるが、2021年に上梓した拙著「八十冒険爺の言いたい放題」の英語版電子書籍の発行に向けて、最後の詰めを行っている。
実は、拙著を日本語の分かる何人かのアメリカ人が、これはアメリカ人が読んでも興味深いので、普通のアメリカ人が読めるよう英語版を出版してはどうかと出版社に要望があったそうである。そこでその話が著者である私に持ち込まれ、悪い話ではないと考え承諾した。その際英訳はどういう形で行うのか尋ねたところ、初校は今話題のAIが英訳し、その後で英文に精通した編集者がチェックするという話だった。最初のAI英訳版が出来あがり、目を通したところ、とても私の意に沿って適切に翻訳されていない箇所があまりにも多く、とてもAI訳は当てにならなかった。そこで、出版社に話をして、アメリカ在住が長く英文翻訳書を何冊か出されている大学ゼミの後輩女性にお願いし、同時に彼女のイギリス人の友人にも手伝ってもらい英文翻訳原稿を仕上げて出版社に送って、現在最終調整をやってもらっているところである。多分発行は8月になる。
一応期待はしているが、表紙なんかは原書とは全く異なってしまった。タイトルも上記のものが次のように随分変わった。
‘THE REBEL GRANDPA~Across Frontlines and Faultlines-One Man`s War Against Complacent Journalism ~’
期待半分、不安半分である。
6627.2025年7月5日(土) ダライ・ラマの生まれ変わり「輪廻転生」?
中国の迫害を恐れて母国チベットを逃れ、インドの北部ダラムサラにチベット亡命政権を樹立したチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世が、一昨日後継者選びに関する声明を発表した。後継者は、自分の死去後に自分の生まれ変わりを探して決める「輪廻転生」の制度に則るべきだというものだった。「輪廻転生」とは、仏教用語だと信じているが、現実にこの言葉をチベットで最高指導者自らが今まで通り実践しようということに納得させられた次第である。従ってラマ14世は自分の後継者が誰になるのか、生前には自分には分からないということになる。
ただ、ラマ14世をチベットから追放した形となった中国政府としては、ダライ・ラマの影響は極力避けたいために、輪廻転生による後継者は中国政府が承認する人物でなければならないとラマ14世の言葉に反発している。ラマ14世が即位したのは1940年で、14世がまだ幼かった4歳の時だった。こんな幼少児に指導者としての先導はとてもできるものではないと思うが、爾来14世は90年近くに亘りチベット仏教界の指導者、牽引者として崇められてきた。1951年中国共産党軍が不意にチベット自治区へ武力侵攻したことによって、1959年チベット動乱が発生した際に、チベット民族の自治権を中国政府に奪われたラマ14世はチベットから脱出しインドへ逃れ、インド国内にチベット亡命政権を樹立した。その後ラマ14世は、チベット解放運動で非暴力を貫いたと国際的に高く評価され、ノーベル平和賞を授与された。このノーベル平和賞受賞についても中国政府は、何かと内政干渉だと非難する有様で、中国とラマ14世、チベット亡命政府の間には、わだかまりは消えず、このままでは亡命政府はそのままインドに留まることになるだろう。ただ、ラマ14世は明日6日には90歳の誕生日を迎えるので、残りの人生もそう長くはない。中国政府が現在のチベットや新疆ウィグル自治区、香港で行ってきた非民主的行動、高圧的な支配及び管理などを考えると、仮にラマ15世が誕生しても、チベット人のチベット人によるチベット人のための国造りは、見果てぬ夢になりかねない。
現在中国国内に住むチベット族は、6~7百万人と推定される。その内子どもの数は、約百万人とされ、彼らは中国が管理する寄宿学校で学習しているが、中国語による授業がほとんどで、チベット語による言語や文化を学ぶ機会は大分減っている。
2006年にチベットを訪れたことがあるが、その折チベット自治区の首都ラサの大昭寺境内で大勢の信心深いチベット人が五体投地という地面に臥してお祈りをしている姿を珍しく感じたものだ。ポタラ宮殿内の質素なラマ14世執務室などの見学を終えて、宮殿前広場へ出てくるとチベット人の五体投地の近くに、突然大勢の中国軍兵士が戦車に乗って姿を現したのにはびっくりしたことがある。何やら落ち着かない空気が流れていたが、その3か月後の07年3月にまたもやチベット動乱が勃発した。中国政府は、今後も引き続き、チベット民族の住むチベット「自治区」を強圧的に管理して一切統治、支配を手放そうとはしないだろう。ラマ14世の管理、指導するチベット自治政府が復活することは、難しくなったのではないかと残念に思っている。
さて、昨日の本ブログでアメリカ独立記念日に際してトランプ政権へ最後っ屁を放ってやったが、そのトランプ自慢の「一つの大きく美しい法案」に対して、下院で反対演説を9時間近くぶった民主党のジェフリーズ氏はこう言っていた。「一つの大きく醜悪な法案」だと。