セルビアで活躍し今一時帰国中のヴァイオリニスト豊嶋めぐみさんと、ゼミ仲間の赤松晋さんと新宿のハイアット・リージェンシー東京でランチをともにした。2年ぶりである。赤松さんもチェロを奏でるが、今日はクラシック音楽に関する話というより、自由勝手に日常的な話を語り合った。どうも私の悪い性癖で話が我田引水になりがちで、自分勝手な話題ばかり話してしまう。猿に習って反省するばかりである。
このホテルの和食レストラン「佳香」の「佳香弁当」が、以前から気に入っていて、ここでの食事はいつもこれに決めている。豊嶋さんも気に入ってくれたようだし、今日の料理も前回とは少し変わって美味しかった。次回豊嶋さんが一時帰国の際は、外へ出て鎌倉観光か、江の島観光を小田急ロマンスカーで楽しみましょうと意見が一致した。豊嶋さん演奏のCDをいただいた。
さて、一昨日の日経新聞朝刊の時論‘OPINION’にハーバード大ケネス・ロゴフ教授が「日本は1万円札を廃止せよ」と一般的にあまり聞き及ばない持論を提言している。高額紙幣を廃止すれば、脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)など犯罪を減らす効果に加えて、電子決済が普及するとの論旨である。確かに欧州中央銀行で500€(約6万5千円)札というあまりにも高額の紙幣の廃止を決めたし、カナダやスウェーデン、シンガポールも高額紙幣の廃止を決めた。
ただ、日本でこの論旨が教授の狙い通り効果的な手段となるかどうかは疑問があると思う。
私ごときが専門的な論理を展開することは難しいが、教授は日本人一人当たりの現金保有量が多いということも指摘している。確かにGDP比通貨供給量は、他国に比べて日本は圧倒的に多い18.6%である。アメリカ(7.4%)に比べて2倍以上であるし、韓国(5.4%)に比べても3倍以上も現金保有量が多い。だが、その多額の現金が、その是非は別にしても日本の国家財政を楽にしていることにより、わが国が財政的に慢性赤字の中でも何とかやっていられる事実もある。
また、第2次大戦直後のドイツにおける超インフレ下では、高額紙幣がなかったため国民は低額紙幣をリュックに背負って買い物に出かけた絵を何度も見ている。些か現実離れして見えるがそれが現実だったのである。
ロゴフ教授の視点には、現実社会の商取引の現場をよく理解出来ていないように思える。教授の「象牙の塔」から導き出される論理には、現場の実態をよく知らないのではないかとの疑念が感じられてならない。街頭で普通の主婦と同じような買い物をしてみると、もう少し実態が臨場的に理解出来て、こういう乱暴なお説は出てこないと思う。「高額紙幣の多くが非合法な経済活動で使われている」などは、少し過敏に反応し過ぎてはいないだろうか。