いよいよ明日からイタリアのミラノとコルティナ・ダンペッツォで冬季オリンピックが開催される。大都市と山間の村の2か所に分かれて開催されるのは、選手よりも大会関係者の気配りと労力が大変ではないかと思う。日本もかつては冬季五輪ではあまり活躍が期待されなかった。最初に火を点けたのが、今から70年前の1956年にこのイタリアのコルティナ・ダンペッツォ大会だった。アルペン・スキー回転種目でオーストリアのヒーロー、トニー・ザイラー選手に次いで2位に入り、日本人選手として初のメダル、銀メダルを獲得した猪谷千春選手だった。猪谷氏は父親の猪谷六合雄氏とともに上皇が皇太子時代にスキーコーチをされたこともある。現在94歳で国際オリンピック委員会(IOC)名誉委員でもある猪谷氏は、すでに懐かしの現地へ入っているが、3日に開催されたIOC総会でコベントリー会長は、ヨーロッパ人以外で冬季五輪初のメダリストとなった猪谷氏を顕彰された。
あの時猪谷氏は、一時は金メダルかと期待されながらも結局アルペン3冠王を獲得したザイラー選手には勝てなかった。今でも時折想い出すことだが、今から23年前の2003年6月のことだった。僭越だが、勤務する会社内に「タウンクラブ」と名付けた「近藤ファンクラブ」というような集まりがあり、毎年私が企画するツアーにファン?が参加してくれた。比較的高齢で余裕のある生活を送られている九州地方の人たちを中心に20名前後の方々と、毎年初夏になるとヨーロッパへ贅沢な旅行を実施して多くの旅好きの方々のご参加をいただき、旅を満喫していただいた。この「タウンクラブ」について、今では廃刊になってしまったが、旅行業界誌「トラベル・ジャーナル」にも大きく取り上げられたことがある。しかも会社でも稼ぎ頭トップ・クラスのツアーだった。2003年の旅は、ヴェネチアから山中をバスでコルティナ・ダンペッツォへ行き、同地に2泊した。その後ヴェローナへ行き、コロシアムで本場のイタリア歌劇♪アイーダ♪を観劇したのも想い出に残っている。コルチナはアルプスの雰囲気に包まれた落ち着いた居心地の好い山村だった。スキー会場となったゲレンデの入口に日章旗が掲げられていたので、アレっと思い、ガイドに訊ねてみると当地で開催の1956年五輪でスキー・アルペン競技の回転種目で銀メダルを獲得した猪谷千春選手の栄誉を祝して、五輪以降ずっと日の丸が掲げられていると話してくれた。とてもおもいやりに溢れた温かいリスペクト心溢れる対応だと思う。金メダルを獲得した今は亡きザイラー選手ともども、土地っ子の間では猪谷選手の名前を知らない人はいないと話してくれた。
今もイタリアでは、94歳の猪谷選手が忘れられず、温かい歓迎を受けているが、意外にも日本では五輪前にメディアであまり取り上げられない。スキー競技の華であるアルペン種目では日本人選手の活躍が見られず、むしろ近年になって五輪種目になったカーリングとか、スノーボードのハーフパイプ、或いはメダルを期待されるスケート競技の方が注目されているせいもあるのだろうか。
猪谷選手が活躍したコルティナ・ダンペッツォ大会は、まだ高校生だったので、よく覚えている。そして旅行中に回転競技が行われたゲレンデにもロープウェイで昇り歩いたこともあり、格別感慨深い場所である。テレビでも放映されるだろうから、もう1度心地よいコルティナ・ダンペッツォの雰囲気に浸りたいと思っている。