2130.2013年3月13日(水) 「誰も書けなかった石原慎太郎」を読む。

 過日知人にぜひ読んでみたらと1冊の文庫本を勧められた。昨年橋下徹・大阪市長を「週刊朝日」誌で槍玉に挙げたのはいいが、首を傾げたくなるような杜撰な「部落民表現」によって返り血を浴び、同誌ともども市長へ詫びを入れる顛末となった、話題の佐野真一氏が書いた「誰も書けなかった石原慎太郎」(講談社文庫)である。これは件の「週刊朝日」発行以前のものだが、怖い者敵なしの意気軒昂たる文庫本で、650頁からなる分厚な書である。佐野氏はこれまでソフトバンクの孫正義、ダイエーの中内功、書きかけたが挫折した橋下徹ら、それぞれ個性的であくの強い人物の評伝を書いてそれぞれに話題を呼んでいた。

 本書は月刊誌「現代」に連載された初稿に手を加えて長編として5年前に出版されたものだが、これまで知らなかった慎太郎と石原家にとっては明かされたくはなかったであろう、家族に関するプライバシーをかなりしつこく暴き出している。お蔭で石原家の出自から親族に関わるプライバシーまで新しい事実を随分知ることができた。

 私にとって石原慎太郎氏は母校・湘南高校の5年先輩であり、高校生の頃芥川賞を受賞して若きヒーローとなった時、担任教師がそのことを自慢気に話し、われわれ生徒に激を飛ばしたものである。本書には慎太郎に関して高校時代の恩師や仲間との交流が多彩に紹介されている。

 中でも他のメディアでもこれまで話題になったことがある美術部顧問の奥野肇先生は慎太郎が心から敬愛し心服していた恩師で私自身も美術の授業を受けた。しかし、奥野先生はこう言っては失礼だと承知しているが、東京芸大出身のかなり風変わりな先生で、服装も派手なら態度も横柄で、初めての授業でこれが公立高校の先生かと思ったほどとっぽい印象だった。短気な性格のようで、ある時縄跳びを自慢した途端に失敗して生徒から冷やかされるや、顔を真っ赤にして縄跳びのロープを生徒に振り回し、「ロープが悪いんだ」と言ってそのロープを床に叩きつけたことがあった。

 奥野先生は私が3年生の夏榛名湖で美術部の合宿中にボートが転覆してドラマチックに亡くなられた。一時ボート上で酒を飲んでいてそれが原因で溺死したとあらぬ噂が飛び、先生方が懸命に否定して走り回っていた。2年先輩の元美術部員で後に画家となられた故佐藤亜土さんの母で、オペラ歌手だった佐藤美子さんが葬儀で歌われたアリアが素晴らしかったと葬儀に参列された他の教師が話してくれた。だが、ひょっとすると奥野先生と慎太郎とはお互いに変わり者同士で案外気心が合ったのかのではないかとも思っている。

 本書の中で著者は慎太郎について、「短気、わかまま、粘りのなさ、骨惜しみ、非寛容、オカルト世界への傾斜、加齢と成熟を拒む幼児志向、強烈な国家意識」と容赦ない。同時に「石原慎太郎ほど評価が極端に割れる男はいない。日本を滅亡に導く危険なファシストという声があるかと思えば、沈没寸前の日本を救う卓越したカリスマ的リーダーとの声もある」と功罪相半ばした評価も下している。

 本書には湘南高校にまつわるエピソードがかなり紹介されている。とりわけ同級生だった(その後日比谷高へ転校)評論家・江藤淳とのやりとりや交流がかなり事細かに取り上げられている。長い間藤沢市長を務め、その後民主党代議士となった葉山峻さんの自宅で社研の集まりを持っていたことは初めて知った。葉山さんの次弟で弁護士の水樹さんとはラグビー部で一緒にスクラムを組んでプレイした。

 また、同期生のスポーツキャスター佐々木信也さんの話も紹介されているが、私が佐々木さんから直接伺った話では、慎太郎の大きな態度に甲子園優勝メンバーの佐々木さんら野球部員はあまり好い印象は持っていなかったようで、佐々木さんはライト方面、つまり慎太郎のいるサッカー部のゴールポスト方面への狙い撃ちの成果が表れ、ライトヒッティングが上手くなったと言っておられたくらいである。とにかく慎太郎は常に上から目線で人を見下して、それは同級生に対しても同じだったそうだ。逆説的に言えば、そういう自己中心的な性格ですべてに有能な人物だからこそ、半世紀の長きに亘って日本社会の中で強烈な存在感を発揮してこられたのではないかと多くの人が認めているのも事実である。これから石原慎太郎氏はどういう道を突き進んでいくのだろうか。密かに漏れてくる情報では、現在大分体調が悪く、今では面会謝絶と聞く。もうしばらく言いたい放題言って欲しいという気もしている。

 いずれにせよ、本書は評伝としても興味深かったし、慎太郎の新たな一面を知る意味でも参考になった。ぜひ多くの人に読んでもらいたい書としてお勧めしたい。

 さて、昨日の朝日新聞「東日本大震災オピニオン」に「除染これでいいのか」と題して3人の有識者のひとりとして高校同級生の中西準子さんが取材に応えている。1,2年生時に同じクラスだったが、地道な科学分野で研究に努めて成果を挙げ、一昨年には同じ湘南高卒業生のノーベル賞受賞者・根岸英一博士や世界的指揮者の大野和士氏とともに文化功労者に推薦された。彼女の肩書きを見ると「除染を研究するリスク評価専門家」となっている。相変わらず地味ではあるが、大切な研究に精進されていることが分る。1年生の時大学出たての新任「生物」担当の与野主計教諭から何でも良いから歌を歌えと言われ、私がつい煽てられて津村謙の「上海帰りのリル」を蛮声張り上げて唄ったお粗末に対して、彼女が「第一インターナショナル」を堂々歌ったことで勝負はあった。懐かしい思い出である。

 中西準子さんの益々のご活躍を祈っている。

2013年3月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com