充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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7004.2026年7月17日(金) W杯で想い出すフォークランド紛争
今世界中で熱狂的な話題となり注目されているサッカーW杯の準決勝、アルゼンチン対イングランド戦が一昨日行われ、アルゼンチンが2-1で逆転勝ちして20日の頂上決戦でスペインと対決することになった。
朝刊スポーツ欄の片隅に写真入りで小さな記事が載っていた。それはアルゼンチンの南極に近い海上に浮かぶ小さなフォークランド諸島を巡る領有権に関する話題である。イギリスが19世紀にスペイン領アルゼンチンから強引に奪い取ったが、1982年3月アルゼンチン軍がこれを取り戻すために上陸して紛争となり、同年4月両国軍の戦闘が始まり、6月にイギリスが勝利宣言して紛争は一応収まった。この当時やや支持率が低迷していたサッチャー首相は、この戦争で人気を取り戻した反面、アルゼンチンのガルチェリ大統領は失脚した。
偶然にも44年前のこの戦争の真っ最中に、文部省の教員海外研修団に同行して、マンチェスター市に滞在していた。テレビでは連日両国間の戦闘が伝えられ、息子を戦争で喪った母親が涙交じりに悲しみをぶつけていたことを今でもよく覚えている。
しかし、今以ってフォークランド紛争のしこりは残ったままである。実は、アルゼンチンはイギリスにサッカーでは勝った。だが、試合後アルゼンチン選手が、「マルビナス(フォークランド諸島のひとつ)はアルゼンチンのものだ」と書かれた横断幕を掲げた。現時点ではFIFAはアルゼンチンに対して特別の処分を課してはいないが、アルゼンチンは過去のW杯でも同じような行動をして、その際罰金が課せられた。恐らく大会終了後にアルゼンチンに対して何らかの処分が行われるであろう。
この問題は根が深い。1833年以降島民にイギリス系の人たちが多いギリスが島の領有権を主張していた。2013年に実施された住民投票は、イギリスの海外領土として留まることを、99.8%もの圧倒的多数の住民が望んだ。こういうイギリス領土に至ったこの事情では、中々アルゼンチンの近くの島であってもその領土権を収めるのは至難である。その辺の事情をあまり配慮せず、かつてのフォークランド紛争を知らない世代の選手たちが、領有権をアピールしても思い通りには解決しないと思う。
戦後旧ソ連が残酷にも日本人をすべて国外追放して自国領土化した樺太をサハリンとしてソ連領としたのとは、大分事情が異なる。しかし、戦争自体と戦争による略奪行為や残虐行為などは、後世に至るまで心に傷を負わせるような未解決の問題として後世の人々にとって癒しがたい問題を残すことになる。改めてW杯から難しい問題を教えられたように思う。
さて、このところ天候の変化が甚だしく、今年の夏の天候は些か異常ではないかと思っている。今日は予報通り午前中から激しい降雨があり、そこへ雷鳴も轟いた。気象庁の発表によれば、今年は地球温暖化の影響により、平年を上回る極端な猛暑と記録的な大雨の頻発が顕著になるという。これは国内ばかりでなく、欧米でもフランスやドイツ、スペインなどでは40℃前後の高温に国民も我慢できそうになく異常な現象が起きている。住みにくい世の中になったものである。
7003.2026年7月16日(木) 財産はひとりで稼げるものではない。
先月22日の朝日「天声人語」欄に興味深い話が載っていた。かのアメリカ人実業家イーロン・マスク氏の世界一の資産に関する信じられないような実話である。世界一の資産とは、日本円にして何と「176」の後に「0」が12も付く、ざっと176兆円にもなるという。176兆円といえば、世界最大の国家予算を計上しているアメリカの年間予算に匹敵する金額であり、日本の年間国家予算である約122億円を大幅に上回る。マスク氏は「億万長者」どころか、「兆万長者」であり、「毎日約100万ドル(1.6億円)使っても、使い切るのに3千年以上かかる」と言われ、これでは縄文時代から毎日1.6億円使わなければ使い切れない計算になるという。驚くような大金である。アメリカでは、上位1%の富裕層がアメリカ全体の3割以上の富を握っており、富裕層と他の国民の資産の極端な差は構造的な不平等を感じさせるというのが筆者の見解である。
それにしても新興のIT産業で成功し、あっという間に大富豪にのし上るような夢物語は地道にコツコツと仕事に勤しんでいる労働者には、想像もつかないことである。生真面目に働いて勝ち得た給与には有難みを感じるが、あまり肉体を使うことなく帳簿上に多額の資金が増えていくのを見て労働の尊さなんて分かるものだろうか。マスク氏は、一時トランプ大統領にも気に入られ、政府内に居座ったこともある。まったく努力をしなかったわけではなく、また濡れ手に泡で手にしたお金ではなく、並外れた才覚や努力は認められるべきだという声がある一方、オランダの経済学者イングリッド・ロベインス氏が「財産上限主義」とも言える、富にリミットを設ける大胆な考えを提唱している。
それは富を手にするにしても、他の存在なくして経済活動はあり得ないというものである。経済活動は、公共在、科学技術、インフラ、社会制度などがなければあり得ない。サッカーでゴールしても必ずしも1人の手柄ではないのと同じだという。ロベインス氏は上限の目安を16億円にするという。それを超過した富は、医療や貧困対策などに再配分すればよいとの考えである。まぁマスク氏から猛反発があることは間違いないだろう。
ロベインス氏の考えは実現は難しいだろうが、中々ユニークで納得させられる点もある。
さて、サッカーW杯も終盤になり、今朝未明に行われた準決勝の第2戦で前回優勝のアルゼンチンがイングランドに2-1で逆転勝ちし、20日の決勝戦でフランスを破ったスペインと対戦することになった。準決勝4チームの世界ランクは1~4位までであることを考えると、FIFAのランク決定はかなり最近の実力を正確に捉えている。
ついては、来年FIFA会長選が行われるが、インファンティーノ会長が3選目を期して立候補の意思を表しているが、トランプ大統領にFIFA平和賞を贈呈したり、先日のW杯アメリカ戦でアメリカ人選手の退場、次戦欠場処分についてトランプ大統領の要求を受け入れ、同選手の次戦出場を認めたり、主催者らしからぬ不法な対応に対して各国から強い批判が出ている。実際ドイツ・サッカー連盟が再選を支持しないと書簡への署名を拒否した。さて、どういう結果になるだろうか。
7002.2026年7月15日(水) アメリカの横暴な振る舞い、世界を席巻
またも世界のお騒がせ男・トランプ大統領が世界中から顰蹙を買うような言葉を発した。このところイランと、停戦やホルムズ海峡解放で一応合意していたが、実効性が懸念されていた昨日アメリカはホルムズ海峡通航の船舶に対して積荷の20%もの通航料を徴収すると一方的に宣告し、トランプ大統領は「アメリカはホルムズ海峡の守護者」になると正義の味方でもあるかのような柄にもない宣言をした。ホルムズ海峡は国際的通航路であることは世界が認めていることであり、通航料金を突然一方的に徴収する権限はどこの国にもない。それをアメリカはあたかもホルムズ海峡が自国の領海であるかのように振る舞ったが、案の定世界の世論は直ちに厳しく反発した。ところが、1日も経たない今日になって、通航料はどこの国からも徴収しないと、また舌の根も乾かぬ間に主張を翻した。
大体アメリカは本国を離れて、遠隔地である中東のアラブ諸国に自国の基地を設営し軍隊を駐屯させて、周辺諸国を悩ませるような行動を何故に行うのか。アラブ諸国の米軍基地もイランから空爆を受け、飛び火で迷惑を被っているのは、米軍基地を提供しているアラブ諸国である。いずれ日本の米軍基地もどこの国から分からないが、そのばっちりを受け日本も空爆を受けることも考えられ、そうならないよう心より願うばかりである。
もうひとつアメリカが反国際的な発言をしたのは、戦争犯罪など人道上の重大犯罪を裁いてきた国際刑事裁判所(ICC)の解体を求めるとルビオ国務長官が述べたことである。もともとアメリカは世界125カ国が加盟しているICCには、当初より加盟していない。ロシア、中国、イスラエル、インド、北朝鮮なども加盟していない。ICCが個人を捜査・訴追する強大な権限を持っているが、そのICC自体をチェックする仕組みがないとの自己流の解釈と哲学のせいである。これには日本政府も頭を抱え込むことになるだろう。現在日本はICCに赤根智子所長を輩出している。更に日本は2007年にICCに加盟以来最大の分担金拠出国であり、発足以降判事を送ってきた。アメリカが今後加盟国にICC脱退を働きかけるそうだが、アメリカの最良の同盟国である日本に対しても、強く協調、つまり脱退を求めるだろう。日本は難しい立場に追い込まれることになる。重要な国際司法の場を失ってはならず、アメリカの要望は断るよう、アメリカ一辺倒の高市自民党政権としても、むしろアメリカを説得してICCを断固守り抜く決意を示してもらいたいものである。
また、アメリカは、国連の最大の資金拠出国であり、国連通常予算の約22%を負担している。それにも拘わらず、トランプ大統領は国連を批判し資金拠出を凍結し、国連分担金の一部に未納があり、国連の円滑な運営に水を差している。アメリカはすでに地球温暖化対策のパリ協定から離脱し、今年の地球上の灼熱化現象は、トランプ政権によるものだとの批判もあるくらいである。
トランプ大統領の方針に対しては、ヨーロッパ諸国も一様に批判的であり、日本はアメリカに舐められながらもアメリカから最高の同盟国とヨイショされているが、もう一度対米外交を見直し、対等な同盟国間になるよう考え直してみてはどうか。知らない間にアメリカの要望に従う素直な国に成り下がっていないか、考えるだけで不愉快な気持ちになる。
7001.2026年7月14日(火) 浪人生が減った? 元2浪生のつぶやき
今日はフランスでは一般的に知られている建国記念日「パリ祭」である。いつもなら日本でもそれなりにやや華やいだムードで報道されるが、午前中だけの感じではどこのテレビ局でも特別に報道していない。10日前の7月4日アメリカ独立記念日にトランプ・プロデューサーが仕掛けたバカ騒ぎに比べて、今のところ随分静かである。日本では、今日は1871年に廃藩置県が布告された日、「廃藩置県の日」として知られていたが、今ではあまり知っている人はいないようだ。当時は3府302県もあった。
ところで現在の1都1道2府43県から成る47都道府県が確立したのは、沖縄県が本土復帰した1972年である。実は国会で今大きな議題となっているのが、大阪府を本拠とする日本維新の会が提案した大阪副都心構想である。これには、大阪府知事吉村洋文・共同代表ら維新のあせりがある。これまでに2度も大阪市民を対象に住民投票を行いながらも2度とも否認された。それ故3度目の提案をしても住民から賛同を得られる確信がなく、維新として自民党と連合することによって議員立法として「副首都構想」を「大阪都構想」にしようとする目論見がある。国民民主党からも「副首都を大阪都構想実現のためのツールに使っている印象が拭えない」と批判的な声が聞かれる。先日副都心構想ならわが県もと福岡県も手を挙げたようだが、今福岡県は県議会で県議員間の贈収賄問題や、多額の海外旅行費用支出などで大揉めである。とても副都心問題に関わっている余裕はない。大阪都構想がどういう形で法案として提案され、どう決着がつくようになるか、興味はあるが、自民党としては公明党と手を切ったばかりで国家運営に多難が予想され、仕方なく手を握った維新の要望を受け入れざるを得なかったわけであり、必ずしも党内ではこの副都心構想に同調者が多くいるわけではない。もっと理詰めでしっかりとして構想を練って欲しいものである。
さて、話は一転するが、今日の朝刊の記事に、「少子化なのに・・・増えた浪人」なる記事が目を惹いた。18歳人口が横ばいなのに、浪人生が増えたという内容である。最近の大学受験試験制度が70年前の我々の時代のそれとは大分変っているので、理解することは難しいが、それでもなぜ浪人生が増えるのだろうと単純な疑問を抱く。その原因として、①大学入学共通テストの難易度が高くなったこと、②受け皿となるはずの私立大学への一般選抜の合格が難しくなったこと、があるとされている。
私も志望大学に不合格で2年間も浪人した。今思い出すと私の場合制度的にもやや難しい問題があった。1年間は片道1時間半もかけて予備校に通い、2年目は自宅で自学自習したものである。2年目も不合格だったが、父から3年も遅れると就職で苦労するので、浪人は2年限りで終えるよう厳しく言い含められた。更に、悩んだのは私が浪人した1958年度から数学の受験科目と範囲が変更になったことだった。これまで数学を「解析Ⅰ」「解析Ⅱ」「幾何」の3科目の内から2科目選択だったが、これが新制度では「数Ⅰ」「数Ⅱ」「数Ⅲ」に変更となり、2年間の浪人中はどちらの制度を選択しても良かったが、浪人3年目からは新制度で受験しなければならなくなり、現役生に比べて大分不利になることも3浪を諦めた理由である。
思い出しても浪人時代はあまり楽しい想い出がない。受験戦争では家族に心配と負担をかけて、私にとっては人生に1度だけの2年間の経験だったが、今もすっきりしないメモリーである。
7000.2026年7月13日(月) ブログを書き始めて連続7千回突破!
「辿りつき 振り返り見れば山河を 越えては越えて 来つるものかな」。
大学の卒論のテーマでもあった社会主義経済学者・河上肇の含蓄に富んだ言葉である。
私が何を言いたいかと言えば、今日「越えては越えて」漸く、このブログも7千回目という節目を迎えて一区切りついたと伝えたかったからである。河上肇のように、それほど厳しい山河を越えたわけではないが、それなりの苦悩もなかったわけではない。第1回を2007年5月15日に書いてから、今日まで実に19年2か月を要した。あとどこまで続けられるかまったく分からない。文章を書くことは元々好きであり、今となってはボケ防止に効果的だと思っているので、PCを叩けなくなったらお仕舞であるが、それまでは書き続けようと思っている。この間海外へも5回出かけたが、チベットでは夜行列車の中で書いて、ホテルへチェックインと同時にPCへアップした。毎日書き続けることにそれほど不自由はなかった。今後の大きな区切りとしては、1万回であるが、これにはまだ8年以上の月日がかかる。そのころには96歳になっているので、或いは冥界で続きを執筆しているかも分からない。それより、現実的に次のステップとしては、8千回を目指していこうと考えている。
執筆には、学校で国語なり、作文授業なりに恩師の指導が大いに力となったと思っている。小学校時代には、湯浅和先生に俳句をはじめとして日記、作文に随分アドバイスをいただいたし、高校では担任の新山泰先生が国語担当であったせいもあり、何かと知恵とアイディアを授けていただき、大学のゼミでは、飯田鼎教授に卒論をはじめとして、社会を見る目を養う読書を指導していただいた。
毎日書き続けられるということは、昔流に言えば「気軽に筆を執る」習慣が継続的に書くということになり、中学生時代から浪人時代を乗り越え、大学生になるまで毎日日記をつけていたことが大きな原動力になっていたと思う。書くことが好きだったせいもあり、友人らにもお構いなしに手紙を書いたり、外国人とペンパルになったり、年賀状は今も心を籠めて書いており、日常生活と執筆が身近だった。そうした行為がある程度文章を書かせることに繋がったのかも知れない。会社勤めの時代には上司からおだてられ、苦情に対する返事を書かせられることが度々だった。仕事面では、自分なりの豪華なツアーを企画し、その企画書や、パンフレット、しおり作成などに私なりの考えで観光地などの紹介文を書いて、顧客にもかなり評価してもらった。お陰様で自分流に仕上げることに上司も理解してくれ、文章を書くことにより得ることは多かったが、僭越だが、失うものは皆無と言っても好い。
幸い今では「エッセイスト」という肩書で、よく知った世界の観光地の紹介文など、NPO紙などに定期的に寄稿する機会を得て、自由気ままに文章を綴っている。気が向けばまだ自著を発行することも考えている。幸いなことに文章を書くということは、想像や空想だけで書けるものではない。どうしても資料を参考にすることが多く、その分新聞や雑誌に目を通すことも年中である。
今日の7千回をひとつのきっかけにして、今後もブログを中心に他に雑文も積極的に書いてみたいと考えている。