今日は日本ペンクラブが結成された「ペンの日」で、毎年恒例により東京會舘で大パーティが開かれる。小中さんからも今日お会いしましょうと言われていたが、生憎慶応同期生雑誌「慶」の反省会兼懇親会が慶応三田キャンパスで開かれるので、こちらに行くことを大分前に決めていた。
三田の「山食」も久しぶりだったが、以前の場所から西校舎へ移動していた。三田は、2年前恩師・飯田鼎先生の著作集全8巻が完成した時のお祝いのパーティ以来である。全体的な配置はそう変っているわけではないが、やはりわれわれの学生時代とは雰囲気が違う。でも母校というのはその雰囲気に浸るだけでもいいものだと思う。
「山食」の壁には、各体育会クラブの写真や色紙も飾りつけられていたが、やはりラグビー部(慶応では蹴球部という)が気になった。日本選手権者とラグビー部創部100年の優勝チームのサインに誇らしい気分になり、なるほどと頷く。
反省会は15名が集まった。西宮から参加された人や、慶応出身でない女性もおられた。女性が3名も参加されたのは意外だった。幹事の杉田さんが細かい手配をしてくれてほとんど問題なかった。いろいろな人生経験を持ったかつての慶応ボーイが、「慶」に書いた自作について自己紹介を兼ねて簡単に説明した。海外駐在の経験がある人が、かなりおられた。この辺りは慶応らしいところだ。10年前の第1号以来、これまでに「慶」は3号が発行されているが、私は3号それぞれに、①友人関係のネットワーク、②文化財保護のための発掘調査に関すること、③飯田ゼミの仲間、について書いたので、それらについてさらっと説明した。序にラグビー早慶戦で登場した栗原大介くんのPRをしておいた。皆さん真面目な話ばかりだったが、話を伺っていると中々ご苦労されたようだ。文学博士号を取られた女性、英仏語の通訳資格を持っている人、フランス滞在の長かった女性、大学教授、ら多士済々である。
杉田さんのお声を受け、専門でもなかった文を書いて雑誌にまとめるというから壮大な作業だったわけだが、その苦労話を聞いていると、苦難を乗り越えひとつの成果として、雑誌を創り出したというのは凄いことだと思う。杉田さんの努力には、敬服する。まだまだ第4号も計画するというから、その意欲たるや衰えを知らない。改めて脱帽するのみである。
今日は妻がコーラスの仲間と箱根へ1泊旅行に出かけた。宿泊旅館が宮の下の大和屋ホテルだという。ここは、道路と建物の間に高低差があり旅館内にロープウェイの施設があるという珍しい宿である。この近くには、もう一軒同じような設備のある対星館という旅館もある。ここはかつて松本清張の「蒼い描点」で逸話が紹介されたケーブルカーがある。
いずれにせよ、妻は今を盛りと色模様の紅葉を見ることが出来たのではないかと思う。