些か拍子抜けしてしまった。昨日このブログに浅田次郎著「黒書院の六兵衛」の主人公・的矢六兵衛の殿中における無礼な行動は本当なのかどうか疑わしいと書き、近いうちに作者の浅田氏に会ったら尋ねてみようと気楽に記した。ところが、昨日の今日、思いがけずその浅田氏に会ってしまったのである。
早速あの連載小説は面白かったが、あれは本当の話ですかと浅田氏に不躾に尋ねてみた。「いやぁ、あれはウソ、ウソですよ。だって小説ですもの」と浅田氏に笑いながら軽くいなされてしまった。まぁ小説だから浅田氏の言う通り、ストーリー通り真に受ける方がおかしいのだろうが、それでももう少し信じ込んでいる読者の気持ちも斟酌して作家としての思いも込め、フィクションであれ、ノンフィクションであれ、少しはたぶらかせてもらった方が良かったというのが勝手な言い分である。
実は、今日兜町の日本ペンクラブ本部で「ミャンマーの作家・人権活動家マ・ティーダ博士との懇談会」があり、話を聴いてみたいと思い、参加を申し込んでいた。実は、これにペンクラブ会長として浅田氏が出席され、挨拶されたのである。出席者は円卓テーブルに座りマ・ティーダ博士を含めて23名だった。主宰したのはペン獄中作家・人権委員会で、委員長はペンクラブ常務理事で、直木賞作家でもある西木正明さんである。西木さんには先日元鎌倉市長の竹内謙氏からお誘いを受け入会することになった「鎌倉学会」について聞いてみた。西木さんは話を聞いていないということだった。早大探検部時代の同じ山仲間として親しい竹内氏が、鎌倉市とは直接関係ない西木さんには遠慮して連絡しなかったのかも知れない。
さて、今日の懇談会のゲストである、マ・ティーダ博士は外科医でありながら作家として活動し、ビルマの民主化のために闘い、1993年不幸にして投獄されたが、現在47歳の働き盛りである。ビルマの民主化運動の経緯について自身の獄中体験を含めて話をされたが、投獄された理由は4つあるという。①治安を乱した、②非合法組織との接触、③無断印刷物発行、④同印刷物配布である。この4つの合わせ技で20年の刑だそうだが、それでも6年で出所することができたと仰っていた。
博士のスピーチの後でイの一番に手を挙げて質問した。テレビでアウンサンスーチーさんが、憲法を改正したいと話していたが、改正のためには全国会議員の3/4以上の賛成が必要で、悪いことにはその国会議員の1/4が軍人である以上憲法改正は難しいのではないかと尋ねた。博士の答えは、確かに憲法改正は難しいが、その前2015年に実施される大統領選挙でアウンサンスーチーさんを大統領にさせたいと意欲的に語った。いずれも難しい課題であるが、それでも憲法改正より大統領になる可能性の方がやや多そうだ。ただ、彼女も現在68歳であり、仮に大統領になっても70歳を超えている。その後に山積する課題をクリアするのは、相手が民主化運動を弾圧してきた軍人だけにかなり厳しいのではないかと思う。
来日中のアウンサンスーチーさんは今日安倍首相と会談した際、日本の支援を得つつ、自分も努力していきたいと述べ、同時に日本の若者にビルマへの関心を持って欲しいとも訴えた。
マ・ティーダ博士が女性とは顔を見るまで気がつかなかったが、よく考えてみれば「マ」で始まるビルマ人の名前だから、少しでもビルマを知っている者なら女性だと気がつきそうなものだ。彼女は腰が低くて優しく、とても感じの良い女性で、私の質問にも丁寧に分りやすく応えてくれた。私がビルマへ度々行ったことがあると話したので、気安く話をしてくれ、名刺を交換して‘Selling Tours’誌1980年5月号に私が寄稿したビルマに関するエッセイ(日本語)のコピーを差し上げた。
今日の懇談会に参加して、マ・ティーダ博士のように地道にビルマの民主化運動に取り組む姿に感銘を受けた。