先日菅首相が日米激戦の地・硫黄島へ飛び、戦没者の霊に「遺骨帰還は国の責務」と誓って、戦没者の遺骨収集事業に力を入れることをアピールした。そのニュースは今朝の朝日社説でも取り上げられている。なぜ今首相は遺骨収集に目を向け始めたのだろうか。これまで長きに亘って厚労省は遺骨収集事業を行ってきた。私も20年余りこの事業に関わり多くの戦地を訪れたことによって、事業そのものと戦場周辺の人々の気持について深く考えることがあった。相手国の事情や国民感情もあって、いかに戦没者を慰霊する尊い事業であってもわが国の一方通行的な考えでは、必ずしも相手国の理解を得られず、難しい問題を孕んでいる。
今首相がこの時期になぜこれほど力を入れて戦没者や遺族に対して「遺骨奉還」を誓ったのか、低迷気味の民主党人気の底上げを狙っているとしたら、戦没者の霊を慰めるどころか彼らの気持を弄ぶものでしかない。
かつて遺骨収集事業を半永久的に継続することに対して、遠まわしの反対や否定的な意見が持ち上がり、その都度国家総責任論的な理由をつけては事業は曲がりなりにも継続されてきた。継続が危うい壁を何度となく潜り抜けて続けられ、規模は小さくなったが、国のために戦って亡くなった御霊を母国へ奉還するという尊い事業は今に引き継がれている。
今年になってフィリッピンの事業を国から下請けされたNPOが、日本人ではない遺骨を持ち帰ったことから、問題が大きくなり、遺骨収集は継続されながらも、今もはっきりした方針が打ち出せないままである。
そこへ今回の菅首相の硫黄島訪問であり、発言である。朝日社説では、首相は野党時代から遺骨収集問題に関心を持っていたというが、その様子はほとんど知られていない。にも拘わらず、首相はこの時点で積極的な姿勢を示した。
海外で亡くなられた戦没者の数は約240万人と言われている。収集された遺骨の数は凡そその半分でしかない。現地の実態を多少知る立場から言えば、戦後相当な時間も経過して、戦地の現状から推しても今後成果を上げることは難しいというのが率直な感想である。相当額の予算をつぎ込んで、更に事業を拡大するのか、或いは規模を縮小して細々でも事業を継続するのか。これまで国が大上段に振りかぶって議論したことがない。ここは戦没者の慰霊と遺骨の奉還の最後の機会と捉えて、本気で国民的議論を高める必要がありはしないだろうか。