惜しいことと残念なことがそれぞれ1つずつあった。
惜しいこととは、今年世界遺産に登録がほぼ当確と見られていた古都・鎌倉が登録されないことがはっきりしたことである。4日前に「鎌倉学会」設立総会で、世界遺産登録はほぼ確実であると参会者の誰もが信じ、加えて元鎌倉副市長も国際記念物遺跡会議(イコモス)とのやりとりの中で可能性が極めて高いことを匂わせる発言をしていた。私も学会のために世界遺産に関して、情報収集、紹介等についてお手伝いできるということを竹内謙代表幹事に約束したところだ。
さらに、つい一昨日の日経紙には鎌倉の世界遺産登録が確実視されるかの期待を抱かせる7段の大きな記事が掲載されていた。曰く「鎌倉待ちわびる 世界遺産登録」とある。
今日のニュースを聞いて、ほかの学会員も今ごろ大分がっくりきているのではないだろうか。
鎌倉が不登録と勧告された根拠として、「武家の古都・鎌倉」は歴史的な重要性こそ説明されているが、①顕著な普遍的価値が証明されていない、②社寺はあるが、武家の権力を示す遺跡が少ない、③都市化の影響を無視できない、という点で世界遺産にそぐわないと明らかにされた。ここまで存在した制度と実態を抽象的な形にでも表現することを求められるとは思いも寄らなかった。鎌倉にも少々油断があったのではないだろうか。
他方、もうひとつの候補地である富士山は自然遺産としてではなく、文化遺産として登録されることになった。その名も「富士山と信仰・芸術の関連遺跡群」とされ、富士山が信仰の山であることと、葛飾北斎や歌川広重の浮世絵に見られるように文化的、芸術的な視点から捉えられていることが分る。いずれにしろ、富士山が日本の象徴であることが評価されたことは嬉しいことである。北原白秋作詞、山田耕筰作曲の母校・湘南高校校歌も♪秀麗の富士を 高く 西に仰ぐ この丘~♪と冒頭から富士山が唄われるように、在学中母校の図書館からよく富士を遠望したものである。
正式に決定されるのは6月だが、すでに富士山決定の号外が発行される有様である。これが新たな観光振興のさきがけとなれば、世界遺産さまさまというところだろうか。
残念なことは、2020年東京オリンピックの招致活動の一環としてニューヨークを訪れていた猪瀬直樹・東京都知事が、つい口をすべらせて「イスラム国はお互いにケンカばかりしている」とか、「トルコの人たちは長生きしたいなら争いのない日本へ来たらよい」等々、IOCが禁じている立候補都市を批判する発言をしてしまったことである。何とも軽率というか、無思慮というか、先ごろの知事選で最高得票を獲得した同じ人物とは思えないほどの大チョンボをやってしまった。今朝の新聞を見ても招致委員の中心人物がオウン・ゴールを蹴ってしまったと手厳しく非難している。
尤も猪瀬知事は元々自信家で不遜な言動で知られている。愛煙家である知事は、喫煙を個人の権利として当然と考え、周囲から嫌煙権について詰問されてもまったく意に介さず、傲慢過ぎるほど激しく自己主張を貫く人物である。
例えば講師を務めた東大で講義中にタバコを吸い、学生から注意されるや学生席は禁煙、自分の教壇周辺は喫煙席と開き直り、挙句の果てに反対なら授業を聞かずに出て行け、とその傲慢ぶりは周囲が呆れるほど徹底していた。こういう人物は周囲が見えなくなり、いつかはチョンボを犯すものだ。どうして、外国にまで東京のPRに出かけて顰蹙を買う言動をするのか、情けなく思う。オリンピックの他の立候補都市である、イスタンブールとマドリードから格別非難の声は上がっていないが、世界中に猪瀬バッシング、東京バッシングの声が渦巻くことは逃れようがない。これで東京オリンピック開催の期待はしぼむことになるだろう。しかし、これでは招致活動に励んでいる人たちに冷水を浴びせるものだ。猪瀬知事にはもう少し自覚を持って行動して欲しい。残念である。実に残念である。