2449.2014年1月26日(日) 「憲法9条にノーベル平和賞を」の提案

 先週から確定申告の書類作りに時間を割いている。いつもながら手作業なので、細かくて一つひとつの作業に時間がかかることかかること。毎年書類作成中は来年こそパソコンで申請作業をしようと思いながら、時が経つとそんなことはつい忘れて放ったらかして、また次のシーズンがやって来るというサイクルになっている。そんなわけで今年もいくつもの書類を揃えて面倒な作業に取り掛かっている。来月半ばごろまでに税務署に申告できるようにできれば上できだろう。

 さて、今朝の朝日新聞「声」欄に珍しい投稿があった。「憲法9条にノーベル平和賞を」というもので、無職の81歳の方である。知人がすでに行動を起こしているという。名前をみてみたら「倉持三郎」とあった。あれっ何処かで見た名前だと思っていたが、多分あの英文学者に違いない。年齢的にもそのくらいの年頃である。倉橋氏とは「チャタレイ夫人の恋人」の著者、D.H.ロレンスの研究家ではないだろうか。

 投稿の主旨は、提起したテーマの通りである。ノーベル賞は人間、或いは人間の所属する団体に対して与えられるものだと思っていた。憲法を擬人化して提案したのだろう。こういうやり方もあるのかと感心した。平和憲法は60年以上に亘って日本を戦争の惨禍から守ってきた。憲法9条がなかったらわが国もベトナムへ出兵しただろう。米ソ冷戦構造の中で日本は緩衝地帯の役割を果たしてきた。にも拘わらずわれわれは平和憲法の有難さを感じていない。ノーベル賞選考委員会は日本からの呼びかけに応じて憲法9条に授賞し、日本とともに「戦争の放棄、武器の不保持」を訴えてほしいという提言である。

 「アラブの春」から3年が経ったエジプトでは、軍政支持派とモルシ前大統領派との間で衝突が繰り返され多数の死者が出ている。シリアでは、すでに12万人以上の人々が亡くなり、シリア全人口の約1割に当る200万人が難民として国外へ脱出している。停戦のための国際会議が開かれたが、体制派と反体制派の対立で、具体的な停戦への道筋はまったく見えてこない。そんな中で憲法のお蔭で戦火とは無縁だった日本が、その憲法を改正しようという動きが露骨に表面化してきた。加えて昨今の安倍首相の危ない発言がある。果たして日本はこのままで大丈夫だろうか。

2014年1月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com