小中陽太郎さんの平賀源内の講義も4回目であるが、講義終了後「淑徳大学サテライト・キャンパス」ビル地下にあるライオンホールで飲み会を行った。受講者には私を含めて小中さんの知り合いが多い。特に、小中さんの母校・東京都立大付属高の同窓生が多いが、その中に小中さんの同級生で高野祐子さんと仰る、しっかりものの女性がおられる。ご主人が学生運動にかかりきりだったらしく、高野さんもそういう政治的な運動に大分関わってこられたようだ。
現在江戸川区内に住まれて、近くの元・中川の水質汚染について東京都に調査を願い出ているグループの中心となって活動しておられる。78歳ながら理知的で頼もしいオバサンである。猪瀬東京都知事や担当の都市整備局長、環境局長、下水道局長宛要望書のコピーをいただいたが、諸要点を整理して上手にまとめられている。道半ばのようであるが、気持ちのうえで応援してあげたい。ただ、高野さんがほぼ同世代の全学連の清水丈夫書記長をご存じなかったのは意外だった。
もう1人初対面の人で強い印象を受けたのは、元読売新聞ワシントン支局長の湊和夫氏である。新聞社を辞めてから御茶ノ水女子大と十文字女子大で教授を務めて、81歳の現在十文字女子大名誉教授である。湊氏の中学生時代の凄惨な体験が、今も反戦、厭戦精神を支えているようだ。氏は戦争では敗者と同様に勝者も必ず傷を負うと言われて、戦争は絶対に止めるべきだと主張しておられた。特に、刺激的で生々しい話は中学生の時、長崎県大村で長崎市内への原爆投下を目撃し、その後被災者の救出のシーンを目の当たりにしたことだそうだ。父親が医師だったために手伝いをさせられたと語っていた。悲惨な状況を見てご両親は終戦直後に洗礼を受けてクリスチャンになられ、氏も後日洗礼を受けられたという。
他にも、西山太吉・毎日新聞記者が関わった外務省機密漏洩事件について語った、毎日新聞記者だった女性が夫の教育現場の「君が代、日の丸」訴訟で復職を求めた裁判の体験を話されたが、裁判所は体制派であり、弁護士も体制派であり、判決は結論先にありきだと言われたことがひどく気になった。
皆さん多士済々で、有能な方々ばかりで大いに力づけられた。2週間後に最終講義があり、その後トルコ料理店「カッパドキア」で食事会を行うが、どんなことになるやら今から楽しみである。