昨日の都会議員選挙の結果は、自民、公明党が過半数を占めて自公の圧勝に終わった。4年前には第1党となり、都議会与党だった民主党の落日は12月の衆院選同様、目を覆いたくなるような凋落ぶりで、共産党にも抜かれ、第4党にまで落ちた。それにしても共産党の進出ぶりは目を見張るほどで、8人から17名にまで増えた。真面目に政策、実行に取り組む姿勢と与党に対してまともな反論を主張する抵抗勢力としてある程度受け入れられたのではないかと思っている。これからは多数派を任じて独走する与党にブレーキをかけるのは、民主党ではなく共産党であることをアピールしたのではないだろうか。この先果たして民主党は国、自治体ともどうやって態勢を建て直していくのだろうか。
もうひとつ、今回の選挙で失望させられたのは、投票率である。前回より10.99%も下がって43.50%へ落ちて過去2番目の低さだった。被選挙人2人のうち、半分以上が投票しなかったということになる。投票しなかったなまけものの言い分が何とも無責任である。自分が投票しても自民の勝利は決まっているというものである。棄権した人全員が仮に他の政党に投票すれば、その党が第1党となり、自民の勝利どころか大きく流れは変わったのではないか。こういう手抜き的志向が政治全体を益々停滞させ、劣化させていくのだということが分らないのだろうか。
さて、今執筆中のトラック島の故アイザワ酋長に関する拙著に関して、今日新宿で佐々木信也さんにお会いして、食事をしながら先日のトラック島旅行で得たアイザワ酋長に関する情報をお伝えした。佐々木さんは生前酋長から何度となくトラック島を訪問するよう誘いを受けたようだが、ついぞ訪れることはなかった。改めて私が撮った写真の未舗装のメイン・ストリートには驚いておられた。
佐々木さんから見せてもらった資料の中で有難く参考になりそうなのは、湘南高校1年生の佐々木さんらが夏の甲子園に初優勝した時の記念アルバムを見せていただき、コピーを取らせてもらったことである。特に優勝チームが地元に凱旋した時の、藤沢駅前からパレードをした当時の溢れんばかりの観衆の姿と、その中でオート三輪車に先導されているナインの姿が昭和24年の時代世相を反映していかにも興味深い。他にも慶大のユニフォームを着た佐々木さんが、藤田元司投手と強打の衆樹資宏選手と並んだ写真も貴重なものである。これらをいくつか拙著に採用させていただきたいと考えている。