原発再稼動の動きが急激に加速している。あれほど原発反対の声が高まり、福島原発事故の収拾も、事故検証もまだ終わらず、脱原発の流れは変わらないというのに、突風のように慌てて再稼動へ舵を切ろうとする意図は何か? 確かに真夏の電力消費ピーク時を憂慮した電力供給不足を何とか回避しようとの気持ちは理解できる。だが、賛否の議論を半ばにして打ち切り、強引に再稼動しようとする手順には、追い詰められた原発賛成派の遮二無二原発を再開しようとの執念というか、怨念のようなものさえ感じる。空恐ろしいことである。
大向こうを唸らせることにばかり熱心な橋下徹大阪市長は、暫定との条件付で大飯原発再稼動を受け入れると表明した。やはりメッキが剥げたと言うべきだろうか、本音が表われたようだ。見得を切って格好の良さばかり売り込んでいるが、所詮その本心は一般庶民の声をないがしろにする大根役者である。
今朝の朝日のトップ見出しは「首相、再稼動決断へ」であり、経済紙日経にしても「大飯原発、再稼動へ」とある。内容を読むともう大飯原発再稼動は既定路線のようで、いかなるニュアンスであろうと反対と受け取ってもらえるうわべたけの発言をしても、真意は再稼動を容認することが明白になってきた。こういうだまし討ちのような決め方はいかがなものだろうか。関西広域連の受け入れ容認や関西経団連の強い再開要望に、結局政府が折れたと見るしかない。これで近いうちに条件付ながらも大飯原発が稼動し、他の原発も雪崩現象的に再稼動へ踏み切り、震災以前の「原発は安全で安心、安い」のキャッチフレーズの下に、電力の無駄遣いをやる。そして、放射能の恐ろしさが忘れられた頃、いつの日にか再び原発事故を引き起こすという恐ろしい構図が目に浮かんでくる。憂慮すべき事態である。
さて、今日の新聞を見ていて妙なところが気になった。今朝の朝日は全紙38頁である。新聞は通常B全紙を二つ折りにして見開きとして頁を重ねるので、4の倍数が普通で、今朝の新聞なら40頁か、36頁であるべきなのに半紙が1枚入って38頁となっている。手間隙かけてなぜこんな中途半端なことをやっているのだろうか。ちょっと気になった。全面広告頁が10頁もある。その他の広告頁を加えると全体の半分近くが広告ということになる。結局読者は購読料金のうち、気が向かなければ読みもしない新聞購読料を支払わされているわけである。どうでも良いことかも知れないが、どうもよく分からない。