1064.2010年4月12日(月) 井上ひさしさん逝く。

 作家・井上ひさしさんが肺がんのため9日亡くなられた。9日朝退院して鎌倉の自宅へ帰ったその晩に容態が急変して、家族に看取られながら逝かれた。

 健康上の理由からだろうか、日本ペンクラブの会長も1期しか務められず、現会長・阿刀田高氏へ譲られた。4年前の日本ペンクラブ総会では、総会議長の役割を担うべき職責にあったが総会を欠席された。その当日、井上夫人の実姉である作家・日本ペンクラブ理事の米原万里さんが亡くなられたからである。2度ばかり議長としての采配ぶりを間近に拝見させてもらったが、どことなくユーモラスな語り口だったような記憶がある。

 昨夕刊と今朝刊が休刊だったので、記事が溜っている筈なのに、今夕刊を見ると意外なくらい井上さんの訃報に大きなスペースを割いている。あまり気がつかなかったが、それだけ存在感が大きかったのだ。前会長の哲学者・梅原猛氏、現会長の阿刀田高氏、演出家の蜷川幸雄氏らが死を惜しむコメントを述べている。作家として、劇作家としてたくさんの小説、演劇作品を残した。文化功労者でもある。

 氏を有名にしたのは、本業以外で遅筆家としてである。台本が間に合わず、度々公演の延期や中止があり、本気なのか冗談なのか自らを「遅筆堂」と名乗っていた。前夫人とのどたばた離婚も世間の注目を集めた。

 NHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」の原作者であり、「吉里吉里人」のユーモア溢れる作風とストーリーはあまりにも有名で、実際読んでいても面白く、つい含み笑いをしてしまったくらいである。結末があまりにも意外で呆気に取られた。何でも大切なものを隠した場所がトイレットの「キンカクシ」だった。思わず噴出してしまった。こういう馬鹿げた話を真面目に取り上げて小説にしてしまうところが井上流らしい。何でも「・・・まじめなことをおもしろく、おもしろいことはいっそうおもしろく」と言っていたそうである。そう言えば、どうやらこの「キンカクシ」というのが、強烈なエスプリを効かせるのか、先日友人・呉忠士くんから送ってもらった手紙のコピーを思い出す。

 手紙とは、呉くんの父上で古代ギリシャ文学の碩学・呉茂一東大教授へ宛てた弟子三島由紀夫の手紙である。三島はその手紙の中で、自作品「金閣寺」について大岡昇平が「キンカクジ」ではなく、「キンカクシ」と読んだと言って呆れている。「キンカクシ」というと大抵は碌なものを思い出さないが、小説のネタや、文学者が使うと「キンカクシ」も多少格が上がるから不思議なものである。

 いずれにせよ、異色な作家はまだ75歳だった。惜しい人をまた喪った。ご冥福をお祈りする。

2010年4月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com