2132.2013年3月15日(金) とても三権分立とは言えない韓国の司法制度

 昨日韓国から浮石寺の僧侶ら6人がアポなしで突然対馬の観音寺を訪れ、観音寺住職との会見を望んだ。しかし、観音寺の住職はこれを断った。それは礼儀以前の問題であり、観音寺関係者の気持ちはよく分かる。この観音寺から盗まれた仏像が韓国で見つかったが、浮石寺が仏像は元々自分たちのものであると主張したために、公正より世論を配慮する韓国の裁判所は直ちにこれを日本に返すことは認めず、所有権が確定してから帰属を決めるべきものとの理不尽な判断を下していたのである。自分たちの寺にあったものだとの何の証拠もなく、これまでその仏像が浮石寺のものだと主張したこともなかったのに、それらしい仏像が目の前にぶら下がったのを知るや、突然何の根拠もなしに自分たちのものだと主張するのは、仏の道に仕える僧侶としては少し強欲ではないか。

 この裁判の判例に限らず、韓国の司法は以前から近代国家の司法制度からかけ離れていて、司法検察は権力者の道具と見られていて、権力者の意向を忖度し、そのうえで世論におもねていると思われている。つまり司法が立法や行政に牛耳られているのである。それは権力者の象徴である大統領ですら、その座を去ると後任の大統領の下で訴追されるのが恒例となっていることでも分る。親族に不正蓄財容疑があった李明博・前大統領も近々逮捕されることは確実と見られている。また、司法が世論を気にするあまり、必ずしも中立ではなく国民の意向に沿った判決を下す傾向にある。

 本来国内法より優先されるべき国際条約が無視されることも多く、時効などが蔑ろにされることも日常茶飯事である。去る1月には、靖国神社放火の中国人容疑者が韓国内で捕まったが、日本側の身柄引き渡しの要求を拒否して中国へ送り返すような、唖然とする措置を平然と行うような「無法」ぶりである。

 これらの原因のひとつは、韓国の最高裁や憲法裁判所の裁判官が大統領によって任命されることが大きく影響しているからである。朴新大統領も任期の切れる裁判官の後任に自らに近い人物を充てると見られている。そのため裁判が恣意的に進められることも多く、近年では国家寄りの判断が外交摩擦の火種ともなり、国内経済の足を引っ張る原因にもなっている。

 特に、経済問題の衝突で発生するトラブルに韓国企業有利の裁判は、韓国国内を閉鎖的な市場とさせ、ゴールドマン・サックスやヤフーなど外資系企業が韓国から撤退する要因を作っているほどである。

 それでも中国の司法制度が共産党の下で、司法の独立などは一切構わないのに比べればまだましなのだろうか。ただ、韓国の司法の現状は、経済が発展しても先進国入りは程遠いことを映し出しているし、そんな国内のいびつなやり方をわが国に対して押しつけられても困る。

2013年3月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com