22年 前の今日中国の首都北京で天安門事件が起きた。はっきりしたことはよく分らないが、当時の中国政府としてはこの民主化要求は外国政府から何と言われようと 絶対に封じ込めなければ、これまで中国共産党、並びに中国政府が一歩一歩積み重ねてきたと考える独自の国造りが危うくなると判断したからである。前日から 当日にかけて軍は戦車まで動因して学生、労働者を中心とする民主化勢力を徹底的に弾圧し、多数の死傷者を出した。結果的に官憲の弾圧により国民の声は抑え 込まれ、政治的にも、社会的にも見かけ上安定したように見える最低限の国内の治安を辛うじて保つことが出来た。しかし、この事件で中国の民主化は22年以上も遅れている。そして、民主化封殺の空気は今もなお続いている。
内実は天安門以降中国国内で一層自由が制約されることになった。将来的にも本当の意味で中国の民主化は遠のくばかりである。中国政府首脳は自分たちの立場を保全するためだけに創意工夫を凝らして守旧的態勢を頑固に堅持している。
ほんの数日前国内のモンゴル自治区で、交通事故をきっかけにモンゴル人が民主化と自主権利を求めて集団デモを行ったが、あっという間に鎮圧された。3年前 のチベット自治区におけるチベット人によるデモ、そして昨年の新彊ウィグル自治区におけるウィグル人の騒擾事件は世界的世論に逆行するように中国人民軍と 警察によって抑圧された。
中国の覇権主義とは一体何だ? 今国際社会で自分たちだけの利己的都合ばかりを主張しているのは、「共産主義国家・中国人民共和国」だが、諸外国に対して恥ずかしいという気持ちがないのだろうか。南シナ海周辺でASEAN諸 国、なかんずくベトナムやフィリッピンの神経を苛立たせているのは、他国へ侵略を図り他国領土を自国領土とする覇権主義であり、中国の遠大な中華思想では ないか。言ってみれば中国が目論んでいることは、紛れもなく現代の新帝国主義ではないか。自分の思想や考えだけを押し通そうとする中国に何とかお灸を据え る方法はないものだろうか。
さて、アホらしい菅首相の居座りか、辞任かという問題に関して、メディアは喧しい。首相としては原子炉の冷温停止、放射能物質の放出がほぼなくなるまで全 力を尽くすというものだった。しかし、福島原発事故の工程表に従えば、冷温停止は来年1月まで長引きそうで、その時期まで首相は辞任しないということにな る。これに対して辞任の確約を取ったと得意気に主張する鳩山前首相は、菅首相に対してあろうことかペテン師呼ばわりする始末である。そこへ自民党は参議院 で菅首相の問責決議案を提出すると明言し出した。もう馬鹿げた内輪話ばかりでうんざりである。この揉め事を何とか解決するためには、首相の早期辞任しか打 つ手がなくなってしまった。枝野幸男・官房長官と安住淳・国対委員長がともにそんなに遠い時期ではないとか、早晩決断するとか、相変わらず煮えきらず暢気 なことを言っている。
政治家より多忙で毎日の生活に追われている国民には、もうこんな程度の低い国会議員に付き合っている暇はない。