2180.2013年5月2日(木) 幼馴染との細く長い交遊

 日経新聞朝刊に「交遊抄」というコラムがある。一昨日の「交遊抄」の中で名を挙げられていたのは、一瞬小学校時代の同級生の弟のことではないかと思えた西宮市内の病院長についてで、元りそな銀行副社長がその医師としての実績と人生観を褒め称えている。この弟さんには小学生の時以来まったく会ったことがなく、ほんのちょっぴりイメージが浮かんでくるだけだが、友人から聞いた限りで推察するに弟さんに間違いないと睨み、早速彼にメール送信して尋ねたところ、やはりその通り友人の弟さんだと判った。元りそな銀行経営者が弟さんは救急救命活動に取り組み、酒も飲まずゴルフもやらず、新設病院で365日24時間診療体制を取っていると敬服して書いておられる。友人同様に弟さんも人間的に素晴らしい人のようだ。

 友人とは終戦の年に房州の勝山国民学校に入学してから5年生の1学期終了までの4年半の間、2年間同じクラスだった。お互いに戦中戦後の貧しく落ち着かない時代に初等教育を受けたが、山野を駆け回り、海で泳ぎ、自由奔放に遊び呆けたことが懐かしい思い出として印象に残っている。彼は優秀で、珍しく姉、兄、妹、弟がいる5人兄妹の真ん中で、5人とも小さな町では傑出して目立ち、その秀才、才媛ぶりは申すまでもなく、その美男美女ぶりも知らない人がいなかったくらいである。今更ながら友人のご両親の家庭教育に敬服する次第である。

 友人とは父親同士が大学の同窓という、半農半漁の田舎町にしては珍しく家庭環境が似ていたせいだろうか、親しく付き合い、途切れ途切れになりながらも今日まで友人として70年近くも永続的に交流を続けることができた。

 私は父の転勤のため度々引越しと転校を重ねたが、幸い彼とは妙に気心が通じてこれまで細い糸を切ることなく文通を続けてこられた。彼と別れてから64年になるが、その間会ったのは彼が一橋大生時代に鵠沼のわが家に滞在した時、また私が彼の下宿先を訪ねた時、彼の住友商事ロンドン支店駐在時にロンドンの日本料理店「サントリー」で食事をした時、そして4年前の私の出版記念会とその直後に千葉市内で食事をした時だけの、たったの5回である。彼は商社マンとして忙しく世界を駆け回った一方で、私も同じように旅行業に携わりながら世界を旅した。お互いに多忙な中でも「蜘蛛の糸」はぷっつり切れることはなかった。稀なくらい珍しい交遊関係と言えるが、確かにハッピーな友人関係だと思う。今にして心から思う。よくぞ長きに亘ってわれわれの友情は保たれた・・・と。

 それでも細くても固い友情の絆は結び、継続することができる。その気になればこそである。まめに手紙を書いたことが良かったと考えている。友人の思いやりに感謝しつつ、良き友に恵まれた幸せにひとりほくそ笑んでいる。夏には久しぶりにまた会おうと約束したところだ。

2013年5月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com