びっくりするような若干寂しい話である。日本で一番長い校名の学校が閉校になり、70年の歴史に幕を降ろすという。学校区が高知県と愛媛県にまたがり、その間を篠川(ササガワ)という川が流れている。その校名の長さたるや、「高知県宿毛市愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山小・中学校」といい、実に32文字も綴られている。2025年度の生徒数は、小学生3人、中学生6人で合わせて僅か9人しかいなかった。それでもピーク時の1950年代には約300人も通っていたそうで、年々その数が減り、遂には閉校の憂き目を見ることになってしまった。高知県側の生徒数がゼロになったために、本年度から小中学生ともに愛南町の別の学校に通う。
近年都市化が加速する一方で僻地の過疎化が問題視されているように、これからも同じように山間部の学校などでは閉校される学校があることだろう。それにしても名前が一種の名物になって、新入生は学校名をそらんじられるように休み時間などに練習したというから微笑ましい。関係者にとっては長い校名は厄介だった一方で、自慢の種でもあったそうだ。
その学校は山々に囲まれ、野鳥の鳴き声と時折通る車の音しか聞こえなかったという。正門の横には、「土佐と伊予 とけてひとすじ 篠の雪」の句碑が立っている。卒業生はいつまでもこの学校のことを忘れないことだろう。それにしても自分が通っていた学校がなくなるのは、寂しいことだと思う。
もうひとつびっくりするようで、ふざけた話を紹介したい。それはラジオ番組で活動を再開したフリー・アナの生島ヒロシ氏である。昨年1月パーソナリティーを務めていた文化放送をコンプライアンス違反で番組を降りたが、自分の甘さを悟って反省し、今日1年3カ月ぶりに文化放送「生島ヒロシの日曜9時ですよ~」に再登場した。このラジオ放送は聞いたことがないが、生島氏については以前から随分好い加減なことを言う人だなぁとは思っていた。
それは、実際に2000年3月に私がパキスタンからアフガニスタンへ向かったが、両国の国境カイバル峠でその先は外国人が入ることは厳禁されていた。実際道路上に外国人がここから先へ行くことは許されないと表示された政府の大きな看板が掲げられていた。私は護衛兵が付いていたので、当然そのまま引き返したが、生島氏はその数日後にこのカイバル峠にやって来て、詳細ははっきり覚えていないが、自分は行ってみると言い残しその場を離れた。だが、アフガニスタンへの入国は当然ながら出来なかった。私がそこを訪れた数週間前に日本人の男女が違法に入国し、その後彼らの死体が見つかった。生島氏はここがダメなら別ルートで入国しテレビで報告すると視聴者に軽々しく約束をした。しかし、生島氏が入国したという情報はまったく聞いていない。テレビで報告もない。生島氏は緊張感のある外国の土地で、好い加減に思い付きの様な軽薄な発言をする人物だと知った。生島氏は他にも随分軽はずみな発言を繰り返したようだが、こんな人をまたメディアに登場させて大丈夫だろうか。メディアも甘いなぁとつくづく思っている。