2163.2013年4月15日(月) 30年前の出来事とその2年後の思い出

 俗に「十年一昔」とか、「一世代三十年」と言われるが、今日東京ディズニーランドが開業30年を迎えた。たかが、一遊園地がよくぞここまで繁栄続けられたものだとその弛むことなき企画力と営業力に脱帽である。昨日の各新聞には大きな全面カラー広告を出して新たな仕掛けをPRしていた。

 ディズニーランドと言えば本家本元のカリフォルニア州アナハイムに初めて行った時に、これは結構面白いと思ったが、これとほぼ同じ規模にして日本で営業しても、日本人の文化や嗜好に合うかどうか懐疑的だった。しかも計画自体が当時浦安沖埋め立て空き地跡を利用するというひょうたんから駒のような苦肉のアイディアと、スポンサー企業が三井銀行と赤字続きの京成電鉄だったことも、失礼を承知のうえで敢えて言えば赤字企業を予測させるものだった。

 それが、今までの入場者数は5億6千万人に上るというから、日本人が一人当たり4回以上足を運んでいる勘定になる。私はまだ2回しか訪れていない。他には類のないほどの成功例であり、このすごい人気は今後どこまで伸びるのか空恐ろしいほどである。スケールは比較にならないが、この種の似たような施設は各地に山ほどあるが、これほど成功したエンターテイメントはない。

 わが家でも初めて家族揃って出かけたのは、開業前の内覧会に義父の慶應幼稚舎時代の親友だった、首藤・初代東京ディズニーランド社長から招待券をいただいた幸運からである。聞けば今では、若者のデート・スポットにも利用され、最近では老若男女を問わず幅広い年代層がゲートを潜るそうだ。中には子どもから還暦記念に入場券をプレゼントされたという老夫婦もいた。

 俗っぽい表現で「継続は力なり」とよく言われるが、この東京ディズニーランドの30年はいろいろな意味で評価される年月ではないだろうか。

 時代とともに好みは変わる。この先東京ディズニーランドがどれだけ一時の幸せ気分を入園者に抱かせ、このまま入園者の期待に応えて、長く現在の成長トレンドを歩んでいくことができるか、見守りたいと思う。

 さて、30年前の東京ディズニーランド開業から、その2年後を思い出させるエッセイが今日の日経夕刊に掲載されていた。日産自動車の志賀俊之CEOが「サッチャー元首相と英国工場」と題したエッセイを日経に寄稿している。日産サンダーランド工場設立に先日亡くなられた元首相が尽くされた努力に対して感謝の気持ちを綴っている。サッチャー元首相が今も国内で高く評価されている国営企業の民営化への移行の折、日産工場をイギリスへ招致し日産海外基幹工場として根付かせた功績を称えているのだ。

 実は1985年9月文部省教員海外長期派遣団でこのサンダーランド(Sunderland)の北方15㎞にあるサウスシールズ(South Shields)で学校、教育施設を訪問したことがある。私たちはサウスシールズ市で女性市長主催の歓迎パーティに招待された。その折市長は日本人の優秀性を持ち上げ、日産の工場進出を雇用面の効果の点で高く期待し、日本とイギリスの友好関係が長く続くことを願っているとご機嫌で歓迎挨拶をされたことが強く印象に残っている。サッチャー首相ご臨席の下に日産サンダーランド工場が開所式を迎えたのは、私たちのサウスシールズ訪問からちょうど1年後の1986年9月のことである。

 これは偶々すべてが上手く行き、日産工場進出万歳、イギリス病解決、サンダーランドで雇用創出など成果を上げる結果となった。すべてこうなれば言うことなしだが・・・。

 すでに「一世代三十年」も昔のことになってしまったが、時折自分がトレースして思い出の残る時や場所が、歴史の舞台で演じられる「日本の海外成功プロジェクト」と結び付けられるのは、何とも言えず小気味いいものである。

2013年4月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com