昨日のニュースによると、現在世界の世界遺産878箇所のうち、ドイツの「ドレスデン・エルベ渓谷」がユネスコによって世界遺産の登録を取り消されたという。私が訪れた143箇所の世界遺産訪問記録の中にもドレスデンは入っている。これで私の個人記録も1箇所減じて142箇所になったことになる。
登録抹消の主たる要因は、交通渋滞解消のために、エルベ川を跨ぐ大きな橋を建築することになったからである。美しいドレスデンの景観が橋脚の建設によって台無しにされ、文化遺産の価値を失わせるというのがユネスコの言い分だ。ユネスコは再三に亘ってドレスデン市へ「もし橋脚を建設したら文化遺産の指定を取り消す」と警告を発していた。悩んだ市当局は熟慮の末に、橋梁建設の賛否を住民投票に委ねた。結果的に橋脚建設賛同派が自然保護派を破って橋脚は建設されることになり、文化遺産はその指定を解除されることになった。住民の生活がかかっているだけに、何とも切ない結論である。ドレスデン市民の日常生活上の利便性を考えると、外部のわれわれとしては何も言えない。
しかし、この世界遺産登録取り消し問題は、われわれ日本人の胸元にも匕首を突きつけている。何でもかんでも世界遺産にしてもらおうとの熱病的世界遺産オタクから一歩身を引いて考えてみるべきである。文化遺産や自然遺産を守ろうとの真摯な気持ちは尊いものであるが、そのまま原形に近い形で守り続けることは、並大抵の努力では難しい。
実際東洋文化史研究家、アレックス・カー氏が、高野山の散歩道の杭ポストを無許可のまま木製から石製に作りかえたのは、ユネスコによる世界遺産タイトル剥奪の可能性があると指摘していた。そのくらい現状維持のために真摯な気持ちで費用をかけることは、大変なことなのである。
今日日本では、平泉・中尊寺、富岡製糸工場、富士山ほかが次の世界遺産登録の候補地とされているが、その後に原形のまま後世へ伝えていく強い気持ちがなければ、これらの遺産登録はまったく意味のないものとなる。
ドレスデンは、戦前美しい都市として知られていたが、戦災により灰燼と化した。それが戦後長い年月をかけて復興された。でも、そこまでだった。われわれもこのドレスデンの例を他山の石として考える必要がある。現実の生活と自然・文化を守ることの選択を迫られた時、われわれはどういう道を選ぶだろうか。