2176.2013年4月28日(日) 沖縄「屈辱の日」に国の記念式典開催の怪

 政府主催による「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」が「日本主権回復の日」とする今日、憲政記念館で天皇・皇后両陛下ご臨席の下に開かれた。政府の一方的な式典開催のスケジュールの発表に対して、この数日この日を「屈辱の日」として反発する沖縄、及び有識者の声がメディアを通して伝えられている。沖縄にすれば極めて不本意、かつ不条理で、国が沖縄県民の意思を無視して勝手に祝典を行っているが、沖縄にとっては、未だ国内における全米軍基地敷地面積の74%が沖縄に偏って沖縄に負担を強いて存在する現状に、何が「主権回復」なのかと屈辱的な反感を表している。

 今日4月28日を記念式典に決めたのは、サンフランシスコ講和条約の発効で、連合国による戦後占領支配から解放された記念日というのが政府の言い分である。ところが、沖縄にしてみると主権回復は本土だけであり、沖縄は引き続きアメリカの占領状態が続いた。そして日本政府の施政権下に戻ったのは1972年で、しかも基地抜き、核抜きという条件が見事に反故にされ、沖縄は基地にこそ存在感があるような異常な自治県となった。

 この沖縄における米軍基地の存在がありながら、なぜ主権の回復につながるのかとの素朴な疑問が沖縄県人にはある。

 結局、何と言い繕うとも自民党安倍政権にとっては、沖縄のことは自分たちの政権運営上まつわりついたハエぐらいにしか思っていないのではないか。勘ぐって考えるなら、沖縄は1972年に日本へ復帰するより、むしろそのままアメリカの施政権下にあってくれた方が良かったぐらいにしか考えていないのではないか。

 安倍政権はアベノミクスの経済効果に味を占め有頂天になって、この際国民不在であろうとも自分たちの片思い政策を一気にやってしまおうと考えているのではないか。それは閣僚や国会議員の靖国参拝のような無思慮で無作法な行動にも端なく表れている。こんなパフォーマンスはただ中国や韓国を刺激しているだけで、戦没者に尊崇の気持ちを捧げることより、中韓両国民の神経を逆なでしているだけである。今日の式典だって、徒に沖縄県民の気持ちを刺激しているだけである。安倍政権の右傾化は益々加速し、いよいよ憲法改正、そして国防軍を持ち、一昨日NPTで「核の不使用」共同宣言に署名しなかったように、いずれ「核」保有国になることを密かに考えているのではないか。麻生副首相にしても同じだが、これだから苦労知らずの甘ったれたお坊ちゃまは怖い。

 それでいて安倍首相は式典で、「沖縄が経てきた辛苦に、ただ深く思いを寄せる努力をして、未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたい」と何とまぁ白々しい式辞を述べるのだろうか。

 最早安倍首相の本音ははっきり見えた。経済効果でカムフラージュしながら政治、外交の場で自らの右翼思想を練り上げているのだ。これを周囲では誰も止めようしない。これでは最早救いようがない。

 さて、今朝の日経紙「文化」欄に作家・浅田次郎氏が「見果てぬ花の咲く如く」というエッセイを書いている。本ブログの4月17日、18日に書きこんだ同氏の連載小説「黒書院の六兵衛」について読後感と浅田氏から直接聞いた感想に触れたものだが、その浅田氏が自分でもよく分らないうちに、結論が固まったような印象をエッセイの中で書いていて興味深い。18日に浅田氏にお会いしてストーリーの事実関係について尋ねた時、「いやぁ、あれはウソ、ウソですよ。だって小説ですもの」と浅田氏に軽くいなされたが、ご当人も夢の中にいるような気持ちだったのだと知って浅田さんの気取らない庶民的なお人柄に好感を持った。

2013年4月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com