6546.2025年4月15日(火) アウシュビッツの反省と再発の懸念

 昨晩NHKのドキュメンタリー番組「映像の世紀」(バタフライ・エフェクト)~アウシュビッツの生還者たち~を見て、身につまされ、つくづく考えさせられた。8年前の1917年バルト3国を訪れた後、ポーランドでこのホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)と呼ばれるアウシュビッツ絶滅収容所を訪れた。それまでに度々写真や映像でその姿を見てはいたが、実際に収容所内へ入ってみるとやはり臨場感から身体が落ち着かず、寒気がするような緊張感を覚えたような気がした記憶がある。ここは負の世界遺産として登録されてもいる。ここで罪のない110万人以上の人びとがガス室などで殺害され、その内9割がユダヤ人だった。昨日のドキュメントは、戦後生還した一部の人たちを追って取材したものであるが、皆収容されていただけで心に大きな傷を負っていることが分かる。

 中でもユダヤ人でありながら、チェコスロバキアに居住していた指揮者カレル・アンチェル(後にチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者)の人生は悲劇の連鎖だった。妻と息子はガス室で殺され、家族でアンチェルだけが生還することが出来た。1968年チェコへソ連軍が軍事介入した「プラハの春」事件でチェコは独立性を失いソ連の支配下に入った。この時アンチェルは偶々アメリカへ演奏旅行中だったために難を逃れて、そのまま亡命することになった。私も同年シベリア経由でチェコへ行く計画を立てていたが、この「プラハの春」事件により計画は白紙に戻されてしまった。

 また、イタリアのトリノに居住していたユダヤ人の作家プリーモ・レーヴィの行動録も興味深いものだった。作家として知られているが、一方大学で化学を学び化学技術者であったことが、ナチに殺害されることなく、逆に強制収容所内の化学工場で技術者として働かされることになった。しかし、収容所内の非人間的な空気ありきたりになった光景が我慢ならず収容所体験を記した「これが人間か」を著してこれが世界的なヒット作品となった。これは、アウシュビッツの古典記録文学として「アンネの日記」「夜と霧」と並ぶ評価を得ている。その後、ユダヤ人でありながら、自身の体験からイスラエルのパレスチナ占領政策に反対を唱え、イスラエル国内で物議を醸したこともある。

 他に印象に残っているのは双子の妹とともに人体実験の材料にさせられたエヴァ・コーである。ホロコーストを強く非難していたが、後にナチを許す発言をしたことによってユダヤ人から多くの批判も浴びた。しかし、晩年になってアメリカに渡りアメリカ人と結婚し幸せな生活を送り同地で亡くなった。今では自宅建物の壁に、自身の好みの青色の衣装を着て笑っている姿がペンキで描かれ、話題になったほどである。

 今年アウシュビッツ収容所が解放されて80年を迎え、数々の式典が行われた。1945年ソ連軍が収容所を解放した1月27日を記念してホロコースト「国際追悼デー」と呼んでいるが、犠牲者を悼む今年の式典には、イギリスからチャールズ国王も参列された。

 私にとっても衝撃的だったアウシュビッツで感じたのは、やはりナチの血が流れるドイツ人にとっては、悔やまれる同胞の前科であり、ユダヤ人に対してどことなく遠慮がちな態度が見られることだった。ホロコーストを繰り返すまいということは誰でも言える。だが、実際に繰り返さないと確約出来るかと問われれば、自分はしないが、いつか誰かがやるだろうという幻想はある。それは広島の原爆記念碑の碑文に刻まれた「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」も主語は一体誰なのかと長い間論争が続いていることからも推測できる。こんな残虐な行為があっても時が経てば、その悲しみは忘れられてしまうのだ。

 「これが人間か」

2025年4月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com