充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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6938.2026年5月12日(火) ローマ字が正式にヘボン式表示に
文化庁は、これまでローマ字表記は訓令式を基本としていたが、70年ぶりにヘボン式を基本とする変更案の答申をまとめた。未だに訓令式が基本だったとは迂闊にも知らなかった。例えば、「新宿」や「渋谷」は、駅名表示でもヘボン式で「SHINJUKU」、「SHIBUYA」と表記されており、訓令式の「SINZYUKU」、「SIBUYA」の表記は市街のどこにも見られないし、実際面でもヘボン式の方が分かり易い。私の名前「節夫」もこれまで「SETSUO」と表記していたが、これは訓令式なら文化庁令に従えば、「SETUO」と書かなければならなかったのかも知れない。しかし、旅券上もヘボン式で表記されているし、海外で署名する時も、いつもヘボン式でサインしていた。いままで基本としていたという訓令式こそ遠い虹の彼方に行ってしまっていた。知らず知らずにヘボン式の方が書き慣れていたということである。ネット上に千葉市内の人が、「TIBA SINAI」ではなく「CHIBA SHINAI」と書きたいと希望を述べていたが、文化庁ももう少し早くヘボン式を基本とする案を採り入れることに気づくべきだったと思う。
さて、日本大学では作家でもある林真理子理事長が、来月末に4年間の任期を終えて退任すると公表した。日本一のマンモス大学のトップに、組織内で働いた経験のない素人の人気作家が、その知名度を背景に就任することに懸念の声も聞かれ世間の注目を集め、一時話題となった。ちょうどそのころ「週刊文春」連載の阿川佐和子さんの対談にゲストとして出席した林さんは、「日大理事長は面白そう」だからやってみようと思ったとやや軽薄な発言をした。日大理事長は、長年ワンマンとして君臨していた相撲部OBの田中英寿前理事長が、日大付属病院の建て替え計画で所得税法違反により逮捕され、退任した2021年の翌22年7月に林理事長が就任した。
しかし、あまりにもタイミングが悪く、翌23年にアメフト部の違法薬物問題が明るみに出て、第三者委員会が理事長らのガバナンス不全を指摘した。とても「面白そう」だなんて言っていられない。文科省や、私立大学振興財団などからの補助金も打ち切られ、財政状態も厳しくなった。理事長を務めていた4年間に補助金はまったく交付されなかったが、漸く今年2月になって、日本私立学校振興・共済事業団から25%だけ交付が決定した。
実際違法薬物問題が浮上した際に日大理事会内には、元副学長との軋轢から損害賠償で訴えられるような事件もあり、その不協和音が外へも聞こえてきて、理事長の立場も危うかったが、何とか乗り切った。しかし、経営的な面では素人でとても全国に数多くの付属校を有するマンモス大学の経営の舵取りをこなすことは、至難だったのではないかと思う。
それでも作家業を一時的に止めてまでも、日大内の改革に手を尽くし、自ら報酬を半分に減額し、指摘されたガバナンス不全を見直すために、教育改革会議を設置したり、教授をセンター長とする競技スポーツセンターを新設するような新しいアイディアを実施した。各競技部との連携や、調整機能を強化したという。
1期4年間は「面白くはなかった」と思うが、大学内の不祥事を解決し、前進できたのではないかと思う。これからは本業の作家としてベストセラーを書いて欲しいものである。
6937.2026年5月11日(月) トランプ関税で利益が消えた自動車産業
やっぱり!という感想を持った。今朝早くイランが戦闘終結に向けたアメリカの覚書に対する回答をパキスタンを通じてアメリカに伝えたが、トランプ大統領はイランの回答はまったく受け入れられないと自身のSNSに投稿した。これで戦争はまだまだ続くことになりそうだ。イランの要望は、戦争被害に対する賠償の要求や、ホルムズ海峡におけるイランの主権を強調していた。同時に、アメリカによるイランの港湾封鎖の解除、イランに対し今後攻撃は行わないとの保証、イラン産原油の販売禁止を含む対イラン制裁の30日以内の解除も含まれていた。アメリカがこれらの要望を受け入れられないとしたら、アメリカとイランの対立は現状では解消される可能性はほとんど期待できないと思う。このような対立状態からトランプ氏は今後如何なる行動に出るだろうか。また、世界はこれで石油を主とする価格の高騰は止まるところがなく、世界中の人びとが悩み苦しむだけである。
ついては、このところ日本の企業の2026年度3月期決算が公表されているが、円安のせいもあり輸出産業については厳しい決算が予想されている。儲け頭のトヨタ自動車の決算表を一見すると売上高が前年比5.5%増の50兆7千億円となり、国内企業として初めて50兆円を超える華々しい実績を挙げた。ところが、純利益は前年比19.2%もの減収で3兆8千億円だった。トヨタの話では、ハイブリッド車(HV車)の販売が好調だったが、昨年8月から導入されたアメリカへの輸入に対する高関税が大きく響いたようだ。以前は、乗用車については僅か2.5%の関税だった。それが一気に25~27.5%に引き上げられたが、それでもその後15%に引き下げられた。それにしても2.5%から15%へ引き上げられた関税は重い。トヨタ車もアメリカでは大分販売数が伸びて販売台数自体は前年に比べて8.5%も増えた。だが、これもトランプ関税の影響が営業利益を1兆4千億円も押し下げた。これでは労働意欲は落ちるばかりではないだろうか。コスト増加で収益が圧迫され、国内では生産空洞化が懸念される。
ここにもトヨタのみならず、日本にとってもトランプにしてやられたとの印象が強い。
ひとつの朗報として、去る2月20日にアメリカ連邦最高裁判所は、トランプ政権が国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に発動した「相互関税」15%を、大統領権限の逸脱(違法)であると断定する判決を下した。日本にとってプラスとなるだろうか。さぁ!この結果はどう決着するだろうか。
6936.2026年5月10日(日) 支持率低下でトランプ大統領が抱える難問
今世界中で戦争に絡んだ紛争が拡大し、多くの人びとを不安に陥れている。特にこの2か月余はアメリカとイスラエル軍によるイランへの空爆が人々を悩ませている。
何度も停戦交渉の機会が生まれて話し合いは間接的に続けられているが、今以って曙光は見えない。これには、トランプ大統領とイラン側に思惑があり、お互いの主張に食い違いがあるからである。今月になってからトランプ氏は、停戦は続いていると言いながらも、イランが米軍艦を攻撃した際も「停戦は有効」の姿勢を崩していない。それに対してイランは、米軍艦が攻撃したとして、アメリカの行動を「合意違反」と非難している状態である。この「停戦」もいつ本格的な戦斗に発展しないとも限らない。停戦に向けた最大のネックは、アメリカが提示した10項目の要求のひとつ「核兵器の完全な保有断念」である。イランはとても飲めないと即座に拒否する一方で、イラン側も10項目を要求している。特に、①ホルムズ海峡の管理権として、イランの通航管理を求め、②核開発の権利としてウラン濃縮を行う権利の保障を要求し、③戦争によって被った損害賠償の請求、などとてもお互いが受け入れられるような条件ではない。このまま押したり引いたりしながら両国の駆け引きが続けられるのではないだろうか。
こうして忙しなく行動しているトランプ大統領は、毎度X投稿によって世界へ向けて連日のように身勝手な発信を繰り返しているが、メディアを通さずに情報を大統領が一方的に世界へ発信するということから、今アメリカ国内では無視されたメディアを主とする、良識ある人々から強い不満と批判が出ている。
1970年代にニクソン大統領を辞任に追い込んだワシントン・ポスト紙によるウォーターゲート事件と、ニューヨーク・タイムズ紙によるベトナム戦争に関する米政府の機密文書を公開した政治家を失脚に追い込んだ「ペンタゴン・ペーパーズ」事件が、歴史的な報道として高く評価されたが、今のトランプ政権のやり方は、むしろメディアを厄介なものとしてメディアを通さずに国民に直接自分の主張を通す対応と受け取られても仕方がない。記者会見でトランプ氏と記者団とのやり取りを見ていると実際そう思える。
就任以来トランプ大統領への支持率も下り坂である。流石にその手法に呆れたのかMAGA(Make America Great Again)の支持者の間でも支持率は下がっている。昨年1月に大統領に就任した当時は、支持率は50%を超えていたが、今や40%を切るやも知れず、このまま推移すれば、11月3日に実施される中間選挙で共和党への支持がどの程度になるのか、過半数を割った場合は、現在上院、下院ともに僅かながら共和党が民主党を上回っているが、逆転の可能性を秘めており、以降のトランプ政権も議会運営が難しくなることが予想される。
トランプ大統領の行動とは、まったく無関係であるが、今日は「母の日」であり、我々夫婦にとっては結婚57年目を迎えることになった。どこへ行くでもなく、特別なお祝いをするわけでもなく、これまで通りお互いに淡々と自由気ままな生活を送るだけである。
6935.2026年5月9日(土) 大学山岳クラブOB会長を「偲ぶ会」
銀座の交詢社ビルで山岳クラブ「慶應義塾大学アルペンクラブ」の永田祐二OB会長を「偲ぶ会」が開かれ出席した。会長は87歳で昨年11月に亡くなられた。
この交詢社ビルというのは、銀座の一等地に建つ由緒あるビルで、多くのテナントが入っているが、福沢諭吉以来伝統的に慶應義塾とは深い関係のある建物であり、慶應三田会関係の集会がよく開かれ利用されている。今日はその恩恵に浴して、楽しく懐かしい集会に出席することができた。会長の奥様も出席され出席者は全員で35名だった。私の同期生も在学中はかなり活動していたが、今では大分冥界へ旅立たれて、今日も寂しいことに私だけしか出席者はいなかった。私は会長の1年後輩に当たり、出席者の中では最年長ということから献杯の挨拶、近況報告などを話すことになり、永田会長の想い出について気持ちを込めてエピソードも交えて話したつもりである。
実は、我々夫婦が結婚して明日で満57年になるが、ホテル・ニューオータニで挙式した結婚式の司会進行を務めてもらったのが、こういう面では手慣れた永田会長だった。大学1年時にクラブに入って最初の夏山合宿が上高地から北ア表尾根縦走だったが、その時から何度となく会長とともに山へ登った。春になってまだ残雪が見られる北ア立山の雪渓を歩いたこともあり、お付き合いしてからかれこれ70年近くになる。昨年のOB総会に十数年ぶりに出席して会長とも久しぶりにお話して、総会終了後に銀座のサッポロ・ビアホールで二次会をやったが、それが最後となってしまった。その意味では、あの時出席して永田会長にお会いできたのは幸運だったと思う。
冬にはスキーにも一緒に行った。その中で一番印象に残っているのは、66年前の1960年2月23日に群馬県新鹿沢温泉に仲間とスキーを履いて訪れた時のことである。途中で永田団長が、携帯ラジオで美智子妃殿下がお子様を生まれたと知り、仲間に知らせた時のことである。忘れもしないまさに今上天皇陛下が誕生された瞬間だった。
立食をいただきながら、出席者が次々と永田会長の思い出話を話していたが、私も知っている話だったり、彼らが会長から温かい指導と対応を受けたことを改めて知ることにもなった。もうお会いすることは叶わなくなったが、アルペンクラブに入り、このように情に溢れ懐の深い永田会長のような先輩と巡り合えたことは、我が人生においても幸せなことであり、運が良かったとつくづく思う。
私も今永田会長と同じ年齢となったが、まだ虹の橋を渡るわけには行かない。会長のような人としての包容力はとても真似できるものではない。「イコール」誌アクティブ・シニア革命グループとしては、年齢的に今が熟年期である。もっと頑張って誇れる書き物を残し、冥土で永田会長に何とか自分なりにやってきましたと胸を張って言えるようになってから旅立ちたいものである。
今日は二次会には出ることもなく帰途に就いたが、それにしても銀座に外国人観光客の多いのには、改めて驚いている。来た時に地下鉄銀座駅で電車から降りた途端、目の前に何人かの外国人がいた。そして改札口を出て地上へ出ると4丁目交差点では外国人同士がカメラでお互いに撮り合っている。近くの露店の周囲にも取り巻いているのは外国人ばかりで、しばらくぶりに銀座へ出てあまりの変わりようにびっくりである。
6934.2026年5月8日(金) 人の名前なんじゃもんじゃ
唐突だが、日本人の姓名の中で「佐藤」姓が一番多いそうだ。今まで「鈴木」の方が多いのではないかと思っていた。全国47都道府県の内、「佐藤」、「鈴木」がともに8県で一番多い。「佐藤」姓の総人口は194万人で、「鈴木」姓は182万人だという。「佐藤」は北海道から東北地方にかけて多い姓名で、一方の「鈴木」は、北関東から中部地方にかけて多い。因みに私の姓名「近藤」は、国内で36番目に多い姓名だそうで、愛知県、東京都、神奈川県に多く、人口的には35万7千人から37万人いると見られている。3位は「高橋」、以下4位「田中」、5位「渡辺」、6位「伊藤」、7位「山本」、8位「中村」、9位「小林」、10位「加藤」である。だれもが知っている名前である。
珍しい姓名は、1位「竈門=かまど」、2位「左衛門三郎=さえもんさぶろう」、3位「不死川=しなずがわ、ふじがわ」、4位「鰻=うなぎ、むなぎ、まん」、5位「小鳥遊=たかなし」で、1~3位は全国に10名、4位は20名、5位は30名程度しかいないそうである。
日本の漢字は表意文字でいろいろな意味を込められており、その漢字の組み合わせ次第でいろいろな姓が形成される。姓にも難しい読み方がある。いくつか挙げてみれば、「二=したなが」、「月見里=やまなし」、「五六=ふのぼり、ふかぼり」、「四月一日=わたぬき」、「九=いちじく」、「奉日本=たかもと」、「八月一日=ほずみ」、「七五三田=しめた」、「雲母=きらら」、「天女目=なまため」、「十九百=つづお」、「六十里=ついふじ」、「人首=ひとかべ、ひとこうべ」、「歌枕=かつらぎ」、「貴家=さすが」、「春夏冬=あきない、あきなし」、「十二月三十一日=ひづめ」など、とても読むことができない。諸々珍しい名があるものである。
参考までに外国の姓名を調べてみると、英米ではSmith、フランスではMartin(マルタン)、ドイツではMuller、イタリアはRossi、ロシアはIvanov(イワノフ)、中国は王、李、韓国は金、李、朴が多いそうである。この他にイスラム圏では、ムハンマドが圧倒的に多い。
中学生になった時、初めて英語の授業で教科書に少年少女が登場した。男子はJack Jonesで、女子はBetty Smithだったので、Smith姓が多いのには納得がいったし、実際にアメリカやイギリスで何人かのSmithさんにお会いしたこともある。
一番厄介なのは、アイルランドである。イングランドとは海を隔てた隣国であるが、イングランドとは元々仲が悪い。ここにはケルト人の影響もあって、頭にMacや Mcが付いたマクドナルド、マッカーシー、マッカーサーのような名前が多く見られる。1992年にアイルランドのダンレアラを訪れ中学校を視察した際には、校長先生の名前が正確に読めず、教育委員の方に訊ねたところ、自分も分からないので直接校長に訊いて欲しいと言われた時は、びっくりした。特に珍しかったのは、O’Flaherty(オフラハーティ)や O’Meara(オメーラ)という姓で、ちょっと読めない。
世界中の姓名を調べたらまだいろいろ驚くような名前が出て来るのではないかと思う。敢えて言うなら、これも人間の性ではないだろうか。