3245.2016年4月1日(金) 女子中学生誘拐事件に見る意外な判断

 今日から新しい年度が始まる。新入社員の入社式が行われたり、地方では小学校の入学式が行われたところもある。その名の通り、フレッシュマンはいつまでもフレッシュマンでいてほしいものである。

 さて、数日前に2年間も行方が分からなかった埼玉県朝霞市の女子中学生が都内東中野の警察に身柄を保護された。突如姿を現した少女と2年間もアパートに拉致していた大学生の事件をメディアは重点的に伝えている。この事件は、大学生によって誘拐され、拉致されていた女生徒が東中野のアパートから逃げ出し、公衆電話を使って警察に助けを求め保護されたものである。誘拐された時中学1年生だった生徒は、本来ならこの3月に義務教育を終えて卒業する筈だった。その間両親は駅前でビラ配りをするなりして必死になって愛娘を探していた。2年間の誘拐は女生徒に大きな心の傷を負わせたことだろう。両親にとっても可愛い娘が戻ってきたことは嬉しいことではあるが、娘の心の傷をこれからケアして行かなければならない。

 犯人は国立千葉大学工学部の学生である。この学生は今月大学を無事卒業したばかりである。在学中カナダで語学研修と、ロスアンゼルスで軽飛行機の資格取得のために1年間留年して今年卒業した。随分余裕のある生活を送っているので、金銭目当ての誘拐犯というわけではないと思われている。今は逮捕され警察の取り調べを受けているので、追々事件の全容もはっきりしてくるだろう。

 ついては、この事件を通じて理解し難いことがある。それは「卒業」と「退学」である。「卒業」は、女生徒が在籍していた中学校が生徒に中学校の卒業証書を授与したことである。その生徒は1年間しか通学しなかったが、中学校の過程を終了し、中学生として身に付けるべき学力を有していると認められたことになる。あたふたと急いで卒業証書を与えたということは、朝霞市教育委員会と学校が卒業するに足る条件をクリアしたということである。だが、どうも素直に納得できない。女生徒は同情されることは分かるが、実際には中学校に1年間しか通わず、試験も受けず部屋に監禁されていたので、卒業レベルをクリアしているとはとても思えない。更に気がかりなのは出席日数が他の生徒に比べて精々1/3にしか過ぎず、決められた出席日数が不足しているのではないだろうか。どういう根拠で「卒業証書」を授与したのかさっぱり分からない。

 もうひとつの「退学」についても訝しい。犯人の千葉大学生は、この3月に必要単位を取得して卒業した。それが、千葉大では何を考えているのか、彼の卒業証書をはく奪して千葉大卒業生リストから削除しようとしていることである。これから対応については大学内で検討するらしいが、いかに不名誉で、大学の名を汚そうとも、在学中ならともかく卒業後に授与した卒業証書を取り上げようというのはいかがなものだろう。大学にとって許しがたい破廉恥な学生から、大学に在籍したという事実を永久に消し去りたいのだろう。いくら何でも大学側の幼児症的我儘ではないか。それなら、入学を認めなければ良かったということになるのではないか。

 この学生は、確かに大学にとってはお荷物学生・卒業生だろう。だからと言って、自分たちの都合だけで実際に学んだ学生の存在を排除してしまおうというのは、決して教育者のやるべきことではないと思う。

 ひとつの事件でも本質以外に想像を超えた理不尽なことが起こるものだということを、図らずも知らされた。

2016年4月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com