寡聞にして知らなかったが、われわれが度々アメリカへ行っていた時代に比べて、最近のアメリカへの入国手続き方法が大分変わったようだ。アメリカへの入国査証を取得しなくても、アメリカへの入国手続き上簡便に入国するための申請手続きとしてESTA(Electronic System for Travel Authorization)という制度がある。昨日小田急トラベルからアメリカ本土ではなくグアムへ行くにしても、入国直前に書類へ記入するより、旅行前にこのESTAの「渡航認証許可」を申請し取得する方が問題なく入国できるので、予めESTAを申請、取得することをアドバイスされた。
早速トライすることにした。アメリカ合衆国国家安全省が開いているホームページからPCで直接申請することができる。それには日本語版解説もあるので、案内に従い旅券番号、発効日、誕生日、住所、フライトとホテルなど個人旅行情報などを所定の用紙上に、付与された申請番号とともにタイプして手続きを進め、申請料金14$をVISAカードで支払う手続きを済ませた。しばらくして画面上に「申請状況」→「渡航認証許可」と表示される。これで手続き完了である。これをコピーして入国の際提示すれば楽に入国できるとのことである。IT化の時代になって随分申請手続きが進化したものである。最初のうちは少々戸惑ったが、トライしてみれば、これが今風なのかなと思う。今ではこういう風に誰でもがPCにより容易に必要書類を取得できるらしい。時代が移って変われば変わるものである。
さて、先日世界最高齢の80歳でエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さんが今日疲れきって羽田へ帰ってきた。世界の屋根へ辿り着いた時は元気いっぱいだったが、下りでは疲労困憊だったようで、流石にほっとしたのか、「下りの疲れが過去2回よりもこたえた。精魂尽き果てた。のんびり休みたい」と正直な感想を漏らされた。そんなニュースの中で三浦さんより1歳年長のネパール人の登山家が再び三浦さんの世界最高齢記録を破らんとエベレストを目指していたが、昨日断念してヘリコプターで下った。やはり高齢になるとちょっとしたことで体調が崩れたりするものだ。
一方、66歳の日本人女性登山家が8000m級のダウラギリⅠ峰を目指していたが、悲しいことに遭難したようだ。彼女は過去にエベレストに登り、世界7大陸最高峰も征服した本格的なアルピニストで、今度のダウラギリの前にも三浦さんから一緒にエベレストへ登ろうと声をかけられていたそうだ。それぞれ悲喜こもごもである。
そんな中で、国内でも山中で行方不明騒ぎがあった。学校行事として団体行動中の大阪の私立小6年生の男女2人が滋賀県の山で行方不明になって心配され、大掛かりな捜索を行っていた。幸い昨日2人は山中で1晩過ごした後に自力で山から下ってきて周囲をほっとさせた。これは完全に学校側の管理及び指導ミスである。
登山は他のスポーツと異なり、変化の激しい気象の下で自分の健康と体力を試す一面があり、自らを律する判断力とともに、自然の摂理を知ったうえで自らの出処進退を決めなければならない。それだけに天地を知る能力がないと思わぬ失敗をするものだ。世界的アルピニストにして然りである。況や小学校のハイキングで遭難騒ぎを起こすなぞ、学校側の案内と判断は極めて軽率で不注意のそしりは免れない。この私立校は教育者として気の緩みがあったのではないかと感じている。
さて今日徳島県の見知らぬ方からお葉書をいただいた。安原譲治さんと仰る方で、お父上の久雄さんとは40年近いお付き合いだった。その安原久雄さんが昨年6月長年住んでいたベルギーの首都ブリュッセルで亡くなり、その遺品の住所録に私の名と住所が書き込まれていたので、父親の死亡を親切にも知らせてくれたものだ。すでに昨年安原さんのご逝去は別の知人から伺っていたが、わざわざお知らせいただき恐縮している。安原さんとは楽しいお付き合いだった。
かつて安原さんはブリュッセル交響楽団の常任指揮者を務めていた大野和士氏とブリュッセル市内の理髪店で偶々一緒になったので、雑談を交わしたと連絡があった時に、大野氏は私の高校の後輩だと伝えたところ、今度会ったら話してみると知らせてくれた直後に、大野氏がリヨン交響楽団常任指揮者へ転出されベルギーを離れてしまい、会うことができなくなったと残念がっていたことが思い出される。
安原さんのご冥福を心よりお祈りしたい。