財団法人日本傷痍軍人会が来月解散するという。解散に先立って昨日開かれた創立60周年記念式典には天皇・皇后両陛下が出席された。あまりこういう会に両陛下が出席されることはないと思っていたが、両陛下には戦争で負傷したり病気になった元兵士に対する哀れみの気持ちが、戦没者に対する気持ちと同じようにあるからだろう。
解散の理由は高齢化により会員が減り組織運営が困難になったことによる。かつては35万人もいた会員が、この3月には約5千人にまで減って平均年齢が92歳になったという。これに合せて、日本傷痍軍人妻の会も解散する。震災で九段会館も閉鎖され、遺族会組織や戦友会にも同じように会員減少の問題があって、同じような問題に直面していると言える。
私もこれまで戦友会の解散式に幾度か立ち会ったことがある。涙ながらの今生の別れの場では、見るに忍びなくいたたまれなくなったことがあった。特に印象に残っている一言は、「貴様とは来世も一緒になって戦おう!」と老いても闘争心は一向に衰えない。肩を組み合い泣きながら別れの言葉を交わす。これが死に物狂いで戦って戦場から帰還した兵士の実感であり、実態なのである。来世戦おうというより、来世は戦争をなくすために闘おうと言ってくれないところが、生き残った戦友の気持ちの高ぶりなのだろう。普段は戦争を絶対やってはダメだと口酸っぱく言っていながら、つい興奮するとそんな現場向きの好戦的な言葉が飛び出してくる。しかし、これは戦友の方々の責任ではない。戦争を企む愚かな連中の責任だ。
さて、この一両日の間に2人の女性が亡くなられ世間の注目を集めている。ひとりは、一昨日JR横浜線中山駅近くの踏み切り内に入り、倒れていた74歳の男性を救った女性である。列車の通過直前に踏切内へ入って倒れていた件の男性を救ったが、気の毒にも彼女は撥ねられ亡くなった。気の毒で多くの人々から現場に花束が供えられている。今日政府は亡くなった40歳の村田奈津恵さんの自らの危険を顧みず勇気を持って他人の生命を救い亡くなった行為に対して、紅綬褒章を授与することを決定した。
駅に勤務していた頃、駅員で乗客の命を救おうと電車に撥ねられ片腕を失った人がいた。その人はその後書類を毎日各駅に届けるメッセンジャーの役割をされたまま定年を迎えたが、先輩の中には自分の生命を捨ててまでして他人の命を救うことに懐疑的な人がいた。何とも言えないが、一理あると思っていた。
もうひとりの女性は、1964年東京オリンピックの日本バレーボールチームの主将として金メダルを獲得した中村(旧姓香西)昌枝さんである。享年80歳で、2020年東京大会を楽しみにしておられた。当時は住んでいなかったが、バレーボールが近くの駒沢屋内球技場で行われたことをよく憶えている。2020年東京開催を待ち望んでいたが、亡くなる2日前にインタビューに応えていたが、あっという間に脳出血で亡くなられた。
それにしてもバレーボールは日本中を沸かせたなぁと今昔の感に堪えない。