原発政策というのがどうにも分り難い。国民が原発について深く知り理解することが歓迎されないのだろうか。厳しく言えば政府の策略とでも呼ぶべきだろうか、政府の真意は原発再稼動だろう。それにしても国は国民を惑わすことばかり考えている。昨日朝日OB記者のセミナーで、世論と国の原発政策の間に乖離があると聞かされ、なるほどと思っていたが、この原因はその分り難いマジックに翻弄されているからだろうか。
国民世論は、福島第一原発事故発生前には原発容認・賛成の声が50%を上回っていた。それが事故後の2011年12月には生々しい放射能汚染の実態を知った反対派の数が57%に上がり、それに対して賛成派が30%に減じて原発反対は賛成の2倍になった。ただ、ほとぼりが冷めると再び原発賛成の声が高まるのは、アメリカのスリーマイル島事故やチェルノブイリ事故のように外国事故の例を見るまでもなく、楽観は禁物である。
わが国では福島事故の処理が未だ終了しておらず、いつすべての処理作業が完了するのか分らない時に、条件付きながら再稼動が叫ばれたり、昨年大飯原発が再稼動されたように、静かに原発再稼動へのレールが整備されつつある。
先月末本ブログに、アベノミクスの成長戦略に原発を活用されることが組み込まれるようだと書き込んだが、政府はしたたかで国民の目が届かないところでは安全基準云々どころか原発再稼動が既定路線となっている。この動きをどうやって食い止められるかが今後の大きな課題である。
さて、残念ながら原発を容認し、引き続いて国の政策として原発政策が推進されるものと思いきや、今朝の朝日社説に、一読して脱原発政策を思わせるような、昨日の元朝日記者が願っていた内容が掲載されていた。タイトルは「廃炉促進へ専門機関を」というものであるが、実は中身をよく読んでみてもこれが中々分り難い。「できるだけ早く、原発に頼らないエネルギー社会をつくる。福島の原発事故を経験して多くの人たちがその思いを強くした」とある。大体この主語が何なのか判然としない。主語が国民とするなら、正にその通りである。それなら何故このようなタイトルを敢えて取り上げたのか。よく分らないのは、これが政府主導の動きだからである。経産省が廃炉を促す環境づくりに乗り出したそうだ。経産省は反国民的な原発推進を謳っていたのではなかったか。
突然社説のように、原発の廃炉について論じられてもこれを読んだ読者、国民はあまりぴんと来ないのではないだろうか。まず、社説が言うように、強く放射能汚染された構造物や使用済み核燃料の処分には時間と莫大な費用がかかる。それを手助けするために経産省が廃炉を促す環境づくりに乗り出すということからして素直には信じがたい。
実際イギリスには「原子力廃止措置機関 (NDA)」という原子力関連施設の解体にともなう政策や監視体制を一元化した組織がある。わが国の処理は一体どうするのかと電力大手会社に問いかけまでしている。
どうも分らない。一体全体わが国は原発稼動の道を歩むのか、或いは脱原発道を選ぶのか。政府、経産省、電力会社、大企業、関係機関等々が寄ってたかって国民を煙に巻いた隙に、原発稼動へ導くよう画策しているようにしか思えないが、穿った見方だろうか。
さて、一昨日から横浜で開かれていた第5回アフリカ開発会議が今日横浜宣言を採択して閉幕した。会議の内容はともかく、中国にアフリカ市場を奪われた形になっている現状を何とか支援、投資を通して日本の存在感を訴えようとするものだ。驚いたのは、会議の後行われた共同記者会見出席者の中央に座しているのが安倍首相とエチオピア首相だったが、安倍首相の隣に見慣れた森喜朗元首相が席を占めていたことである。国会議員を辞めても中々元気に活躍しておられる。
先週森事務所に尋ねた時、アフリカに行くので忙しいという話だった。それは私の思い違いで、森元首相はこのアフリカ会議で忙しかったのだ。3日後にトラック島へ出かけるので、その前にお会いすることはできないが、帰ったらできるだけ早い機会に森さんにお会いしてトラックの近況をご報告したいと思っている。