充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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7031.2026年8月13日(木) ヨーロッパで27年ぶりに皆既日食
今日日本時間の未明にヨーロッパで27年ぶりに皆既日食が見られたそうである。27年前の皆既日食と言えば、1999年8月11日にヨーロッパから中近東にかけて見られた20世紀最後の皆既日食として知られる。この年の皆既日食は、6月29日にイギリスで、7月22日にはヨーロッパ大陸で見られ、そして8月11日にも中近東で見られた。人口過密地帯を通過したため、人類史上最も多くの人々に観測された皆既日食とも言われている。ドイツの高速道路では、これを見るために道路上に停車した車の列が、数百㎞になったというから大変なものである。
私はその時ちょうどトルコへ出かける準備をしていて17日にイスタンブールへ着いた。その夜のことである。ホテルで疲れを癒して寝ていた最初の晩に、何と20世紀最後の大地震と言われる震度7.6のイズミット地震が勃発したのである。犠牲者は1万7千人だったが、どうしてこのような自然現象が重なって起きるのだろう。
今年のヨーロッパは40℃を越える地域や、酷暑の日が格別目立つ。ただ、皆既日食のように気持ちが涼しくなる現象なら由として、エアコン設備のある家庭はほんの僅かであると聞くので、暑さ対策を考えなければいけない。。
今世界では、南米のベネズエラに続いて、隣国コロンビアでも大地震が起きたばかりで両国ともに復旧作業に懸命である。日本でも熊本地震の復旧に忙殺されている。
その一方で、日本には同時に熱波と台風が襲っている。熊本では復旧作業に当たっている人たちの頭上から太陽の光が降り注ぎ、連日猛暑である。熊本市では、観測史上最高の40.3℃を記録した日もある。
今朝の「天声人語」に信じられない話が現実味を帯びて書かれていた。地球温暖化対策の「気候工学」の分野の話題である。二酸化炭素の削減が思うように進んでいない。地球の温暖化が止められないのなら、直接地球を冷やしてしまう研究が東大で進んで一部ではすでに実証実験が行われていると知り、目をパチクリさせられた。その実験というのは、成層圏に微粒子を撒き、人工的に薄い雲を作って太陽の光を反射させる。また、下層の雲の粒子を増やし、より白くすることで反射率を上げ、地球の温度を下げる手法もあるそうである。ただ、問題は山積みのようで、一部の地域を冷やすために作った雲が、別の場所で熱波を増やす恐れもある。これでは現実的ではない。
折角のアイディアではあるが、こんなことを考えるなら、一部の国が反対している二酸化炭素を生み出す排出ガスを削減する方が、問題が少なく簡素であると思う。自然現象が人類を悩ませているというより、人類が出来ることをやらずに難しいことを試行できるよう考えることに軸足を置いている。これこそ余程馬鹿げていると思う。結局人間は愚か者だということになる。
7030.2026年8月12日(水) 日航機御巣鷹山墜落事故から41年
昨晩茨城県南部に上陸した台風15号は、本州を真西へ進み今朝福井県敦賀市を通過して日本海へ抜けた。これまでなかった逆走という変則ルートで走り抜けたのである。台風15号は関東各地に激しい豪雨をもたらした。一難去ってまた一難とも言えるだろうか、今熱帯性低気圧が南方洋上に蠢いている。次の台風として16号の襲来が一時予想されたが、次第に東へ逸れて熱帯性低気圧に変わってしまった。だが、もうひとつ隠れた熱帯性低気圧が南に発生し、台風17号に変わった。これも現在小笠原諸島の東を北上し、その後進路を北西に変え、16日(日)には関東沖へ達すると見込まれている。元々8月は台風の発生が多いが、今年は特に大きな台風が日本各地を荒らしまわっている。
実は、お盆の時期でもあり、各地で花火大会や、お祭りなどの行事が予定されているが、当日になって中止になるケースが多く、関係者は事後処理やら予想外の出費に頭を痛めている。
さて、8月と言えば、太平洋戦争関連のニュースが多く聞かれるが、特に大きな航空事故があった。41年前1985年の今日、日本航空ジャンボ機が群馬県上野村の御巣鷹山中に墜落し、お盆の帰省客など520人が犠牲となり、単独機の航空事故としては世界史上最悪の犠牲者数となった。乗客の中には♪上を向いて歩こう♪のような世界的ヒット曲を飛ばした歌手の坂本九さんが犠牲になり、いつまでもその悲しみは後を引いた。幸い後部座席にいた女性4人だけが重傷を負いながらも助かった。
この時間に別の会社の蘭の展示会に関する会議で、関係の会社の人たちと打ち合わせていたところに、その会社の係員から事件を知らされ、帰社後にテレビで大きなニュースになっていることを知った。
その後遺体収容とか、遺物の捜索や遺族との対応などで日航では、勇退したOBらにも応援を頼み込んで人海戦術で作業に携わってもらっていたが、すでに退職した日航のパイロットで元陸軍航空隊隼戦闘機の操縦士だった知り合いも、日航から頼まれ捜索に当たっていたが、現場で随分多くの人から酷いことを言われたと嘆いていたことが印象に残っている。
日航機の墜落事故として忘れられないのは、日本の航空会社が海外で起こした初の墜落事故で、乗員乗客89名中86名が死亡した1972年年6月インド・ニューデリー空港で羽田発ロンドン行航空機が、夜間に砂塵で視界不良の中を堤防に激突した「日航機ニューデリー墜落事故」である。亡くなった日本人の中にインドでは知らぬ人もいないほど、インド人のためにライ病患者病院を建設し、多くのインド人の生命を救って知られたハンセン病専門医の宮崎松記医師がいた。今もアグラのタージ・マハールへ向かうストリートは、「マツキ・ミヤザキ通り」と名付けられ、大きく立派な案内板が道路脇に掲げられ、その突然の死が惜しまれている。
太平洋戦争犠牲者、航空事故犠牲者の方々のご冥福をお祈りしたい。
7029.2026年8月11日(火) 「山の日」に東方より台風襲来
今日は、最も新しい国民の祝日「山の日」である。丁度10年前にスタートした。その趣旨は、「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」だそうである。どうして今日が祝日「山の日」に決まったのかと言えば、「八」の字が山の形に見えることや、「11」は木が立ち並ぶイメージを連想させることから、今日「8月11日」に決まったそうである。
大学で山岳クラブ、会社でも山岳部に所属して随分長い間多くの山を登り、登山を愛するようになった。健康にも良かったと思う。一番印象に残っている登山は、大学2学年時にリーダーで4学年の先輩と同級生の3人で南アルプス全山を縦走したことで、今もその縦走と想い出は私にとって大切で得難い宝物である。その入口は東海道線金谷駅から大井川鉄道で寸又峡近くのキャンプだった。降り口は甲斐駒ヶ岳から辿り着いた中央線韮崎駅だった。東海道線から中央線まで3千m級の高山を上り下りしながら歩き続けて、テントに泊まり実に21日間を要した。その時大きな話題として覚えているのは、まだ登り出して間もなかった時に携帯ラジオで、2か月前に幼い慶應幼稚舎1年生を殺害した殺人犯が逮捕された「雅樹ちゃん事件」を知ったことだった。
残念ながら海外の山は、時間的にも登ることはなかったが、アルプス3大北壁の麓に宿泊して、スイスの素晴らしい山々を間近に眺め、その新鮮な空気をたっぷり味わえたことである。
ところで、また地震が起きた。気候もそうだが、地球の地殻もおかしい。実は、昨日南米のコロンビアでM7.4 の大地震が発生した。6月に隣国ベネズエラで起きたM7.2より大きく、ベネズエラでは死者が6.300人以上も出ていることを考えると、昨日の地震では現在死者111人以上が出ていることから、一層多くの死者が出るのは時間の問題だろう。テレビ画像を観ていると、ベネズエラ地震と同じような光景が写し出され、ビルがパンケーキ・クラッシュとなった倒壊の様子もよく似ている。「令和8年熊本地震」も発生以来丁度2週間が経った。相変わらず余震が止まず、停電は解決したが、断水は複数の市町で数万戸単位の状態が今も回復せず、熱波の厳しい中で今月いっぱい解決しないとの見通しである。コロンビアの復興もこれから一苦労であろう。
その他にも自然災害が襲ってくる。珍しく太平洋上から西方へ向かって進む台風15号は今日関東・東北地方を襲うようで、今夕には茨城県を中心に関東に上陸すると警戒を促している。都内も午前中は暑い陽気だったが、午後遅くなって降雨になるとのことで、午後直ぐウォーキングに出かけたら、案の定4時過ぎに雨が降り出してきた。このような太平洋から西へ移動する台風が辿るルートは珍しく、日本では1951年に統計を取ってから初めてだそうである。
さて、このところアメリカとイランのやり取りの応酬、それもトランプ大統領の要求は朝令暮改でくるくる変わっている。今注目を集めているのは、イランが停戦条件としてアメリカに突き付けた、アメリカの攻撃によって破壊された物損の保障を求める賠償金の請求である。これに対してトランプ氏は開戦以来亡くなった米兵全員に対する補償金の支払いを求めると言い、今協議はストップしている。
一方、イラン戦争の陰で目が逸らされているウクライナ侵攻は、ウクライナがロシア軍の攻撃を受けながらも、ドローンでロシア領内を攻撃し、また、ロシアも戦士の疲弊、減少からやや情勢は不利になってきた。プーチン大統領も外人部隊として北朝鮮兵士を受け入れているが、流石強気のプーチン氏の最近はやや精彩を欠いている。世論調査の結果、ロシア軍のウクライナでの軍事行動を支持するロシア人の割合は66%だった。まだ、支持者が多いが、開戦以来これは最低の水準であり、政府のウクライナ侵攻が少しずつ支持を失っているようで、プーチン大統領も思案投げ首のようである。プーチン大統領への国際世論の支持は元々低く、それに加えてロシア人からの支持も減るようでは、プーチン大統領の地盤も弛緩しつつあるということになる。
7028.2026年8月10日(月) ビルマ独立の父・アウンサン将軍像撤去
今朝の朝刊を見て驚いた。ビルマ(現ミヤンマー)建国の父とも言われ国民の間で広く尊敬されているアウンサン将軍の立像が、国中で相次いで撤去されているというニュースである。前国家最高顧問でノーベル平和賞受賞者であるアウンサンスーチー女史の父親でもある。第2次世界大戦までイギリスの植民地だったビルマは、進駐していた日本軍の協力を得てイギリスに対して独立闘争を戦い、その後支配していた日本軍から独立を勝ち取った。アウンサン将軍は戦時中日本にも滞在していたことがある。旧首都だったヤンゴンの大きな市場は、アウンサン・マーケットと呼ばれるくらいアウンサン将軍は人間的にも、その社会的行動も全ビルマ人の憧れであり、尊敬の的だった。
その娘スーチー氏も父親に負けず劣らずビルマ国民に敬愛され、常に民主化運動の先頭に立ち民主社会主義者として国のリーダーとなった。5年前まで国家最高顧問の座にいて、ミヤンマー民主社会主義国家の統治に当たっていたが、強権的軍部による軍事クーデターにより、政権は崩壊させられスーチー氏は身柄を拘束され、その後は・所在すら不明となった。国民の間にはスーチー氏の復活を望む声が強いが、絶対的権力を誇る軍事政権が国民の「アウンサン」家の高名と敬愛ぶりを許さず、スーチー氏再登場の期待は薄れつつあった。
今回のアウンサン将軍像撤去の背景には、アウンサンの名が国民から渇望されることを恐れた軍事政権が、一気に英雄一家の排斥を決意したのであろう。ヤンゴン市内と地方都市でアウンサン将軍像を見たことがあるが、それがなくなるとミヤンマーの人々の魂が腑抜けになるのではないかと懸念している。
先月19日、79年前のその日にアウンサン将軍が暗殺され、その日をビルマでは「殉難者の日」と呼ぶ祭日で、ヤンゴンではアウンサン将軍追悼式典を行い、ミンアウンフライン大統領・国軍総司令官も参列した。しかし、その場に娘のスーチー氏の参加を許さず、どうも軍の気持ちは軍部にとっても先覚者であるアウンサン将軍への対応がチグハグである。
それにしてもミンアウンフライン大統領が権力を握る軍事政権は、よほどアウンサン家の人々が煙たいのだろうが、「独立の父」を葬ろうとはあまりにも国民の気持ちを蔑ろにしていると思わざるを得ない。
さて、今熱波と台風の襲来で日本中が戸惑っている。九州地震ではまだ当分の間断水が解決せず、住民と避難している人々も酷暑の下で四苦八苦である。一方台風15号が発生したのは大分前だが、今頃になって東北地方の東方海上に居座って、珍しくも西方へ移動を初めた。このため東北、北陸地方が15号の影響を受けている。台風と言えば、マリアナ諸島周辺か、フィリピンなど南方洋上に発生することがほとんどだったが、15号のように太平洋上から日本本土の東北地方へ上陸するとは極めて珍しい。これも気候温暖化の影響だろうか?
ところで、今日甲子園の高校野球は、1回戦で優勝候補同士による対決となった。昨年夏優勝した沖縄尚学高対昨年春の選抜優勝校・横浜高校戦で、昨日まで閑散としていたスタンドも今日の好カードにほぼ満員と言っても好いくらいの人気ぶりだった。流石実力校同士の対決である。結果的には7-2で横浜が勝った。このまま横浜が優勝まで行くのではないだろうか。
7027.2026年8月9日(日) 81回目の長崎原爆平和祈念式典
3日前の広島に次いで、史上2番目の原爆が投下された長崎市内の平和公園で、今日午前10時45分から約1時間「長崎平和祈念式典」が開かれた。出席者は広島よりやや少ないが、世界98カ国と地域、及びEUと台湾の代表が出席した。長崎への原爆投下による犠牲者の数は、1945年末までに約7万人、その後の死者を合わせて約20万2千人である。
式典で挨拶された高市首相は、「我が国は、『非核3原則』を堅持しており、『長崎を最後の被爆地に』という誓いの下、『唯一の戦争被爆国』の使命として『核兵器のない世界』の実現に向けた現実的、かつ実践的な取り組みを推進しています。先般の『核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議』は、厳しい国際安全保障環境の下での開催となりましたが、我が国は、被爆地の方々の思いを伝えながら、NPTの維持・強化に向けた結束を各国に呼びかけました」と述べたが、相変わらず「非核3原則」を堅持していると本音ではない発言をしている。危ういものである。
2018年に国連総長として初めて出席したグテーレス国連総長が発したメッセージを、中満泉事務次長が代読した。メッセージは、「核実験禁止という国際規範も脅かされている。世界の軍事費は昨年2兆9千億㌦に達した。年々戦争のリスクが高まっている。例え、激しい対立の時代でも協力、進歩が可能であることは歴史が示している。長崎が示した核戦争の真の恐ろしさについての教訓に耳を傾ける必要がある。この81周年の記念日に、被爆者の勇気を言葉だけではなく、行動で称えようではありませんか。国連はこの目的を達成するため、皆さまとともに歩むパートナーとなることを切に願ってやみません」という内容だった。
鈴木史朗・長崎市長は、「長崎平和宣言」で「大国による力の支配が横行し、核軍縮に逆行する動きが加速していると危機感を表明し、『長崎を最後の被爆地に』するため、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向け、歩み続ける」と語った。
広島でもそうだったが、原爆を投下してこのような慰霊祭を毎年開催するようになったのは、アメリカのせいであり、平和を前向きに希求しようとしないアメリカは、グテーレス国連事務総長とは考えが異なり、今日も罪の意識は表さず、メッセージすら送って来なかった。
広島市のケースと同じように、2度と原爆は投下しないとか、核兵器は使用しないとか当然のメッセージは発せられるが、現実問題としては核兵器使用の一歩手前にまで追い詰められている。それは、核を保有国がなくす意図がないことが昨今の国際情勢から推察できる。国連の安保理事会5大常任理事国のアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国がすべて核保有国であり、核放棄を考えない以上核廃絶は残念ながら「夢のまた夢」と考えざるを得ない。被爆者も年々年を重ねて、平均年齢は86歳となった。式典には出席しているが、今年も高市首相と被爆者団体は会うことになっているが、被爆者から首相への発言は止められ、握手だけという決まりだそうだが、これではお互いに会う意味がないのではないだろうか。
このような状況から察すると、悲しいことであるが、再び核は遠からず使用され、広島、長崎以上の災禍が地球上のどこかで現実化するのではないかと思うとゾッとする。