今日は忌まわしいあの事件が起きて15年目である。事件とは、地下鉄霞ヶ関駅におけるオウム・サリン事件のことで、その当時はまだ会社勤めだったが、事件はあまりにも衝撃的で第1報を耳にした時は、事件がどういうものなのか状況がよく呑み込めなかった。今も被害者の間で後遺症が尾を引いている。
その後8年を経て、2003年の今日はイラク戦争勃発の日である。これも鮮明に覚えている。シベリア鉄道に乗ってモスクワに行き、その帰りにモスクワから空路ウラジオストックへやって来てトランジット・ルームのテレビで開戦のニュースを知った。
旅行出発前、日1日と高まっていくイラクの緊迫した状況と、相変わらずイラクのフセイン大統領の強気の姿勢から推して、戦争を回避することは最早不可能だと判断し、まもなく戦争状態に突入するだろうと内心予想していたので、ニュースを聞いても「ついに来るものが来た」と感じて、それほどの驚きはなかった。新潟駅前で地元のテレビ取材班にインタビューされた時も冷静に応えることが出来た。だが、とうとう始まったかと感慨深い気持ちに捉われたことをよく覚えている。
ところが、15年前に起きたサリン事件については数日前からマス・メディアでも大きく報道されていたが、7年前に勃発したイラク戦争についてはほとんど断片的な報道だけで、切実感が伴ったニュースとして伝えられていない。報道量が少ないというのは、やはり現段階で現実に日本が直接戦争に拘わっていないことが影響しているのではないか。つまりイラク戦争は日本人にとってあくまで他人事であって、身内の事件ではないということなのだ。この点は、マス・メディアが世界的な大事件として8年目に入ったイラク戦争という観点から、もっと取り上げて公平に取り扱い報道するべきではないかと思う。
さて、昨日の衆議院外務委員会で密約文書について参考人招致が行われたが、証言した東郷和彦・元外務省条約局長が引き継いだと証言した書類が見つからないことについて、現状では破棄されたと看做され、また当事者がそのように聞いているとまで語っている以上、まず隠蔽され、廃棄されたことは間違いないだろう。実際そういう結論に至った。誰がなぜそのような不届きな行為を行ったのだろうか。
不可解なのは、東郷氏がはっきり引き継いだと証言した当の被引継ぎ者の藤崎一郎・元条約局長(その後駐米大使)が、記憶が不明だと語り、この対応は今後外務本省に任せるべきだと言っていることである。今更自ら火の粉を降りかぶるような厄介な事柄には巻き込まれたくないということなのだろう。
今日の朝刊には意図的に国民の知的所有権を廃棄した罪は重いと書かれている。外務官僚の内々の論理で、勝手なことをやっておいて国のために行ったという言い分だけは聞きたくない。国家にとっての機密事項を個人の判断で右から左へ捨て去るという悪質で軽率な行動は許し難い。こういう倫理観のない悪辣な国家公務員には、お仕置きとして法的罰則を課したうえで、国家・国民のためにマイナスで職責を全うしていなかったと捉えて年金も減額すべきだと考えるが如何だろうか。