福島第1原発の放射能問題が依然として厳しい状況下にある。これとは問題が違うとは言え、太平洋上のビキニ沖でアメリカの水爆実験により、日本の第5福竜丸が被ばくして今日ちょうど60年目の節目を迎えた。この事件は「死の灰」と呼ばれ、日本のみならず世界中に衝撃を与えた。
核実験を含め、世界中に原子力による被害、ないしは被害に対する懸念が蔓延しつつあるが、ビキニが属するマーシャル諸島はいまも放射能の影響が拭えず島民が避難したままの状態が続いている。日本でも第5福竜丸の他に多くの漁船がその近海で漁を続けていて被ばくし、大きな問題を残した。
昨晩テレビ・ニュースで報道されていたが、福島県の高校生がそのマーシャル諸島を訪れ、同じように放射能による被害を島の高校生たちに訴えた。意外だったのは、彼らマーシャル諸島の高校生たちが福島第1原発の事故どころか、東日本大震災をまったく知らなかったことである。これだけの大惨事がいかに小さな島々であるにしてもまったく伝えられていないという事実にショックを受けた。卑しくもマーシャル諸島と言えば、戦前トラックやパラオなどと同様南洋群島の諸島でヤルートと呼ばれ、わが国が当時の国際連盟から信託領土としてその統治を委任されていた島々である。
欧米諸国や、通信が発達した地域では当然伝えられたと思われる大災害が、元日本領土においてまったく伝えられていなかったという事実は、日本がこれらの島の住民に対して十分な配慮が足りないことを表しているのではないかと思うと、他にも同じようなケースが隠されている可能性もある。
これは、外務省や文科省の細かい配慮が欠けているということも示しているのではないだろうか。欧米などの大国に対して妙な気ばかり遣っていながら、昔の同胞に対する思いやりが欠けているのではないか。政府に任せるばかりでなく、われわれ国民がもっと広い視野に立って世界を見てみることが大切である。
さて、今日六本木のサントリーホールで「慶應讃歌グランドコンサート」と称する催しがあり、先日ゼミの後輩の紹介でチケットを買い求め、妻ともども出かけた。中々面白い趣向でこういう企画があるとは今まで知らなかった。
3部構成になっていて、第1部は海外で活躍しているプロのオペラ歌手、第2部はポピュラーなジャズ、第3部は慶應塾歌を始めとする慶應関係の歌の構成から成っていた。第1部で左手のピアニストとして知られている舘野泉氏の演奏が素晴らしかった。池辺晋一郎氏が左手ピアニストの舘野氏のために作曲した「ピアノ協奏曲第3番『西風に寄せて』」をオーケストラとともに見事に演奏された。素人なりにこれは左手による演奏を強調しているとは思うが、特別な感情は湧いてこなかった。しかし、アンコールに応えてカッチーニ?の「アヴェ・マリア」は、元々左手だけのピアニスト向きの曲ではなかったが、それを左手だけで演奏し素晴らしい感情を与えてくれた。舘野氏が慶應普通部から慶應高校へ、そして東京芸術大へ進まれ首席で卒業されたとは寡聞にして知らなかった。
もうひとつ、新しい事実を知ったのは、塾歌についてである。現在の塾歌は古い曲だとばかり思っていたが、開戦の年、昭和16年に「海ゆかば」を作曲した信時潔によって作られたもので、それ以前に塾歌があったという事実に驚いた。しかも明治37年に制定されたという。つまり日ロ戦争の始まった年である。古い塾歌は日ロ戦争開戦の年に制定され、いまの新しい塾歌は太平洋戦争開戦の年に作られたものだという。何とも奇妙な符牒である。
3時間半の長いコンサートだったが、やはり母校に関係する企画であり、十分楽しむことができた。