1647.2011年11月16日(水) 脱原発のセミナーで考える。

 日本ペンクラブ主催の「脱原発を考えるペンクラブの集い」が日本プレスセンターで開かれた。脱原発に関するセミナーをペンクラブが開くのは初めてである。著名なジャーナリストが個々に反原発について自己主張されたが、中々面白かった。番外編として、会場でひとりの老人が手書きのポスターを掲げながら歩き回り大声で叫んでいて事務局と揉めているように見えたので、右翼が発言させろと喚いているのかと思ったらそうではなく、最初の質問者として司会の常務理事・高橋千剣波氏がその老人を指名した。

 私の2席離れた場所に座っていたが、ボヤキや独り言が多く甚だ迷惑だった。些か乱暴な発言で、冒頭からペンクラブ内の殺人者をペンはどう考えるのかと浅田次郎会長に食下がる有様だ。槍玉に挙げられた殺人者とは田原総一朗氏ほかを指している。名指しされた老人は、何とお久しぶりの表舞台登場となった、法政大学名誉教授・袖井林二郎氏だった。かつてのリベラル派論客である。岩波の月刊誌「世界」でしばしば論文を読んだことがある。あれだけ高名な学者がこれほどエチケットを欠いた行動をされるとは意外だった。300名ほどの参会者の中であのような自分本位の行動をしたんでは、仮に正論だとしてもあのパフォーマンスでは真面目に聞き入れてもらえないのではないだろうか。もう少し節度のある言動で筋道を立てて話をするのが自説を理解させるひとつの手段だと思うのだが・・・。

 さて、本論だが浅田次郎会長、弁護士・梓澤和幸氏、落合恵子氏、金丸弘美氏、見城美枝子氏、俳優・中村敦夫氏、野上ふさ子氏、フォトジャーナリスト・広河隆一氏、専務理事・吉岡忍氏がそれぞれ5分程度の反原発スピーチを行った。

 浅田会長が核は戦争と同じで、ドイツが核開発を止めたのに原爆被災国である日本が再稼動に踏み切ったのには、他に理由があるからではないかと首を傾げていた。落合氏が自分たちは安全地帯にいるが、被災地にいる子どもに申し訳ないと述べ、原爆と原発は同根だと話された。

 梓澤氏は原発の受難者を共感する気持ちが必要だと述べ、マーチン・ルーサー・キング牧師の言葉を引用された。福島の子どもたちを救うために若手弁護士30人が活動を始めたと語った。

 印象的だったのは、写真家の広河隆一氏がパワーポイントでトツトツと話された、チェルノブイリと福島の現場の写真だった。広河氏の指摘されたポイントは、①私たちは事故発生の時、何をなすべきだったのか、②いま私たちは何をなすべきか、に集約される。そして、IAEA並びに原子力と結びついた御用医学者をこき下ろし、小児甲状腺ガン発生の危険性を糾弾し、ペンは変わらなくてはいけないとアピールした。特に、IAEAの腰巾着のようになって危うい安全調査報告を出している、長崎大学グループの重松逸造・放射線影響研究所初代理事長と弟子で2代目理事長の長滝重信教授を厳しく非難していた。

 休む間もなく話は続けられ、2時間以上に亘り熱心な議論が交わされ、久しぶりに熱気を感じたセミナーだった。だが、落合氏が「1,000万人のアクション」で反原発行動を行っているが、中々大きな力とはならないと壁を感じていると述べていた。ひとりひとりが行動を起すことが目標へ向けて力となる。

 翻って私にはどんな行動を起こせるだろうか。いつまでも傍観者であってはならないと思っている。壇上の9人の識者はみんな私より若い。気持ちはあっても、近年は体力が必ずしも伴わないことに忸怩たるものがある。

2011年11月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com