年賀状宛名書きもほぼ終わりに近くなったが、肝心の年賀状の枚数自体が足りなくなってしまった。まだ30名ほどの宛名書きをしなくてはいけない。生憎今日からほとんどの企業は正月休みに入る。郵便局も今日から1月4日まで休暇に入った。欲しくても普通では手に入らない。そこで郵便の本局ではどうだろうか、ネットで調べてみると普通の郵便業務は本局で扱っているという。そこで国道246号添いにある世田谷郵便局に行ってみた。かなり混みあっていたが、幸い郵便事業は営業していたので、改めて年賀状を30枚ばかり購入することが出来た。序に宛名書きを終え、持参した年賀状の投函も依頼してきた。明日にはすべての宛名書きを終えて漸く一息つくことが出来る。今年はいつも通り万年筆で宛名書きを済ませた年賀状は300通ほどである。最盛期の6割ほどであるが、これでホッとして年越しが出来る。年を越せば越したで、また新たに年末調整の申請書類を書くのに毎日没頭することになるが、年賀状書きという大事な一仕事を終えるだけでも気分は安らぐ。
さて、年末になると今年1年を振り返って今年中に亡くなった著名人を、いろいろな分野で追憶するようなテレビ番組が放映される。昨夜NHKが、各界の著名人の回想を1年分まとめて放映していた。スポーツではミスタープロ野球の長嶋茂雄氏とサッカーのレジェンド釜本邦茂氏だった。懐かしい2人の映像を観ていると、彼らが語った名言に思い当たることがある。その外に文化人として、今年8月に102歳で天寿を全うされ他界された、お茶の裏千家第15代家元だった千玄室氏に関する映像と、その中で語った言葉に強い感銘を受けた。
玄室氏は、特に命の尊さと平和を茶の心を通じて訴えていた。それは、学生時代に学徒動員で海軍に入隊し、特攻隊員として3度志願したが、待機命令ばかりだった。結果的にそれが命を救うことになった。訓練した仲間が次々と特攻隊員として飛び立ち、帰って来なかった。彼らは飛び立つ直前まで母親を想い、「お母さん!」と叫んだそうである。今でも「僕は地獄から這い上がってきた男だから、本当に戦争の怖さが分かる」と言い、戦争には強く反対している。そして、「お茶には差別がない。人種を超えて一緒になれる」と語っていた。今の好戦的な政治家に聞かせてやりたい言葉である。
家元は茶道の普及と指導をしながら、平和の大切さを訴え、日本国内のみならず、海外の戦乱の地まで出かけて即席の茶室を作って茶の道を教えるとともに、お茶がいかに平和に役に立つのかをアピールしていた。時には、パレスチナにも、また国連議場でもお茶の作法を教えていた。茶道はどうしても地味であまり公には啓蒙されない節があるが、家元はそんなことには頓着せず、地道に伝道して来た。お茶の家元が、ここまで地道に平和について訴え、世界中を巡り歩いていたことは日本人として誇りである。
「戦はお茶の心に反する」、「国のため命捨てた仲間などいない」という反戦メッセージが特に印象的である。ご冥福をお祈りしたい。