昨夜半突然部屋の周囲でざわざわと煩い音と大きな会話の声が耳に入り、ついに目が覚めてしまった。国際定期便昼の週3便の他に、日曜の夜便があると聞いていたが、その乗客らがチェックインして荷物を引き摺りながら階段を昇り、わいわい話ながら部屋の前を通って行ったからだ。いつまで経っても静かになる気配がないので、ついに堪りかねてドアを開け「静かにしろ!今何時だと思っているんだ。眠れやしない」と英語で叫んだ。ドアの傍にホテル係員がいて恐縮しながら謝り、若干静かになったが、しばらくするとまた物音と話し声が煩い。ミクロネシア系と白人の男女らが時間帯を気にもかけず、声高にわが者顔におしゃべりしながら通り過ぎて行く。もう苦情を言うのは諦めた。
昨晩のでき事について今朝ホテルのフロントにクレームをつけたら、知っていたのか平謝りだった。夜便に乗る宿泊客のチェックアウトと、到着したチェックイン客で迷惑をかけたと謝り、当たり前であるが平身低頭だった。過ぎたことはもう仕方がないにしろ、ホテルマンの言い分がふるっている。この次来られたらもっと静かな部屋を提供するというものだった。サービス業の典型であるホテル・ビジネスというものの本質がまったく分っていない。やはり南洋の島らしく、サービス業も漁師も同じようにのんびりしている。
因みにノンビリズムはまだまだある。朝食の際オーダーしてから食事が出されるまで約40分もかかり、テーブル上には前の客が食べ残した料理が残ったままだった。チューク州で最高のホテルと呼ばれるこのトラック・ブルー・ラグーンホテルにしてこの体たらくである。エアコン、電話が故障中でいくら修理を依頼してもまだ直らない。こんな手抜きばかりやって大丈夫かなぁとホテルの将来性が心配になってくる。
さて、前々からススム酋長が開拓し拡張した‘SUSUMU’S STORE’と藤沢市が寄贈した消防車を見たいとお願いしていたが、いずれも今日その願いを叶えることができた。‘SUSUMU’S STORE’は以前に比べてさらに立派な施設になっていた。全体の敷地面積なら建物と駐車場を加えて優に5百坪は超えているだろう。スーパーの隣に独立した小さな事務所があり、部屋内に酋長が羽田孜・元首相を訪れた時の写真が飾られていた。扉の入り口に‘SUSUMU’S ENTERPRISES’と書かれていた。父親の後を継いで今やナンシーさんはここの社長である。
その後に消防車が保管されている港の倉庫に行って、錠を外してもらって内部に入れてもらい「藤沢市消防本部」と「寄贈ふじさわ湘南ロータリークラブ平成25年3月」と書かれた消防車を見せてもらった。他にもオーストラリアから寄贈されたもっと大きな消防車と日本から贈られたタンクローリーが保管されていた。
アイザワ家の家系も大分分ってきた。明日トラック島を去るが、有意義な資料と多くの話を聞けて良かった。今晩はお世話になったナンシーさんのご家族6人、そしてモーターボートや車を運転してもらったアイザワ家と親しい2人を夕食にお招きして、感謝の気持ちを込めて晩餐会を行いお別れを告げた。収穫の多い取材旅行だったと思っている。ご期待に応えて何とか読み応えのあるドキュメントに仕上げたいものである。