756.2009年6月8日(月) 「大逆事件残照」について

 5月19日から6月5日まで14回に亘って朝日新聞夕刊に「ニッポン人脈記『大逆事件残照』」という取材記が連載された。1面の3段記事に写真入りという紙面取りで中々読ませるものだった。竹久夢二、与謝野晶子、小林多喜二、荒畑寒村ら有名人も次々登場するし、意外な人間模様を紹介してくれて面白くすっかり引き込まれてしまった。今まで学生時代に専攻した社会主義思想の視点からだけしか大逆事件を捉えていなかったので、枝葉のエピソードや処世の話が面白かった。大逆事件も来年発生百年を迎えるが、当時日露戦争直後の軍国主義の風潮の中で、危険思想として社会主義を取り締まる警察権力の前に社会主義者は騙され捕捉され刑場へ、或いは獄舎につながれた。薄幸の生涯を送ったこういう人々に光を当てた考えさせられるドキュメントである。

 主犯とされた幸徳秋水、管野スガ、大石誠之助、宮下太吉ほかの業績や物語は随分読んだし、荒畑寒村のテレビ・インタビューも見たので、かなりはっきり全体像は掴んでいるつもりだったが、裏面史もかなり奥深い。処刑されたひとり、内山愚堂が箱根大平台の林泉寺の住職であったことなども初めて知った。新宮市の住職・高木顕明のように無期囚だったが、獄中で自死したものもいる。高木は結局真宗・大谷派から逆徒として破門され、永久追放されたが、今ではその処分も取り消され名誉を回復した。しかし、この間すでに85年の月日が経過した。

 宮下の無分別な言動から事件が発覚した長野県安曇野市、秋水の生誕地・高知県四万十市、和歌山県新宮市など直接事件とかかわる都市にまつわる話は知っていたが、地道な実話やエピソードは世に知られることなく忘れられていったのだ。このドキュメントも朝日記者の早野透氏が個人的な関心と執念から来年百年を迎える大逆事件を風化させないために筆を執ったものと思う。日露戦争に勝利して軍国主義が華やかだった時代に、反戦論や天皇制に物申すことはご法度だった。残念ながら秋水らの考えが、どんなものであろうと宮下という印刷工の行動により、罪のないものまで連座して捕捉されたのは、いかにも軽率であったという気がしてならない。

 しかし、いま検証するまでもなく、大逆事件について考えたり行動するのは何の障害もない。その自由なムードの下に当時検挙された人々の名誉回復が全国で図られている。この事件は同時代の反逆、騒乱事件の中でも格別特異な事件で、それだけに調査していても面白かった。学生時代に読んだ「寒村自伝」や、テレビで観た荒畑寒村のインタビューも内容的にとても興味のあるものだった。いずれ、もう一度「寒村自伝」を読み返してみたいと思っているほどである。

 とにかく久しぶりに好奇心を刺激された連載ものだった。

2009年6月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com