充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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6927.2026年5月1日(金) メーデーに際し、今の若者の考えと言動を想う。
今から74年前の今日皇居前広場で「流血のメーデー」と言われた学生らと警官隊との衝突が起きた。サンフランシスコ講和条約が発効して僅か3日後のことである。デモ行進により集まった市民3万人と3千人の警官隊が衝突して2名が亡くなり、2千人以上の負傷者を出した。
これは本来労働者による第23回メーデーの集会の筈だった。主催者が皇居前広場の使用許可を申請したが、政府は認めず、このため神宮外苑で行われることになった。神宮外苑から解散地の日比谷公園までデモ行進を行っていたが、日比谷公園へ近づくにつれデモ隊の動きが激しくなり、一部の参加者が皇居前広場へ流入し、暴徒化して警察隊と衝突する騒乱事件となった。戦後最大級の労働運動流血事件となった。
私も若かりし頃は、メーデーのデモに参加したことはあるが、あの当時と比較して今では、労働運動も下火となり、学生らはあまりデモに参加する気配が見られず、全般的に熱気が冷めている。あの頃は、労働運動の主流は、旧国鉄労働組合の国労と国鉄動力車労働組合の動労だった。学生の中心はもちろん全学連だった。多くの労働組合をまとめていたのが、所謂「総評(日本労働組合総評議会)」で、賃上げを求めて毎年春に春闘と言い、産業ごとに大小のストを試みていた。その中で社会へ一番強い影響を与えたのが、国労と私鉄総連の電車ストだった。特に国鉄のストは社会的にも影響は計り知れず、大学入試の季節とも重なり、受験生も頭を痛めていた。
今では、かつての総評に替わって全労が主導権を握っているが、今ひとつその行動は迫力に欠ける。その分社会全般に荒波のように押し寄せる迫力が失われている。その点で保守系の政治団体にとっては、御しやすくなったのではないだろうか。
社会学者の仁平典宏・東大教授は、学校教育で「多様性」や「対話」を学んでリベラル化した筈の若者が、先の衆院選では保守的な自民党を選択したと指摘している。同時にルールの厳格な運用を求める意識が高まっていることも原因ではないかと考えておられる。若い世代の「ルール遵守」は、教育関係者が若者に接しているとある程度理解できるという。昔はあまりなかったが、細かいルールを真面目に守り、同時に人にも守ることを要求する傾向が見えるという。
しかし、これでは若者たちは、保守的な行動を取るようになっていくだろう。ルールは守る。これは当たり前のことである。だが、ルールも時代に合わなくなって時代遅れのまま社会に置いて行かれる運命にあり、「ルール遵守」に拘り過ぎると時代とは合わなくなってくるのではないか。時代への適応性を失ったルールは、作り替える必要がある。その意気とエネルギーを失ったら、極端に言えば、人は世間に取り残され「生きた屍」とも成りかねない。
そういう意味では、現在の若者らの現状維持志向は、社会にとって発展の阻害要因とも成りかねないと思う。それを考えると現在の若者らの保守的傾向は将来にとってマイナスになると思う。
6926.2026年4月30日(木) お世話になった方の「お別れの会」
今日は早くも4月のつごもりである。1年の1/3が過ぎ去ったわけである。
今日、丸の内の東京会館でサラリーマン時代に仕事上大変お世話になり、2月2日に亡くなられた方の「お別れの会」が開かれ、出席した。享年94歳だった。ステンレスの中間卸業会社を長年に亘り経営し、業界の会長を務めるなどしてステンレス業界では、かなり名が知られ活動されたA氏だった。私がA氏と知り合ったのは、旅行業界に務めていた当時、海外の工場視察旅行などを計画、斡旋、添乗業務でお世話になったからである。特に、海外のステンレス業界の現場見学という特殊な視察旅行でお世話になったことである。アメリカ、ブラジル、南アフリカ、ヨーロッパへの業界視察団をまとめてくれ、私が添乗員として同行するというパターンで普通では訪れないような都市を訪れ、現地のステンレス会社・工場の現場を視察した。そのお陰で、アマゾンを訪れたり、南アの金鉱山地下1,799mまで潜ったり、世界3大瀑布のヴィクトリアの滝の水を被ったり、ブルートレインで南アを縦断する経験もさせていただいた。まだ続いていた黒人差別のアパルトヘイトを生々しく実感することもできた。
A氏の仕事面とお人柄に人間的な奥深さなど感じて、敬意を抱いた次第である。氏は平成16年には、国から旭日小綬章を受賞された。そのお世話をしていただいたA氏がご高齢とは言え、亡くなられたのはショックだった。
実は今日の「お別れの会」の概要を知らされず、広い宴会場では大勢の人がおられたが、A氏の会社の知り合いは少なくなり、残念ながら今日はひとりも会うことがなく、会場でひとりA氏の写真が飾られていたので見ていたり、スクリーンに映されるA氏の生前のインタビュー画面を観ながら立食をして頷いていたものだ。そして1時間以上も立ち続けていたために、少々疲れを覚えてまだどなたも挨拶もされない内に、会場を失礼した。
実は、この東京会館は、結婚式場などでは名門のひとつで、事実弟もここで式を挙げている。ここでは、これまで芥川賞、直木賞の受賞式や記者会見が開かれたことがある。そのため毎年日本ペンクラブが年に1度の総会を開いていたのもここだった。2015年にリニューアル工事に入り、4年後の2019年に3代目東京会館として再デビューを果たした。地上12階、地下5階建てだったが、リニューアル後は、隣の老朽化した富士ビル、東京商工会議所ビルと東京会館ビルの3つの建物が合体して、地上30階建て、地下4階の高層ビルとなり「丸の内二重橋ビル」と名付けられた。東京会館は、本業が宴会場、結婚式やレストランなので、今日の会場内の雰囲気でも全体的な会の運営でも手慣れた感じだった。
以前にA氏の鎌倉のご自宅を訪ねたこともあるが、A氏が1度拙宅に立ち寄られたこともあり、その時玄関に掲げられていた絵画のひとつであるミヤンマー人の著名な画家が描いた川べりで洗濯する女性の画を大分気に入っていただいた。その時は差し上げる気なぞなかったが、その後私も好みの画だったが、A氏に差し上げようと考えたまま実行しなかったことが悔やまれる。
6925.2026年4月29日(水) 「昭和の日」が平和であり続けられるか。
今日はゴールデン・ウィークの初日「昭和の日」である。かつては昭和天皇の「天皇誕生日」としてお祝いしていた日である。1989年昭和天皇が崩御されて「天皇誕生日」は「みどりの日」となった。だが、その18年後の2007年「みどりの日」を「昭和の日」に変更し、「みどりの日」は、5月3日「憲法記念日」と翌々日の5日「こどもの日」の間の4日に入れて、そのまま「みどりの日」となって今日残っている。
それにしてもどうして格別の支障もなく収まっていた「みどりの日」を、「昭和の日」に変更までやったのだろうか。「激動の昭和時代(1926~1989年)を振り返り、復興を遂げた歴史を顧みて国の将来を考える日」と歴史的な意義を重視したとしているが、中国大陸へ侵攻して日中戦を起こし、太平洋戦争へのめり込んだ結果原爆による被爆国となった悲しい過去の歴史を偲ぶ思惑もあったのではないかと思う。ところが、今日自宅周辺を3㎞余ウォーキングしたが、1軒として国旗「日の丸」を掲げている家はなかった。この限りでは昭和は益々遠のいてしまったような印象である。
昔話になるが、戦前は「天皇誕生日」を「天長節」と呼んでいた。明治天皇誕生日を「明治節」と呼び、いかにも天皇制国家であることを象徴していた。私は終戦の年に国民学校へ入学したので、まだ戦後しばらくは戦時色の習慣が残り、新年、紀元節には学校でそれぞれの歌を歌い、そして天長節には「天長節の歌」を歌ったことをおぼろげに覚えている。
♪今日の吉き日は 大君の 生まれたまひし 吉き日なり~♪
戦後「天長節」が「天皇誕生日」へ、そして「みどりの日」へ、加えて私の誕生日でもある「明治節」は「文化の日」へ変更され、暦の上で天皇制との関係は感じられなくなった。それが昭和天皇への敬愛の要素を含む「昭和の日」が制定されたことにより、戦争の匂いが残る昭和時代を想い出すようになった。今日も政府主催で日本武道館において天皇・皇后両陛下ご臨席の下に「昭和100年記念式典」なるものを開いていた。昭和時代を国民に馴染ませようとしている思惑が窺える。。
現在高市政権は、憲法改正を目指しながら、「昭和の日」を利用して少しずつかつての保守・右翼社会への復帰を目指しているように思える。
さて、「昭和の日」の行事の一環として、春の受勲で3,969人の人びとが受賞した。中でも最高の名誉ある賞とも言うべき「旭日大綬章」受賞者は、ほんの10人しかいないが、その大半の7人が元内閣の大臣である。他には元最高裁判事1人、元知事2人である。民間人は誰もいない。民間から政治家に対しては何のご褒美もないので、国が政治家にできるだけ殊勲賞を与えようと考え政治家に賞を授賞しているような印象が強い。結局政治家にならなければ、国からご褒美はいただけないということが分かる。
6924.2026年4月28日(火) 日本はNPTに真剣に取り組むのか。
東京株式市場の日経平均株価の終値が、昨日初めて6万円台の60,537円となった。終値が6万円を上回ったのは実に初めてである。最近でもこれまで取引途中で6万円を超えることは何度かあったが、終値が6万円を超えることはなかった。
ということは、その株価だけを見れば、景気は良いということになる。だが、アメリカ軍のイラン攻撃によって石油価格が急騰し、それが他の物価にも大きく影響して全体的に物価高騰となり、生活環境は厳しくなるばかりで好景気感がない。原油価格の高騰の影響下に比較的小さい人工知能(AI)・半導体関連銘柄が、全体の株価を引っ張ったと見られている。更に広い銘柄を含む東証株価指数(TOPIX)も続伸したが、上げ幅は0.5%で日経平均株価ほどは上がっていない。東証プライム市場で値下がりした銘柄が半数以上の53.2%を占め、AI・半導体を中心とした4割強の銘柄が全体の株式を押し上げる効果を示したと思われる。
いずれにしても「6万円! 6万円!」と空騒ぎをするほどのことはない。景気は依然としてパッとしないのだから。
さて、今日から国連では1970年に発効した核不拡散条約(NPT)の再検討会議が約4週間の予定で開かれている。ロシアのウクライナ侵攻やアメリカのイラン軍事攻撃など地球上から核不拡散の動きは薄くなるばかりである。冒頭にグテーレス国連事務総長が演説したが、その後の副議長選でイランが選出されたことにアメリカが反発し、穏やかでないスタートとなった。最も世界中から期待されている被爆国日本から高市首相以下、主要閣僚は出席せず、政府代表者として国光文乃外務副大臣が派遣され、「NPTという国際協調の枠組みをより強固な形で次世代に引き継げるよう、その維持・強化が必要だ」と訴える意向だ。唯一の戦争被爆国として国際社会における被曝の実態への理解を広めたい考えで、国光代表自身学生時代に広島で過ごした経験を話し、そのうえで長崎の永井隆博士らを紹介するという。
しかし、唯一の被爆国である日本政府はNPTで主導的立場に立とうとの気持ちが弱く、会議の焦点である最終文書も採択されるかどうか不透明である。すでに、過去2回(2015、2022年)連続して採択できなかった。
会議開催に先立ってその前日世界の平和団体のメンバーら約300人がニューヨーク市街地で戦争反対と各廃絶を訴えるパレードを行った。日本からはノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)や、原水爆禁止日本協議会(原水協)などが参加した。彼らが掲げたプラカードには‘NO more HIROSHIMAS NO more NAGASAKIS’と書かれていた。固有名詞である「広島」と「長崎」が複数になっていたのは、広島と長崎をもう2度と繰り返さないと言う意味ではないだろうか?
残念ながら今の高市政権は、アメリカの核の傘の下にいるので安心とばかりトランプ大統領に追従して、NPTにあまり前向きな姿勢を示していない。
6923.2026年4月27日(月) 山林火災はその地域だけの問題ではない。
昨晩トランプ大統領に関する驚くべき、しかしまたかというニュースが入って来た。私も1度宿泊したことのあるワシントン・ヒルトン・ホテルにおけるホワイトハウス記者会主催の夕食会で、武装したひとりの男が侵入し発砲した。大統領はシークレット・サービスに保護されて会場から無事出ることができた。男は発砲して職員に傷を負わせたが、その場で取り押さえられた。夕食会は直ちに中止されたが、実に2,600人も出席していたという。
トランプ大統領が狙撃、或いはその直前で狙われたのは3度目で、この他にもマイアミの別荘に容疑者が侵入した事件がある。アメリカでは銃の所持が認められているので、大統領ともなると容易に命を狙われることがある。今回の容疑者は、工科大学を出て専門学校で講師を務めていた所謂インテリである。よほど大統領の言動が腹に据えかねたのではないだろうか。特に、最近のトランプ氏の言動は、世間一般の常識ある人びとから歓迎されるようなものではない。同じようなトラブルを再び発生しないことを願うだけである。
さて、昨日の本ブログに記した岩手県大槌町の山林火災は、一向に鎮火の兆しが見えない。学校や住宅地にも延焼し、新たに同じ町内の長井地区に避難指示が出されている。道路も一部通行止めになっている。
去る8日に山梨県上野原市と大月市にまたがる山林で発生した火災は、発生から17日目の24日に漸く鎮火となった。他の地域でも随分山林火災が発生している。福島県喜多方地方でも山林火災があった。また、新潟県長岡市山古志に昨日午後発生した火災は降雨のためほぼ鎮火となった。また、同県魚沼市でも旧スキー場で発生した火災は今朝未明からの雨で火の勢いは収まり、まもなく鎮火状態になるという。
それにしても今年は山林火災が各地で度々発生している。従来は火災発生と同時にその地域や、場合によっては近隣の消防隊の支援により消火対策を立てていた。しかし、これほどあちこちで火災が頻発し、多くの消防隊員を動員して鎮火までに日数を要するようだと、先日も提案したように国として火災対策について組織、並びにシステム的に国が関与して体制を整備すべき時に来ていると思う。被災地区では住民たちは気になりながらも傍観視するだけだったが、どこの自治体も自衛隊を含めて自分たちの問題として、この山火事鎮火について考えるべき時ではないかと思う。
今夏は炎暑の「酷暑日」が予想され、地球温暖化傾向は益々我々に身近な問題となってきた。今年はこれから山林火災発生のニュースも度々耳に入ってくるのではないだろうか。
更に本来なら冬ごもりで地上に姿を見かけないクマが、冬の合間に早くも地上に姿を現し、最近では街中へ出没して人を襲っている。警察官が襲われたくらいである。東北地方などではしばしば日中から路上にクマの姿を見ることになり、身の安全のためにこちらも警察の指導の下にクマの駆除を行っているが、住宅街に歩き出したりすると人が襲われるケースもあり、地元ではどうすべきか頭を痛めている。
どれもこれも従来はその地域の問題と決めつけていたが、他の地域に影響が及ぶようだと、放っておけない。広域的に取り組み解決すべき問題だと思う。