ロシアと中東歴訪を終えた安倍首相が昨日帰国した。その成果はどうだっただろうか。首相周辺は自画自賛しているようだが、それほど胸を張って自慢できるものだったのか、些か疑問に思える点がなくはない。
例えば、4月30日付本ブログに取り上げた、北方領土問題についてプーチン大統領から非公式に提案されたとされる4島の面積等分返還は、果たして大統領にどこまで本気度があるのか、単なる外交辞令なのか、それとも牽制球ではないのかと疑問を投げるロシア問題専門家もいる。それが微妙にロシアの探られたくない腹を突いたように見えたのは、日ロ両首脳共同記者会見の場で、ある日本人記者が北方領土にロシア人が居住し実行支配している現状を指して、そのような環境下で果たしてそれは可能なのかと単刀直入に質問したことに対してプーチン大統領は一瞬色をなし、きつい言い方でロシア人の居住はこれまでの長い歴史でそうなったと応えたが、その興奮した口ぶりに大統領の本音が垣間見え、本心はどうなのか分らないと指摘したのが、袴田茂樹・新潟県立大教授である。他にも副首相やラブロフ外相のように、北方4島は第二次大戦で敗戦国の日本から戦勝国であるロシアが正当に領土を獲得したものでロシア領だと公言する大物もいるうえに、ロシア国内でも現状ではプーチン大統領にもそれを押し切るほどの力がないと言い切る専門家は多い。
さらに訪ロ前の国会で質問に応えた安倍首相の答弁内容が、日本国内より中韓両国からはもちろん、アメリカでも問題とされていることが気にかかる。アメリカの見方は極東地域で反日感情が起きるのは、日本の歴史認識の捉え方に問題があるからだと追及する中韓の言い分に理解を示すもので、日本の、否安倍首相の歴史感に疑問を投げかけているのだ。このことを首相自身はどう考えているのだろうか。
首相の歴史感については、アメリカの大手メディアのワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムス、ウォールストリート・ジャーナル等の紙上にも取り上げられているが、その典型はワシントン・ポストの社説である。「歴史に向き合えない安倍晋三“Shinzo Abe’ s inability to face history”」と取り上げられ、安倍政権の極右傾化が事実とかけ離れた歴史認識になっていると批判的なのである。
安倍首相が「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない。国と国の関係でどちらから見るかで違う」と答弁したことが、首相の右傾化の言動に一層拍車をかけ、中国及び韓国との対立に火に油を注ぐ形になっている。「侵略」という言葉は侵略された国にとっては極めて屈辱的であることを考えれば、一国の首相がまかり間違ってもこんな不用意な言い方は軽々しく口にすべきではない。この辺りに安倍晋三の軽薄さ、未熟さ、そしてまだ成長途上にある人間であることを感じる。ワシントン・ポスト紙社説はこの点に関してこうも言っている。中韓両国の憤激は理解できるもので、確かに歴史は常に再解釈され続けている。しかし事実というものがあると言い、ドイツが歴史と率直に向きあってヨーロッパでの地位を確立してから何十年もたつというのに、どうして日本にはいまだに事実を認められない人々がいるのだろうか?と強い疑問を投げかけている。
実際、憲法改正議論にしても、肝心なことを見過ごしてことを急いている印象が拭い切れない。最早首相の腹の内はかなりアメリカ人ジャーナリストに読まれている。このままでは危険な道へ進むのではないかとのお節介を、謙虚に反省してみるのも一流政治家へ歩むためのベースであり、宿題ではないだろうか。
今日子どもの日の東京ドームでは、プロ野球・巨人対広島戦に先立ち、長嶋茂雄氏と松井秀樹氏の国民栄誉賞授賞式と松井選手の引退記念試合が行われた。初めて行われた首相官邸外の国民栄誉賞授賞式には安倍首相も出席され、直接賞状や記念品を手渡したり、2人の授賞スピーチも行われた。それはそれで大変温かくほのぼのとしたセレモニーとなり、ひとつの時代を画した名選手に対して大向こうを唸らせるような効果的な舞台になったと思う。長嶋氏がバッター、松井氏がピッチャー、原巨人軍監督がキャッチャーを務めた始球式では背番号「96」を着けた首相自身も球審として参加しておられた。「96代目」首相ということからそうなったらしいが、政界スズメは今話題の憲法改正のステップである「憲法第96条」にあやかったのではないかとの穿った声も聞かれる。ともかく2人の堂々たる行動実績や立派なスピーチをした松井選手にあやかって、安倍首相も一国を代表する総理大臣としてもう少ししっかりした言動をしてもらわないと困る。