日経夕刊紙によれば、リチャード・ワゴナーGM会長の昨年の年収が545万$(約5億4千万円)だという。多いか少ないかはその会社が得た利益によって公平に判断されるべきであろう。貢献度が高ければ、利益の中から応分の分け前を頂くことについて、是とすべきであると思う。会社経営のための利益計上は、民間会社が利益獲得を最大の目標にして、経営に直接関わらない株主と経営に直接関与する全社員が心をひとつにして前進した結果として得た収穫である。つまり、株主と役員を含む社員が力を合わせて獲得した果実である。この中で経営に携わった関係者が利益を分かち合うのは、至極当然のことだと思う。
しかし、問題は会社という一定の制限を伴う組織の中で行った営業活動の結果、利益どころか大きな損失を生んだ場合に、その補填を他人の支援に依頼し、なお社員の一部(役員)が世間一般常識とかけ離れた過大な報酬を得ることが果たして許されるだろうか。これが今回モラル欠如の例として挙げたGM社と同社役員のケースである。
一昨年同会長はこれを上回る年収を得ていた。しかし、政府の支援を受けていなかった時であり、マス・メディアや国民からとやかく非難されることはなかった。ところが昨年のGM社は多額の政府支援を受けた。つまり国民の税金から一民間企業に対する赤字補填を行ったものである。その一方で、経営者が会社に与えた損失に頬かむりし、国民から支援を受けていながら法外の高給を得たのである。これは最早背任行為に近い。経営者としてあまりにも倫理観に欠けるパフォーマンスである。
今年再建に向かって努力しているGM社は、これまでに134億$の巨額の政府融資を受けている。GM社はまだ不十分として、更に32億$の追加支援を求めている。これではいつまで、どのくらい支援が必要なのか見当もつかない。
当初サブ・プライム・ローン問題が発生した時、アメリカ政府は民間企業の救済のために財政出動を行うということに対して自由主義経済の建前論を振りかざして政府支援論を封殺した。それが、少しずつ考え方を変えてきた。リーマン・ブラザースの破綻以降ケースバイケースで企業を支援するスタンスに変わりつつ。こうなると資本主義に基づく自由主義経済の存在意義が失われるのではないか。救済の理由が理解出来ないこともない。巨大企業が倒産したら、雇用問題を含めて副次的な問題が次から次へと発生し、新たに社会問題化する恐れがある。しかし、だからと言って経営者が高給をもらいながら困った時には、お上にお助け下さいと願うのはあまりにも虫が良すぎるし、モラルが欠如しているのではないか。考えてみると、どうも自分の都合だけしか考えないような経営者の倫理観の欠如が一番問題ではないかと思う。
さて、資本主義経済を近代経済学至上主義として高く評価し、資本主義経済論を教導し学生を中心に世に大きな影響を与えていた、前多摩大学学長・中谷巌教授がつい最近になって変節し、これまでの持論を否定しだした。恥ずかし気もなく変節の経緯を著書にして、堂々と開陳する、その一連の行為が波紋を呼んでいる。普通なら敗北を認めた以上「敗軍の将多くを語らず」と表舞台から静かに立ち去るのがジェントルマンの矜持であり、常識だと思う。
尊敬する河上肇教授は、社会主義的考えを放棄するよう責められ転向を強要された時、信念を曲げずに「没落宣言」を発表して静かに蟄居生活に入った。これこそ自分の信念を貫く学者としてのプライドである。中谷教授は転向しながら、綿々と時代の流れに迎合し、その道で再び飯を食おうとしている。河上肇とは人間の格が違う。昨年多摩大学で中谷教授の講義を受講した時は、その話はまったく出なかったが、一度じっくり変節論の骨子を拝聴したいものである。