2502.2014年3月20日(木) ウクライナ情勢の受け止め方

 一昨日このブログが連続2500回を記録したことを友人たちに知らせしたところ、昨日からたくさんのコメントをもらっている。その中でベオグラードの友人山崎洋さんから、激励をいただくと同時に私を超人と呼び、なるほどと思わせられるメールをもらった。現場を知らないと本質や実態は中々分からないものである。日本にいては中々入手しにくい現地情報を近くで得られることもさることながら、現地で内情をよく知るメディアが流す情報を直に手に入れられる点でやはり有利である。

 山崎さんは旧ユーゴ時代にベオグラードに渡ってから同地に半世紀も居住して、東ヨーロッパ情勢や土地勘も充分である。特に父上がゾルゲ事件のブランコ・ブケリッチ氏であるので、社会運動にはことさら詳しく敏感であり、言われることは筋が通っていて得心させられることが多い。

 17日にウクライナの住民投票について私が新聞記事を参考に書いたブログの内容に関して、下記のように分かりやすい指摘を受けた。17日のブログと比べてお読みいただければ一層理解しやすいのではないかと思う。

 「クリミア問題のブログ、興味深く拝見。3月17日の分、ロシアが軍事力で脅して住民にロシア編入の決定をさせたというのは、どうでしょうか。こちらの記者やTVレポーターの報告では、ロシア系住民がいちばん恐れたのは、キエフの政権を奪ったウクライナ民族主義で、なにしろ最初に採択した法律のひとつがロシア語を第二公用語と定めた法律の廃止でしたから、キエフが混乱して手を打てないうちに長年の「不正」(フルシチョフが1954年にクリミアをウクライナに編入したこと)をただそうとしたということらしいですね。住民投票に反対の人たちがロシア軍に対する恐怖から活動できなかったというのは言えるでしょう。

 クリミア・タタールは当初、ロシア系の集会に押しかけて、一触即発の様相でしたが、その後、自分たちの集落に自警団を組織して、守勢に回りました。クリミア・タタールは第二次大戦のときナチスについたため、戦後、スターリンによって強制移住させられ大量死した経験がある。1990年のソ連解体に際しても独立を目指すと言う決議をしていましたから、ウクライナ万歳ではないのですが、反ロであることは間違いありません。

 ただ、住民の六割がロシア系のクリミアでは、反対派が自由に活動しても、結果は同じだったと思いますよ。

 住民投票がウクライナ憲法に反していると言うのはその通りでしょう。そもそもキエフの暴力による(エストニア外相によればスナイパーまで使っての)政変が憲法違反でしょうから、政変によって憲法体制に空白が生じたといえるのです。

 いちばんの解決策は、欧米が空爆までしてでっちあげたコソボの独立承認を取り消して、あらためて国際法を尊重し、セルビアの主権と領土保全を認め、その枠内でコソボのアルバニア人の地位について交渉する。そうすれば、クリミアについても、ウクライナの主権と領土保全を認めたうえでの問題の解決を主張できる。それ以外は、すべて国際法とは無縁のパワーポリティックにすぎません。チェコのクラウス前大統領やドイツのシュレーダー元首相もそういう意見です。日本政府も、空爆に賛成しコソボ独立を承認するかわりに、アメリカに対して制裁措置を取っておれば、今回も説得力があったでしょうが、下手すれば北方領土問題の交渉の扉を閉ざされ、天然ガスの供給をストップされるのがおちでしょう。もっとも、困るのは国民だけで、安倍さんはそれを利用して、原発再開、民族主義の高揚を背景とした新憲法制定などの宿願が果たせるので、損はないと踏んだかも。

 気になった一行について、ながながと意見を述べさせていただきました。

2014年3月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com