共著が出版され、3日に親しい知人・友人らに120冊を贈呈用に郵送して、やれやれと一息ついたところである。
実は、先月中旬編集の最終打ち合わせで、出版社の担当者と執筆者が話し合った席で表紙のデザインが決まり、その一部の修正を出版社に提案した。
まず、いくつか提案されたカバー表紙のデザインの中から書名とイメージがちょうどぴったりの見本があり、衆議一決でそれを表紙に採用しようということになり、同時に細部についても2箇所の修正をお願いすることになったのである。
修正願いのひとつは表表紙に書かれた編著者名が小さいということ。もうひとつは背表紙の編著者名が書名の直ぐ下部に隙間無く続いているので、そこにスペースを取って、書名と編著者名の間をもう少し離して欲しいという比較的分り易い要望だと思っていた。
ところが出来上がった表紙は、一見して何の修正も施されていないように見えた。そこで出版社の担当者に聞いてみると間違いなく修正したと仰る。再び表紙をじっと見てみたが、どうもぴんとこない。原案とはあまり変わっていないようだ。担当者は「修正しました」とはっきり断言するので、表表紙の編著者名をメジャーで測ってみた。するとほんの若干だが、確かに寸法的には大きくなっている。釈然としないが、こちらが気のつかないような小さな修正の仕方でも出版社にとっては、こちらの言う通りに修正したということのようだ。
問題は、もうひとつの修正箇所である。背表紙の下部にある編著者名の位置であるが、これもまったく修正したように見えない。そこでくどいようだが、この箇所はまったく修正されていないのではないかと改めて尋ねてみた。返ってきたメールの回答は、文字の半角分だけ下へずらしたとの思ってもいない返事だった。せめて全角5字分程度のスペースが欲しかった。これでは、修正をお願いした意図がクリアされたとは言えないし、われわれが修正をお願いした本質的なポイントを理解していないのではないかという意味のメールを送信した。一見して書名と編著者名の間にスペースがないのが歴然としている。それでも1文字の半角分を下へずらしたと言う。このようにわれわれの望んでいる修正とはまったくかけ離れた修正の仕方は、修正とは言わないのではないか。
商品が完成した以上、格別不出来でなければ敢えて苦情をいうのは潔しとはしないので、これ以上は修正云々を追求しようとは思わないが、出版担当者の相手の気持とか、願いを斟酌しない一方的な理解の仕方や、作業のやり方には少なからず違和感と不信感を覚えた。
僭越であるが、私なりの長い営業経験からサジェストするなら、まず相手の言い分をよく聞き、何を考え、何を求めているのかということを深奥に推察し理解したうえで、相手に確認するものだが、今回出版社の対応はそうではなかった。一方的に自己流の判断で修正の意味を理解し、相手にそれを押し付けている。新著を受け取った友人からは、ちらほら礼状が届き、作品をほめてくれているが、その点で内容とは関係ないところで作業に疑問を抱くような事態になったのは、ちょっと残念な気がしている。