2344.2013年10月13日(日) 国を逃げ出す人々が増えた。

 あまり大きく報じられることはなかったが、アフリカ各地で暴動やテロが勃発し、国のありようが流動的で身に危険を感じた国民が母国を移民船によって逃れるケースが目立っている。それが、3日にその移民船がイタリア西南沖で転覆し、339人の大勢の死者を出したばかりだったが、11日にまた南部沖合いで多数の移民を乗せた船が転覆して現時点で34人の死者が確認されている。

 紛争続きの母国から必死の思いで逃れアフリカから南ヨーロッパへやって来る難民の数は増える一方で、目下経済危機下にある南ヨーロッパでは自国だけでは対処できず、ヨーロッパ全体で対応を強化すべきだとの声が出ている。イタリアとマルタに到着した移民は今年だけで、すでに3万2千人と前年の倍増である。とても施設では収容し切れず、地元では負担が増える一方である。バローゾEU委員長は、EU内で多くの人々が死ぬ現実は放置できないと収容施設の整備費用として緊急に約40億円を拠出すると表明した。これから先も同じような難題が次々と押し寄せてくるだろう。

 かつて、ベトナム戦争中にベトナムを逃れたボート・ピープルと呼ばれた人々が話題を浚ったが、その当時日本には難民を受け入れる法整備が充分でなく、日本から再び行き先を他国に求めて漂流を続けた例もあり、戦争や動乱下にあっては無力の人たちは、「残るも地獄、逃れるも地獄」を味わわされた。いま再びボート・ピープルの時代がやってきた。問題は難民が気の毒で何とかして助けてあげたいが、受け入れ支援してあげるだけの余力がどこにもあまりないことである。

 根本的な解決策は国民が逃げ出すような国そのものが、危険の火の粉を自ら取り払うことであるが、現状ではあまり明るい希望を持てない。人類が戦いを止めないのは歴史が証明しているが、それにしても少しでも減らすことはできないものだろうか。思想的な問題や弾圧による国外逃避のような自主的な国外への脱出ならともかく、ただ危険の故に国を捨てるというのではあまりにも無情ではないか。時は過ぎても人間には戦争を止める知恵が生まれてこない。それでは人間は考える葦ではないということか。

2013年10月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com