アメリカ国内に凶悪な事件の連鎖ではないかと思える雰囲気がある。その初っ端に起きたボストン・マラソン爆発事件については、幼い子どもを含む3人の死者が出たことについて、オバマ大統領が犯人に対して強い口調で非難し、追悼式に夫妻揃って出席した。2人の容疑者については写真、動画が公表されていたが、銃撃戦の末身柄を拘束したところ、まもなく1人が死亡し、もう1人が逃走したというニュースが流れてきた。
昨日はテキサス州の肥料工場が爆発し、今日現在まだ鎮火しておらず、死者14名、重軽傷者160人と報道されている。そこへ、今度はボストン市郊外のマサチューセッツ工科大学(MIT)内で警官が殺害された。マラソンで爆破テロを起こした犯人が国際的に有名なMITで新たなテロを仕掛けようと忍び込んだところを発見され、逆に警官を銃殺したとの見方がある。マラソンゴール地点、MIT、そして警官隊と撃ち合ったウォータータウン住宅街などボストン市内で発生した一連の事件は住民を恐怖に陥れながら広がりを見せている。
しかし、このように物騒な事件が頻発するのは、アメリカ社会の矛盾と暗部が吹き出したからで、今に始まったことではない。
折も折、昨日オバマ大統領が精魂を傾けた武器規制強化のための法案が、アメリカ上院で否決された。政権第2期の最重要課題として同法案の成立を目指していた大統領は「ワシントンは大いに恥ずべき日だ」と反対した議員らを強く非難した。理念や危険野放しよりも、利己的な欲が勝ったというところだろうか。こんな拳銃による死傷事件が発生した日に銃規制法案が否決されるとは、何とも皮肉なものである。銃社会をコントロールすることは、いかにアメリカ民主義国家といえども思うようにはならないものなのだろうか。
オバマ大統領は失望の色を隠せず、今後とも銃社会を失くすために努力すると語ったが、今回否決された法案には同じ民主党内から裏切り者が出たことが大きなショックだったようで、それだけアメリカ国内の銃社会構造は複雑で根深いものがあると言えるだろう。
この間北朝鮮による強硬な挑戦的行為はつんぼ桟敷に置かれていた。しかし、北朝鮮は国際社会の厳しい反発と非難に対して、対話に向け条件を出してきた。それは、国連制裁決議の撤回と米韓合同軍事演習の中止である。後者はともかく前者はとても受け入れられる筈もなく、日本はアメリカとともにこれを断固拒否すると公表した。これで北朝鮮の選択肢はさらに狭まった。
今ボストン市内を逃走中の犯人はチェチェン人兄弟の弟で、兄は死亡したそうだが、写真も公開され、遅かれ早かれ逮捕されることになるだろう。北朝鮮だって振り上げた拳の下ろしようがなくなったように思えるが、どうだろうか。