充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
6811.2026年1月5日(月) 尾を引くベネズエラ大統領拘束事件
アメリカのベネズエラ急襲によるマドゥロ大統領夫妻拘束事件は、各国にも衝撃を与えた。その行為は賛否が割れ、世界中の世論を二分して大きな論争の種を撒いた。夜中にカラカス市街地へ銃撃したために一般市民を含めて80名以上が死亡したと言われている。基本的に他国へ侵入して大統領夫妻を誘拐するが如き行為は、どうあってもあまりにも非常識で国際法に違反しており、到底賛成は得られない。いかにトランプ大統領が、「力の平和」と言い国際平和のためだと言ったところで、平素のトランプ氏の言動から身勝手な行動であることははっきりしている。
ある大学教授のコメントによると、各国の受け止め方は次の4通りに分けられる。①賛成派、②懸念・慎重派、③批判・反発派、④糾弾・反米派で、その様相は昨今の戦争や制裁、貿易摩擦や移民問題などの課題を抱え、分断を深める一方の世界の姿を現していると言っている。
高市首相は、一応「懸念・慎重派」ということになっているが、アメリカの突き付けた「新モンロー主義」の新たな火種を前に、苦しんでいるのではないか。台湾統一を主張する中国に対して力で国を支配すべきでないと言っていたが、それではアメリカに対してもはっきり言うべきではないだろうか。アメリカに対しては言うべきことも言えず、すべてアメリカの言う言葉に従い、遂には、軍事力と資金をアメリカの要求通りに提供している情けなさである。これからトランプ大統領は、更に独自的で顰蹙を買うような非民主的行為に出ると思われるが、その都度日本はアメリカの言う通りに従うのではないだろうか。そこには、日本のためとか、日本国民のためという責任は、すっかり取り払われているに違いないと思う。
④「糾弾・反米派」には中国、ロシア、北朝鮮、イラン、キューバがあるが、今回キューバのグアンタモナ・アメリカ空軍基地を経由地として利用されたが、この点について基地返還を求めているキューバとしては、腸が煮えくり返るような気持ちになっているのではないだろうか。キューバが独立以来常にキューバ領土内の米軍基地の返還を求めているが、アメリカは一向に基地を返す気持ちがなく出て行かない。ベネズエラ攻撃は、当分決着が付くことはないだろう。
ついては、アメリカが以前から欲しがっていた領土に、トランプ大統領ははっきりとデンマーク領の北米グリーンランドの名を挙げた。このところ時々この話に触れていたトランプ大統領も、そろそろ正念場と思ったのか、力による行為で味を占めたと感じたのだろう、本国から遠いデンマーク領グリーンランド欲しさに本音を漏らしたような感がある。
ところで、今日から企業などは通常業務に戻ったと思う。今朝始まった東京証券市場大発会では、日経平均株価が3日ぶりに反発し、終値は1,493円高の51,832円となった。豊洲の魚市場では初競りがあり、大間の漁師が獲ったカツオが1尾5億1千万円の値が付いたそうだから、今年の景気は良いのかも知れない。
6810.2026年1月4日(日) 世界に衝撃!トランプ大統領の国際法違反
昨晩も降雪があるとの予報だったが、雪は降らなかった。そして今日は朝から気持ちの好い真っ青な快晴である。
さて、朝刊を開いてまたトップニュースに驚かされた。昨日トランプ大統領が国際法違反を冒してベネズエラの首都を空爆して、マドウロ大統領夫妻を身柄拘束したことを知ったのである。戦闘機など150機以上を投入して空爆し、卑しくも一国家の最高指導者夫妻の身柄を拘束するなんて野蛮で、国際法令上理解し難い行為には、呆気にとられている。ニュースはたちまち世界中の大きな話題となり脚光を浴びている。拘束されたマドウロ大統領夫妻は、今日ニューヨークに拘引された。
その発端は、1998年にベネズエラ反米左派のチャベス氏が大統領選で選出され、2013年にチャベス氏が死亡して、その後継者としてマドゥロ氏が大統領になった時である。選挙が公平性を欠いたとしてアメリカはマドゥロ氏を認めなかった。平素からマドウロ氏を非難していたトランプ氏は、ベネズエラのカリブ海上に米海軍艦隊を派遣し、違法な薬物をアメリカに密輸したとして、最近しきりに出入りしていたベネズエラ船舶を威嚇攻撃していた。
しかし、如何にこじつけを言おうとも、他国へ武力で攻撃し、その大統領を誘拐するが如き国際的違法行為は、断じて許されるものではない。トランプ氏の日ごろの言動からある程度は予想されたことであるにせよ、あまりにもベネズエラの権益を冒し、独立国であるベネズエラに土足で踏み込むような行為は、とても許せることではない。トランプ氏は常日頃自らの行動によって戦争を解決し、世界に平和をもたらすような自慢話を吹聴しているが、その本音は気に食わないことはすべてぶち壊すことのように見える。
ベネズエラは世界的に最大石油産油国のひとつとして知られ、トランプ氏としてはその権益には喉から手を出したい。それを麻薬の取引を撲滅するような言いがかりをつけながら、結局マドウロ大統領を拘束し、その後のベネズエラ国をアメリカが運営するというあくどい手を使おうとしている。
事件発覚と同時にグテーレス国連事務総長は、危険な前例になると憂慮している。EUはアメリカの武力行使に疑問を呈しているが、長年マドウロ政権の人権侵害や非民主的行為を非難してきたこともあり、慎重な姿勢を取る国が多い。その一方、ロシアや中国は、アメリカの行動を「国連憲章違反」、「覇権的行為」として、強く非難している。
更に、2025年ノーベル平和賞受賞者で、マドウロ政権の監視下から国を脱出したマリア・マチャド氏は、大統領の拘束をベネズエラの民主化への移行を呼び掛ける機会と捉えている。マチャド氏は大統領の手を逃れた元野党指導者だけに、平和賞受賞者とは言え、アメリカの行為を厳しくは非難していない。むしろベネズエラの政治的変革と民主主義の回復に向けた重要な転換点と見ているようだ。
ただ、政治家とは異なり、中立的に判断するプリンストン大学教授のケネス・ロス氏は、この行為には正当化できる論拠はまったくないと厳しく批判している。しばらくの間、ベネズエラの動静から目を離せそうもない。それにしてもトランプ大統領のように平和とは真逆の行為を冒す人間が、自分がノーベル平和賞受賞者に最も相応しいなんてふざけている。
先年亡くなった大学の山岳クラブの友人の父親が、我々の在学中の1960年ごろベネズエラ駐在大使を務めておられ、友人からベネズエラの話を聞いたことがあるが、その当時はさほど同国に関心はなかった。父上はベネズエラ大使の後に、アフガニスタン駐在大使になられたが、今から思えば随分問題の多い国を担当されてご苦労も多かったのではないかと察せられる。友人の紹介で、外交官を退職された父上の会社を訪れて、よくご存じの当時の鈴木孝ビルマ(現ミヤンマー)駐在大使に紹介状を書いていただき、それが当時ビルマの厄介だった旅行手配を可能にしてくれた。長年関わったビルマ戦没者慰霊団実施の恩人でもある。事件でそんな他愛もないことをフッと想い出した。
6809.2026年1月3日(土) 自衛隊を軍隊化しようとの企み
新年早々また厄介な問題に発展しなければ好い・・・が、と思わせるような問題が与党自民党と日本維新の会との間で検討されていると知り、その内容に聊か呆れている。極右の高市政権らしい動きと言えるのかも知れない。
現在の自衛隊員の階級名称を国際的基準に合わせ改称することを検討しようという試みである。しかし、英語訳ではすでに外国と同じであり、殊更国際化を検討する必要はない。これはあくまで国内向きに日本語名を旧軍隊と同じようにしようとの試みである。自衛隊と言えば、日本国憲法が自衛隊の存在を認めていないことを放念して議論するから、いつもとんでもない方向へ議論が向かうのだ。軍隊を保有しないと規定している憲法を考えれば、自衛隊の組織などを軍隊と同じように扱うのは違憲であり検討の余地がないことははっきりしている。具体的に検討しようとしているのは、現在の自衛隊の階級構造を、旧軍隊で呼ばれていた大将、大佐、大尉、曹長、二等兵などの呼称を復活させようと言うのだ。将官、佐官級の幹部らには、それがお望みなのかもしれないが、下級隊員らにとっては、必ずしも賛成しかねるという空気が強いようだ。入隊後最初の階級が二士であるが、これを二等兵にしては当の二士は、やる気をなくしてしまうのではないだろうか。私の父親も戦時中赤紙招集されたが、当時は二等兵だった。
旧軍の呼称への回帰には、上記のように一部防衛省や自衛隊の現場からも懸念の声や戸惑いも出ているようだ。そもそもの発端は、自民党と維新の会が連立合意書に、自衛隊の階級の国際標準化を26年度中に実施すると明記したことによるようだ。こんなことを合意する必要があるのか。その際階級の国際標準化を2026年度中に実施することを明記したようだ。
今日のネット上に都内自治体の立憲民主党市議が述べていたが、あくまで個人的見解と断りつつも、「制度の建前や政治的な制約を踏まえれば、無茶な部分がある。それでも自衛官の処遇改善については、本気でやってもらいたい。名称の調整だけではなく、現場の負担に直結する点に政治の力を注いでもらいたい」とも述べている。
高市首相は、3~4月ごろに訪米し、トランプ大統領と会談すると嬉々として述べていたが、右傾化に拍車をかけつつある首相として、1度立ち止まってじっくり考え、保守派の意見にイージーに迎合しないよう努めてもらいたい。
さて、昨日今冬初雪を見たが、大したことはなかった。都内でも八王子方面は大分降雪があったようだ。今日も朝から青空で雲ひとつないほどの快晴であるが、予報によると今夜も世田谷区には雪が降るそうだ。特に意外なのは、小笠原、伊豆諸島にも降雪があるという。
6808.2026年1月2日(金) 今年60年ぶりの丙午、出生率減少?
本年が「丙午(ひのえうま)」であるとは気づかなかった。前回1966年の丙午騒ぎのこともすっかり忘れていた。昭和101年とか、太平洋戦争開戦85年とか、どうも派手なことは新聞などでも伝えるが、日本の風習で長きに亘って伝えられた暦の上の節目とも言うべき古来の言い伝えについてはあまり報道されない。「丙午」とは中国から伝わった十支と十二支を組み合わせると、日本ではあまり縁起の好い言葉にはならない。その「丙午」がなぜ記憶の端に残っていたかと言えば、60年前のあの当時、「丙午」の年は縁起が悪いので、女性は出産を避けた方が好いとの噂が随分話題になった。江戸時代に八百屋お七の話として、「丙年に生まれた女性は気性が荒く、夫の寿命を縮める」との迷信が広まった。この迷信がそのまま信じられ、前回1966年の「丙午」では出産が控えられたことによって新生児数が対前年25%も減少した。それでも常陸宮紀子妃や、マラソンの有森裕子・日本陸連会長のような著名人が生まれている。実はその前の「丙午」だった1906年も出生数が対前年約4%減少していたそうである。
そんな迷信とは別に現在大きな社会問題となりつつあるのが、少子高齢化である。新生児の誕生が減り、今後益々少子高齢化現象が進み高齢化社会となり、それは国にとっても経済上大きな負担となる。近年の傾向からすれば、今年も新生児の誕生は減ると予想されるが、これは迷信云々ではなく、純然たる近年の少子化傾向であり、その解決は多難であり、政府も真剣に取り組む必要がある。
さて、一向に停戦とならないロシアによるウクライナ侵略戦争も、仲に入ったトランプ大統領の仲介交渉が思うようにまとまらず、嫌気が差したのか、数日前にロシアがウクライナがプーチン大統領の公邸をドローンにより空爆したなどと伝え、ウクライナを非難した。ウクライナは直ちに反論し、攻撃は一切していないと断固否定した。また、ロシアはウクライナに対してあらぬトラブルを吹っかけている。
実は、プーチン大統領については最近不躾にプライベートな極秘情報がSNSを通して明らかにされた。それは大統領の愛人の子ども4人に関する情報が伝えられたことである。何故この期に及んでこのようなプライバシーが暴露されたのだろうか。愛人とは一時新体操選手としてアテネ五輪で金メダルを獲得したガバエワ選手である。五輪の翌年にプーチンの最初の子を出産した。その後ロシア下院議員にもなっていた。ガードが堅いと思われていたロシア上層部のプライバシー管理、それも独裁者プーチン大統領の秘め事が、こうもぬけぬけとSNSに漏れたことには大統領自身が驚いているだろう。このような不祥事が国家のトップによって行われていたとは、ロシア国民にとっても寝耳に水で、破廉恥なことであろう。体制内に少しガタが来ているのではないだろうか。他にも何か起こるかも知れない。今年はプーチン大統領の動向から目を離せない。
最後に、今日予報通り夜になって自宅周辺でも小雪が降った。都内でも八王子方面ではかなり早くから降っていたようだ。今冬の初雪である。
6807.2026年1月1日(木) 年の肇に感じたこと
新しい年が明けた。今年は令和8年、西暦2026年、紀元2686年である。私にとっても人生における祝年行事のひとつである、88歳の「米寿」を迎えることになる。幸いこの年になってもあまり持て余すような閑という閑はない。相変わらず書くことが好きなので、公私に執筆活動を続けている。幸い私の執筆をアシストしてくれる仲間がいることも力となるので、大分助かっているし、嬉しいことでもある。
元旦早々首相になって初めて新しい年を迎えた高市首相が、年頭所感を表明した。①新年の誓いとして、日本列島を強く、豊かにしていくこと、そして日本に希望を生み出していくこと、②人口減少や物価高、不確実性が高まる国際情勢などの内外の課題に触れ、「変化を恐れず、必要な改革を断行していく」との強い決意、③2026年が昭和元年から100年目に当たることに言及し、歴史の中に未来があること、戦争や災害を乗り越えてきた先人の叡智に学び、未来を築く姿勢を強調した。この年頭所感にはあまり現実感が感じられない。もう少し国民に分かり易く語ってはどうだろうか?
今日元旦の空は突き抜けるように真っ青で正に快晴である。年頭に当たり気分の好いままに満足できる充実した1年を送りたいと決意を固めている。ただ今日は快晴であるが、日本列島に寒波が襲来しており、明日の夕方から夜にかけて多方面で雪雲が発生し、都心では初雪が発生する可能性もあると予想されているらしい。その場合明日、明後日と行われる関東大学対抗箱根駅伝に影響が表れることもあるようだ。
良い天気の元旦にウォーキングに出かけることはウキウキした気分になる。いつも通りバス通りと自宅周辺の住宅地帯を30数分歩いた。最近1日6千歩を目標にしているが、10月は5,587歩、11月6,130歩、12月5,800歩だった。一応目標数値前後をクリアしているので、まずまずだと思う。通いつけの内科医には、年齢から考えればまず充分だと言ってもらっている。
歩いていて以前と違うことに気が付いた。今日は祝日であり、昔風に言えば「旗日」である。ところがどこの家にも国旗を掲げていない。昔はどの家庭でも玄関先に「日の丸」を掲げていたものである。ところが近年日本的な「国旗掲揚」光景が、あまり見られなくなった。いろいろ調べてみると、戦前は各家庭でも「日本=日の丸」が象徴的に理解されていた。敗戦によって米占領軍により一部制限されていたが、国旗の掲揚を禁止されていたわけではなかった。それが1970年元旦から公に旗日に国旗掲揚が推奨されるようになった。爾来公的施設や、各家庭ですら旗日には国旗を掲揚するようになった。そして掲揚のマナーについても強制ではないが知らされたという。例えば、掲揚するのは日の出から日没まで、とか、外から見て門の左側に掲げるなどについて多くの人が周知していた。雨が降ったら止めることや、夜は掲揚しないことは当然である。
しかしながら、1970年に公に掲揚が推奨されるようになった当時は、60%の家庭で日の丸を掲揚していたが、近年若い人たちに国旗への興味と関心が薄れたようで団地などではあまり掲げられていない。今日も近所を歩いてもほとんど日の丸を見ることがなかった。今日元旦を旗日と思っていないのか、或いは国旗掲揚の関心が薄れてしまったのではないかと思う。
かく申す私自身、お恥ずかしいことだが、今日日の丸を掲揚しなかった。